第9話 今後の方針――偉大な魔法使いとしてのカナミ

 ぽん。

 私は手を叩いた。

 魔導書が読めてしまったのは、単なる間違いだろうと思ったのだ。

 だから、念のために、もう一度、私はよ~く目を凝らして、手元の魔導書と向き合ってみた。

 魔法名「透明マネキン」。

 自分自身の姿を、ほかの人から見えなくする。

 女子更衣室を覗く時の注意点。この魔法は、その場から動くと効果が解除されるので、決して動かないこと。


「……」


 やはり、間違いではなかったようだ。

 ご丁寧に、魔法の解説までしてくれている。魔導書なんだから、解説があるのは当たり前なんだけど。


 困った。

 これは大変たいへん困った。


(さすがに、黙ってるわけにはいかないわよね……?)


 まさか、自分に国宝の魔導書が読めてしまうなんて。

 これだけ真剣に、魔導書の解明に挑んでいたレオンとしては、大助かりなのかもしれないけれど、私としては、背中を流れる冷や汗が止まらなかった。これから何か、大きな事件に巻きこまれるような予感がした。


「あの~、ビビアンさん? 私、どうにも魔導書が読めてしまうようなんですが……」

「あら、カナミ様も時には冗談を言うんですね。驚きました」

「いやぁ、それがどうにも冗談ではないようでして」


 疑うような視線を向けて来るビビアンに対して、私は解読を終えたばかりの透明マネキンを、実際にビビアンの前で使ってみせた。


 たちまち、私の姿が見えなくなる。

 ビビアンが驚いた顔で、私のほうを凝視していた。


「……まさか、こんなことがあるなんて」

「ええ、全く。私もびっくりですわ」

「すぐに、レオン様を連れ戻して来ます。カナミ様は、このまま魔導書の解明を続けていてください」

「分かったわ」


 と言って、頷いてみたのはいいのだけれど、肝心の魔導書は一向に読めなかった。

 勘違いしないで欲しいのは、その他の部分が、外国語で書かれていたからではない。たぶん、きっと日本語だろう。でも、あまりに字が汚過ぎるのだ


(ったく、これだから男子は……)


 女子更衣室の覗き方を、嬉々として書いているあたり、さすがに書き手は男子に違いない。よっぽど、女子の着替えが重要なのか、なぜかこの辺りだけはやたらと字が丁寧だった。もっとも、それはほかと比べてみればという話で、全体が古代語じみているところに変わりはなかった。


 絶対、この子、学校のテスト0点だったわよ。だって、何が書いてあるのか読めないもの。

 それと、透明マネキンの詳しい解説のところに、実際に女子更衣室で使うと、思っていたのと違って少し萎えると書いてあった。失礼だな、本当に。


 そうやって、私はぱらぱらと魔導書のページをめくりながら、読めそうなところを探していった。


(無理……ギブアップ)


 10分くらい経っただろうか。

 私は諦めて、無意識に魔導書を机の上に放り投げていた。


「いけない!」


 投げ捨てた後に、魔導書が国宝であったことを思い出し、慌てて私は、魔導書に傷がないかどうかをチェックした。どうやら大丈夫みたい。危うくうっかり、何かの罪で私の首が飛ぶところだった。


 そんなふうに私が一人で焦っていれば、隣の部屋で、物音が鳴っていることに気がついた。

 隣の部屋?

 いったい何が……。

 壁に寄って、私は耳を近づけてみた。

 明らかに生活音とは異なる、切羽詰まったような音が聞こえた。気のせいだろうか、唸るようなくぐもった声も、耳を澄ますと聞こえて来るような気がした。まるで、誰かに囚われているような……。


 はたと、私はビビアンのことを思い出していた。

 そう言えば、近侍きんじって王族一人につき一人なのかしら? 王族のレオンを、ビビアンがたった一人で守っているとは、ちょっと考えられなかった。


 昨日、このフロアを見た限りでは、部屋はいくつか存在していたように思う。近侍きんじは一か所に集まって、まとまって生活しているだろうから、間違いなく、どの部屋も近侍きんじに与えられたものなのだろう。と言うことは、この物音も近侍きんじが出していると考えられる。


「レオンは何て言っていたかしら……?」


 たしか、3階にはレオンと弟のニコラスしか、いないと言っていたはず。

 ニコラス本人とは思えないので、どちらかの近侍きんじだろう。

 ただごとではないので、助けに行ったほうがいい気がするのだが、はたして私は勝手に外に出てもいいのだろうか?


 じゃあ、こっそり向かう?

 でも、肝心の透明マネキンは、動いたら効果が失われるという話。

 ……ってことは、この魔導書の持ち主は、更衣室で女子が来るまで、ずっと待っていたってこと? そんな変なやる気があるなら、もっとほかのことに使いなさいよ。これだから男子は……。


 って、今はそれどころじゃなかった。

 さすがに、そのままにしておくわけにもいかなかった私は、恐るおそるビビアンの部屋から出ると、隣の部屋に向かっていた。


 どうせ、すぐに分かることだから白状しよう。

 音の正体は、レオンに拘束を解くのを忘れられた近侍きんじ――グレイソンだった。

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