第7話 〈サイドストーリー〉 深夜:ビビアンと、国宝の魔導書を勝手に持ち出している王子

 これは私が眠っている間の出来事。だから、私は知らない。




✿✿✿❀✿✿✿




 こんにちは、私ビビアンです。

 トイレで毎朝奇声を発している、クソガキ王子レオンの近侍きんじを務めています。早く死んで欲しいですね! ただ、本当に死んでしまうと、弟のニコラス様が、ほんの少しとはいえ悲しんでしまいますので、仕方がないのでレオンは生きていてもいいです。ああ、なんてニコラス様はお優しいんでしょうか……。クソガキのレオンとは大違いですね!


 おっほん。

 カナミ様が寝てしまっているので、今日は私が代わりに、物語の司会進行をやってみたいと思います。


 時間帯はそうですね、22:00頃だったでしょうか。

 ようやく、「自分は外出してませんでしたアピール」を終えたレオンが、3階のフロアへと戻って来ました。ここにはレオンの部屋もあるので、戻って来るのは当たり前です。


 レオンの顔色を見るに、だいぶお疲れの様子。

 嬉しくて、私はついつい笑顔でレオンを迎えてしまいました。


「お疲れ様です、レオン様。だいぶお疲れの様子ですね、よかったです」

「ん? よかったです?」


 レオンが疑うように私を見ます。ぶっちゃけ、キモいです。

 おっと、いけない、いけない。

 ついつい、本音が漏れてしまいました、てへへ。


「失礼しました。その様子であれば、無事に皆様に対して、外に出ていないことを伝えることが、できたのではないかと思い、よかったと」


「ああ、そういう意味か。色々と疑われはしたがな……。やはり、近侍きんじのお前たちを宮殿に残しておいたことが、大きいのだろう。近侍きんじが王族のそばを離れるわけがないからな。必然的に、私はこの宮殿内にいたこととなる」


「なるほど、素晴らしいお考えですね。そうだと思って、私も王子の足を引っ張らないよう、昼間は努めて、人に姿を見られないようにしておりました。お役立てしたのであれば、幸いです」


「……それは逆効果なのでは? 人に見られないと意味ないんだが? 私の話、聞いている? ビビアンさん?」


 レオンの返答は無視して、私は先に進めます。


「ところで、私はレオン様を、カメリアで一番信頼しておりますので、おそばを離れることに、何の抵抗も毛ほども微塵も覚えませんでしたが、グレイソンのほうは、どうやって説き伏せたんですか?」


 グレイソンは私の同僚。

 つまり、レオンのもう一人の近侍きんじにあたります。

 びっくりしないで欲しいのですが、なんとこのグレイソンは、レオンのことをめちゃめちゃ尊敬しているんですよ。クソガキレオンのことを――ですよ? まるで、正気とは思えないですね!


 なので、グレイソンのことも、レオンほど気持ち悪くはありませんが、あんまり好きじゃない同僚になります。


 職場に恵まれていないんですね~、私。


「う、うむ? グレイソンか……。あやつは心配性が過ぎるのでな。ヴェスペリスに頼んで、自室に軟禁してもらっている。そろそろ解放してやらねばならんが……カナミの件もある。明日でよいだろう。……それはそれとして、ビビアンよ。お前はもう少しばかり、私から離れることを、躊躇したほうがよいのではないか?」


「嫌だな、レオン様。冗談が過ぎますよ。信頼の証だと申し上げたではありませんか。それともレオン様は、長年にわたって粉骨砕身してまで、近侍きんじを務めて来たビビアンのことを、信じてくださらないのですか? そんな……それは、いくらなんでもあんまりです。なんてアンラッキー・・・・なのでしょうか!? そういうことでしたら、今後はニコラス様の手助けをしたいと思いますので、是非レオン様からも私を推挙してください! 今すぐにでも私は一向に構いません! さあ、早く別れましょう!」


