第6話 王子と国王様が不仲なのは、すっごくくだらない理由からみたいだ。

 ビビアンの予想外の反応に、私はかなり驚いていた。

 王子のことを好きじゃないのは、私にとっても喜ばしいことだが、さすがに嫌っている程度が普通じゃない。今後のためにも、その理由を知っておくべきじゃないかと、私は考えた。


「一応、あなたが王子を嫌っている理由を、聞いてもいいかしら? どうしてなのか、理由を教えてくれる?」


「理由ですか……そうですね。大体のところは、マクシミリアン様と同じ理由ですよ」

「マクシミリアン……」


(知らない名前だ……)


 王子は王位を巡って、自分のお兄さんと絶賛争っている最中だったはず。

 ひょっとして、マクシミリアンというのがお兄さんの名前?

 私がそんなふうに考えていれば、私が話を理解していないことに、ビビアンは気がついたようで、すぐさま私の考えを正した。


「マクシミリアン様は、レオン様のお父様――つまりは、現在の国王様です」

「……え?」


 絶句。

 兄弟どころか、親子でも対立が起きているなんて、いくらなんでも闇が深過ぎる。

 王位を巡る争いというのは、ここまで過激なものなのかと、私は悲しくなってしまった。


「二人は親子なのよね?」

「はい。正真正銘、血の繋がった親子ですよ」

「それなのに王子は嫌われているの?」

「はい」

「どうして?」

「毎朝、かわやで大声でお歌われになるのが、非常に迷惑していると、マクシミリアン様は、レオン様に大層腹を立てておいでです」


 かわやって、たしかトイレのことよね?

 毎朝、トイレで歌を歌っているってこと?


(……心配して損した。すっごくくだらない理由じゃないの!)


 決して悪い人じゃないんだろうけれど、知らないうちに、どうやら私の王子様は、運営から、サイレント下方修正が入ってしまったみたいだ。……どっちかっていうと、チートなのは死神のほうじゃねっていう。あいつ、今どこにもいねえけど。


 私の呆れ顔を無視して、ビビアンはさらに話を続けた。


「はっきり言って、レオン様は音痴なんです。恥ずかしいから辞めるようにと、何度も申し上げているのですが、歌のほうが自分の情熱を伝えられるからなんて、意味不明な世迷言を言い出すんですよ、あのクソガキ」


 おやぁ?

 ちょっと言葉に遠慮がなくなって来ましたね。

 不穏な空気を感じちゃって、ちょっとおばさんは怖くなって来ましたよ。


「自分が王族だからって、調子に乗っているんです。もっと弟のニコラス様を、見習って欲しいところですね。いくら直属の上司だからとはいえ、私にも我慢の限界というものがあります。時々はどうしても殺意を覚えてしまい――」


「ストップ、ストップ! ちょっと、一旦ストップしましょう? ねっ、あなた根はいい子なんだから」


 大慌てで私が止めれば、ビビアンは訝しむように私を見つめた。


「なんですか、急に?」

「いえ、もうあなたのお気持ちは十分に、痛いほど私にも伝わりましたわ」

「そうですか。それなら、よかったです。とにかく、私はあのクソガキのレオン王子に、今すぐにでも死んで欲しいんですよ」


 晴れやかな表情で話すビビアン。

 それとは正反対で、私は天を仰いでいた。

 あ~あ、せっかく私が止めたのに……言い切っちゃった。

 知らないぞ、私。何が起こっても。


「これ以上、私のお慕いするニコラス様に、恥をかかせないで欲しいですね」


 直後、ぼそりとビビアンが何か呟く。


(……ん? 今、何か聞こえた気がしたけど……)


 気のせいだろうか。

 王宮の人間関係が、一気に解明しそうな台詞だったような気もするが、これ以上、この場でビビアンの闇に触れたくなかった私は、聞き逃した台詞の中身を気にしないことにした。


 いい加減、そろそろ眠気も限界に近いしね。


「ビビアン、そろそろ部屋に案内してもらっちゃおうかな」

「そうですね。では、こちらに。と言っても、近侍きんじの控え室は目の前ですけどね」


 バルコニーから3階の室内に入ってすぐ、前方に4つの部屋があった。

 柱としての役割も兼ねているのか、それらは広間の中央にちょこんと置かれていた。

 両サイドに見える階段が、王子の言っていた大階段に違いない。

 ビビアンの部屋に入ると、ビビアンがベッドを綺麗に片づけてくれた。そのまま、私に向かって手で合図する。


「どうぞ」

「……ベッド、私が使っちゃっても平気なの? たぶん、夜までには起きられないわよ?」

「ええ、別に構いませんよ。私は立ってでも寝られますから」


 何その特技。私にもちょうだい。

 立ったまま寝るなんていう特技があれば、もっとうまく現代社会を乗り切れる気がした。

 だが、そこまで考えてから、ふと自分の考えが、OL時代のままであることに気がついた。


(ああ……ヤだな。思考が完全に社畜じゃないの……)


 ここはカメリア、もう日本じゃない。

 いまだに信じられないけれど、私がいるのは日本じゃなくて異世界なんだ。

 立ったまま寝るなんていう特技があったところで、たぶん役立たない。


(……ま、まあ……ビビアンは例外かもしれないけどね)


 でも、近侍きんじでもないただの現代人の私が、立ったまま寝る特技を覚えたところで、役立てることはできないだろう。


 ビビアンに促されるまま、私はゆっくりと目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る