第4話 近侍の女は、ビビアンと言うらしい。

 私たちが目指したのは奥の東側の扉。

 王子が言うには、ここから中庭に出られるらしい。


「すまないが、カナミ。後ろを見張っていてくれ」


 王子に言われて振り返ってみれば、さっきは気がつかなかったが、こっちにも別の扉があった。

 どこへと繋がっているのか、私は不思議に思った。


「こっちは何?」

「謁見の間に繋がる外廊下がある。国王である私の父上が出入りするとしたら、この扉になる。まずないとは思うが、一応、不審な音や動きが聞こえたら私に知らせてくれ」


「分かったわ」


 そういうことは先に言っておいて欲しい。

 ちょっと緊張したが、何事もなく中庭への扉は開かれた。


「先を急ごう」


 王子が私の手を引いて歩き出した。

 目の前には、かなり長いスロープ。

 スロープは途中で反対方向に曲がって、最終的には2階に到達していた。


「随分と長いスロープね」

「ああ。普段、食事は大食堂でみんなで食べる決まりなのだが、病気の場合などには、こうしてスロープを使うことで、自分の部屋にまで食事を運んでくれるのだ。これは、そのためのスロープになる」


「なるほどね」


 スロープを登って2階にまで到達すると、右のほうに何かが見えた。

 梯子だ。

 恐るおそる焦点を合わせれば、窓枠から3階のバルコニーに向かって、とてつもない長さの梯子が伸びていた。


 まさか、あれを登るわけじゃないわよね?

 あっはは……。き、気のせい。私は何も見てない、見てない。

 王子に従って、スロープの扉から2階の室内へと入った。


「正面玄関の大階段を使えなかった理由は、この先にある。近侍きんじのための控え室があるのだ。当然、大階段を使って三階には上がれないので、別の方法を用いる」


 とても嫌な予感がした。

 とてもとても嫌な予感がした。


「もしかして、とてつもない長さの梯子だったりします……?」


 私がそう言えば、王子は感動したかのように私の腕を取った。


「さすがだ、カナミ! どうして、分かった!? そなたは天才だな」

「いやいやいや、絶対に無理ですって!」


 私は大声を上げて抵抗したのだが、すぐさま王子は私の口元に手をかぶせて、私の大声を止めていた。


「しーっ! いきなりどうしたんだ、カナミ。静かにしなければまずいという状況だろうに!」


 たしかに、今のは私が悪かったが、それでも梯子で3階に向かうという案はダメだろう。

 途中で梯子が折れてしまったら、そのまま中庭に真っ逆さまだ。たぶん、きっと助からない。


「案ずるな、カナミ。私もあれを使って来たのだ。耐久力は私が保証しよう」


 そう言って、王子が窓枠を指さした。

 仕方なく、私も王子に続いて窓枠へと近づいた。


「……」


 何気なく、今いる場所の高さを確認すれば、やはり凄い高さだ。

 一つひとつのフロアの天井が、高過ぎるのだ。

 普通の家の2階とは全然規模が違う。たぶん、その倍くらい。

 4階相当の高さから、さらに上を目指すのだから、やはり落ちた時は一巻の終わりに違いなかった。


「そなたが恐れるのも無理はない。下は決して見るな。私の背中だけを見ていてくれ」


 手遅れなんだが?

 ちょっときゅんとする台詞も、手遅れのおかげで台無しだ。

 窓枠に手をかけて、王子の後から梯子を登っていく。

 ひぃい……こええ。

 落ちたら絶対死んじまうって、これ。


「落ち着いてついて来るのだ、カナミ! 大丈夫だ。もしも、そなたが足を踏み外したとしても、必ず私が受け止めてみせる!」


「それは下にいる人の台詞だから!」


 大食堂の真上。

 梯子を登っていくと、ちょっとだけ突き出した形のバルコニーに、人の姿が見えた。

 王子に焦った様子は見られないので、あれが王子直属の配下なのかもしれない。たしか、近侍きんじという言い方をしていたっけ?


「ビビアン! こっちだ、手を貸してくれ」


 ビビアンという名前から薄々は想像していたが、やはりそいつは女性の部下だった。

 モデルや女優ほどではないが、やはり美形。異世界ならではの例には、残念なことに漏れていない様子だった。


 そんなビビアンに抱きかかえられるようにして、王子が3階のバルコニーへと登っていった。

 そのまま素早く反転して、王子が私に手を差し出した。

 それに続くように、隣からビビアンも手を伸ばして来た。


「あ、ありがとう」


 2人の手を掴むようにして、私もバルコニーへと上がった。


「いいえ、仕事ですから」


 もちろん、今のは王子ではなくビビアンのほう。

 いくら私と他人とは言え、ちょっと愛想が悪過ぎませんか?

 顔には笑顔を張りつけているようだが、そのくせ、目元があまり笑えていない。


「ねえ、ここにはあなたの近侍きんじしかいないと考えていいの?」

「そうだな。この階にいるのは私と弟のニコラスだけだ。あいつを巻き込みたくないので、今回のことは秘密だが、確かに私の味方だよ。ニコラス本人に姿を見られるわけにはいかないが、近侍きんじレベルであれば口止めができるはずだ。安心していい。これにて、オペレーションクリアだ!」


 作戦名は、たしか自室に向かうとかなんとかだったはずなのだが……? ここ、自室じゃなくてバルコニーじゃね? 突っこむと、空気読めない系の女になっちゃうだろうか?


 とにもかくにも、私はほっと胸を撫でおろしていた。

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