「い、いや決してそのようなことはない! 私もお前を一番に信頼している。しかし……時々お前は、私に対する扱いが雑な気がするぞ」


 チッ、使えねえな。

 雰囲気、察しろよ。


「あら、そうでしたか? 近侍きんじとの間でくらいは、気を遣わなくてもよい関係性のほうが、レオン様もお喜びになるかと思いまして、なるべくフランクに接しておりましたが、今後は頑張って堅苦しく、ビジネスライクに接していきたいと思います」


「ああ、もう分かった! もういい。今のままにしろ」

「かしこまり」

「それより、ビビアンよ。魔導書の解明はどうなっている? いい加減、もう時間がないぞ」


 魔導書。

 これはルイジアナ国の国宝にあたるものです。

 当然、持ち出しなんて厳禁の厳禁ですが、レオンはちょっとした事情から、宝物庫から魔導書を、内緒で持ち出して来てしまいました。内緒で国宝を持ち出したなんてことがバレたら、いくらレオンが王族とはいえ、ただでは済まないでしょう。とっても、物騒ですね~。本当は、関わり合いになんてなりたくありませんが、これも仕事のうち。仕方なく、私も協力しています。


 そうそう。

 レオンにはちょっとした事情があると言いましたが、別に隠すほどのことじゃありませんので、ここで暴露しちゃいます。


 レオンは、兄弟との王位争奪戦に負けているんですね。

 ざまあ!

 と、言いたいところですが、ニコラス様の手前、そのように不敬な発言もできません。ほかの兄弟が王位についてしまうと、ニコラス様が困ってしまうからです。


 レオンは自分のために、是が非でも派閥の勢力を伸ばすべく、こうして国宝の魔導書に、内緒に手を出したという具合です。


 カナミ様の世界ではどうかは知りませんが、カメリアの魔法使いは大変貴重ですからね。たった一人でも、偉大な魔法使いを増やすことができれば、それだけで、大きく自分の派閥の勢力を伸ばすことができます。


 なので、これについては、私もニコラス様のために真剣に取り組んでいます。

 しかし、難解極まる魔導書は、それなりに才女であることを自覚している、この私をもってしても、解読することが全くできません。


 弱りました。

 私は今後、ニコラス様に対して、どのような顔をして会えばいいのでしょう。

 ……レオン? どうでもいいに決まっているじゃないですか、笑わせないでくださいよ。


「申し訳ありません。魔導書の解明は、遅々として進んでおりません」

「……そうか。分かっていたことだが、急いでくれ、ビビアン。もし、明日、国宝の点検をされでもしたら、魔導書の不在がバレてしまうぞ。そうなれば、いくら私でも言い訳ができないだろう。もう本当に時間がない!」


「……悔しいですが、どうにも私には魔法の才能がないようでして、ニコラス様の助けにはなれないようです」


「ニコラス? なぜ、そこで弟の名前が出て来るんだ?」


 ……やべっ。


「いや、その……ニコラス様も、レオン様のことを支援されておりますので、その期待に私が応えられていない、という意味です」


「そうだな……。ニコラスも、私が王になることを応援してくれている。それを思えば、私だけ何もしていないわけにはいかないか……。明日は、私も魔導書の解明を手伝おう。場所は、お前の部屋でよいか?」


「はい、構いません。レオン様には、しゃにむに腕を動かして、腕をもいでもらいたいと思います」

「んぅ? ビビアン、お前ちょっと物騒だぞ」

「例えですよ、例え。本当に難しいんですから、魔導書。さすがに国宝といったレベルですね」


「そうか、では明日に備えて早めに寝るとしよう」

「お休みなさいませ」

「お前も、ゆっくり休むといい」


 そう言ってレオンが去っていきます。

 この後ろ姿がニコラス様であれば、どれほどよかったことでしょうか。いつまでも飽きることなく、見つめていられたのに。


「はぁ……」


 私は、溜め息をつきたくなる気分を抑えることなく、大きな溜め息をついたのです。

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