トモエが欲しいもの
結局、日傘と洋服を何着か仕立ててもらうことになった。
既製品もいくつか持ってきてもらっていたが、トモエの華奢な体にあう服はなかったのだ。
夜会に来ていくようなドレスも一着購入したのだが、きっと着る機会はないだろう。
それから、チョコレートも買ってもらった。
トモエが喜んでいるのを見て、冬夜がたくさん買ってしまったので、美夜子たちちにも分けたほうがいいかもしれない。
これでも冬夜を止めた方だが、ちょっとした値段にはなってしまっているはずだ。それでも冬夜がそうしたいというので、トモエは止められなかった。
梅枝夫妻と冬夜がやりとりしている間に、トモエは並べられていた商品をぼんやりと見ていた。
(これ……)
ふと、広げられた布地の中に、ひまわりのような淡い黄色に、子犬が鞠で遊んでいる柄の布を見つけた。
(コムギにそっくり)
これを巾着にしたら可愛らしいのではないかと思わずそわそわする。
冬夜たちの話は終わったようで、夫妻は荷物を片付けはじめた。
(あ……)
どんどん片付けられる反物を見て、トモエは少し残念な気分になる。
幼い頃、叔母が美慧にぬいぐるみを買ってあげている姿を思いだした。
それが羨ましくて、誰かに甘えたくて。胸が苦しかったことをよく覚えている。
でも、欲しいとは言えない。
──これ以上、迷惑はかけたくなかったから。
トモエはただ、幸せそうな様子を黙ってみているしかなかった。
「トモエ?」
幼い日の記憶の中で、聞き慣れた声がトモエを呼ぶ。
はっとすると、冬夜がこちらじっと見つめていた。
「何か欲しいものがあるのか?」
「あ……」
そう言われて、トモエは戸惑った。
「な、なんでもな……」
「欲しいものはなんでも言えと言っただろ?」
「……」
(私が何かを欲しがっても、いいの?)
優しい瞳に、トモエは迷う。
けれどほら、と促される。
冬夜は忍耐強く、じっと待ってくれていた。
その様子に答えるように、トモエは自然と願いを口にする。
「あの……その黄色の布地が、可愛くて」
「……あの犬の?」
冬夜はすぐ気付いた。
トモエは思わず顔が赤くなる。
子供っぽかっただろうか。
「ああ、これですか?」
しかしさすが梅枝夫人は、トモエの指すものをすぐ手にとって、いいですね、とトモエに共感してくれる。
「可愛いですよね。若い子たちがみんな、巾着や小物入れにと買って行かれますよ」
「い、犬の柄が、可愛くて……」
もじもじしていると、冬夜が笑った。
「トモエは犬が好きなのか? 鳴神のところの犬にも喜んでいたようだが」
「……はい。小さなものは愛おしい、です」
(子供っぽかったかな)
そう言って恥ずかしそうに冬夜を見上げれば、冬夜はすぐにその布地も買う、と言って、買ってしまった。
「巾着くらいなら美夜子に繕ってもらおう。あいつは手先が器用だからな」
手に入った布地を見て、トモエは思わず笑顔を浮かべた。
「可愛い……ありがとうございます」
冬夜を見上げれば、彼はなぜかとても満足げな表情をしていた。
満たされている、とでもいうように。
(私が喜ぶと、冬夜様も喜んでいる……ような気がする)
不思議な気持ちだった。
冬夜が笑っていると、トモエもまた嬉しかったのだ。
心があたたかいもので満たされていく。
幼い頃のトモエが、救われた気がした。
気後れしていた買い物だったが、トモエは思いのほか、満足した気分で梅枝夫妻を見送ることになったのだった。
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