第5話 ビビアンは王子が大変お嫌い。

 ほっとして安心したら、再び強烈な眠気が私に襲って来た。

 倒れそうになる私を、すばやく王子が支えた。


「だ、大丈夫か、カナミ? 凄く、ふらついているようだが……」

「え、ええ……大丈夫。ちょっと元いた世界との時差が激しくて……」


 いきなり、12時間くらいも時差のある、へんてこな世界に来させられたのだから、強烈な眠気が襲って来るのも当然と言えた。


「それも、そうだったな。カナミの世界では、もう夜だったか……。すまない、無理をさせた」

「大丈夫。でも、早く横になれるほうが嬉しいかも」

「分かった。……ビビアン! すまないが、お前の部屋を使いたい。広さ的には、私の部屋のほうがもっと広いのだが、さすがにそれはまずいだろう。同じ女性同士だけのほうが、何かと都合がよい場面も多いはずだ」


「私は別に構いませんよ」

「ありがとう。……そういうわけだ、カナミ。申し訳ないが、しばらくはビビアンの部屋で寝泊りしてくれ。すぐに、カナミだけの部屋を用意してみせる!」


「……そう。じゃあ、期待して待っているね」


 私のことをビビアンに任せた王子が、バルコニーから離れていく。

 その離れていく背中に向かって、ビビアンが声をかけた。


「レオン様はどちらに?」

「一階だ。……さすがに外出の時間が長過ぎた。近侍きんじはずっと王族のそばにいる。ゆえに、近侍きんじのお前たちがずっと王宮内にいたのだから、私が外出したと知られてはいないだろうが、それでもずっと顔を見せていないからな。怪しむ人がいてもおかしくない。私としても、無意味な噂は立てられたくない。少しは顔を見せて来ないといけないだろう」


「そうですか、賢明なご判断ですね。……ただ、まさかとは思いますが、ここに来るまでの道中で、市民に顔を見られたなんてことは、国随一に聡明と評されるレオン様に限って、あるはずがありませんよね? 市民に顔を見られていては、一階の面々にいる皆様に顔を見せて来るという、せっかくのレオン様の気遣いも、たちまち無駄になってしまいますから。レオン様が市民に顔を見られたかどうかを、心配しているビビアンは、無駄な心配をしているのだと、是非ともそうおっしゃってくださいな」


 うわ~、かしこ~い。

 思いっきり図星を突かれているじゃん。

 あたふたする王子の姿に、私は自分の眠気が少しだけ覚めていくのを感じた。

 さて、このピンチを、王子はいったいどうやって切り抜けるのかと、私は不思議に思って王子を見つめた。


 王子は、あたふたしながらも何かを思いついたように、ぽんと手を打った。


「……や、やだな。ビビアンさん。そんなことあるはずがないじゃありませんか。そうだ! それに最悪は、人違いと突っぱねれば済む話じゃないか! どうだ、これで文句はあるまい」


「はぁ……」


 大きな溜め息をつくビビアン。

 この様子では、きっと宮殿に帰って来る道中でも下手を打ったのが、バレているに違いなかった。


「もういいですから、レオン様はさっさと一階に向かってください」


 追い出すようにして王子を促したビビアンが、私のほうを振り返った。

 振り返ったビビアンの顔は、やはり美形。

 亜麻色よりも、ちょっとだけ白が強めの髪。

 髪型はショートカット。

 くりっとした真ん丸なお目々は、まさしく女の子という感じ。

 だけど、顔立ちが全体的にシャープなためなのだろうか、女の子ではなく美少年と言い張っても、全然通用しそうな感じがした。


「さっ、どうぞ。こちらです」


 そう言って、ビビアンは私を促すが、要するに私は心配だったのだ。

 この世界カメリアであれば、おかめの私が十分にモテることは分かった。……自信はないけど。

 しかし、頭では分かっていても、心まで完璧に現実を受け入れたわけじゃない。

 ビビアンが王子と恋仲にあるのではないかと、疑うことは辞められなかった。ビビアンは王子につきっきりで、王子の身の回りの世話をする立場にいるのだから、恋仲かもしれないと疑うのも当然のことだろう。


 まさか、この心配は私が恋愛脳だから? まさか、まさか。

 自分のパートナーが、浮気性なんじゃないかと心配するのは、女として当然のことだ。

 あまり下種な考えはしたくなかったが、王子にその気がなかったとしても、ビビアンにその気があれば、間違いだって起こるかもしれない。


 やだ、私ったら……いきなり、そんな「間違い」だなんて。

 おっほん。

 いずれにせよ、ビビアンの王子に対しての気持ちを、今ここで確かめておかなければならなかった。


 これはたぶん、きっと死活問題だ。

 だからこそ、私は勇気を出してビビアンに問いかけた。


「……レオン王子って、カッコいいわよね?」

「ええ。そうかもしれませんね」


 立ち止まったビビアンが、疑うような視線を私に向けた。

 なんだか、思っていたよりもすげない反応だ。

 ビビアンにとって、王子は上司にあたる人物のはず。自分の上司が褒められているのだから、普通はもっと、愛想をよくするのではないかと感じた。


 やはり、ビビアンも私のことを警戒しているのかもしれないと、私は余計に訝しんだ。


(……行け、かなみ。行くんだ。直接、聞いてしまうのが、たぶん一番手っ取り早い)


「レオン王子は国民からの評価も高そうだけれど、あなた的にはどうなの?」


 もちろん、少なからず好意的に思っていることだろう。

 答えは薄々分かっていたが、やはりちょっとだけ私の声は震えていた。


「私はそこそこ嫌いですね」

「そう。やっぱり、あなたも王子のことが好き――え? 嫌い? ……ごめんなさい、よく聞き取れなかったわ。もう一度言ってくださる?」


 私の勘違いだろうか?

 想像していたのと、全く違う答えが返って来ていた気がする。


「私はめちゃくちゃ嫌いですね」


 聞き間違いじゃなかった。

 それと、嫌いの度合いがさっきよりも上がっているんだが?


「……嫌い?」

「はい。嫌いです。とても嫌いです」

「本当は好きとかじゃなくて、本当に嫌い?」

「ええ、もちろん! 本当に反吐が出ます!」


 そう言って、ビビアンは今日一番の笑顔を私に見せた。

 あれえ?

 思っていたのと、ちょっと違うぞ。

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