第3話 私が王族って、やっぱり何かの間違いですよね?
「ふむ……。しかし、タチバナか」
何か問題でもあるのだろうかと、私は王子を見上げた。
「薄々は覚悟していたが、やはり、そなたも王族なのだな。だが、タチバナ国には悪いが、私とて苦労して連れて来たそなたを、みすみす返すつもりはない。タチバナ国には、カナミを失ったという盛大な悲しみに、耽っていてもらおう!」
(こいつはいったい、何を言ってるんだろう?)
もとより、日本に帰る方法など分からない私である。別に、帰りたいと思うほど周りから必要とされていないので、一向に困らないのだが……。さすがに、タチバナ国というのは勘違いが過ぎるだろう。
「あの、そろそろ移動したほうがいいのでは? 続々と人が集まって来ているようですし」
(というか、また眠気がぶり返して来た。こんなところで倒れるわけにはいかないでしょう……)
私の提案に王子が頷けば、すぐさま言葉を返して来る。
「カナミの言うとおりだな。では、これよりオペレーション『自室に戻る』を発動する! 危険な道のりになる。くれぐれも気をつけて、私の後について来てくれ!」
(作戦名がくそだせぇ……)
だいたい、目と鼻の距離にある王宮に行くのに、いったいどんな危険がつきまとうと言うのだ。
(……ええい、ままよ!)
だが、こうなら自棄だ。
このノリにつきあうことで、少しでもスムーズに状況が好転するならば、空気を読むのもやむを得ない。
「ラジャーです、王子様。さっ、先を急ぎましょう」
前方に見える王宮は、大きく2つに分けることができるだろう。
右側が、国王と市民のための場所。つまり、国王に謁見するための宮殿であり、一方の左側は、実際に王族が暮らしている場所となる。
もちろん、私たちが目指すのは、王宮左側の建物だ。
ここからではよく分からないが、王子の話によれば、この建物はカタカナの「コ」の字型をしているらしい。中央の隙間にあたる中庭が、北向きに存在しているそうなので、実際には、「凹」の形をしている建物と言ったほうが、分かりやすいかもしれない。
私たちの現在地は、「凹」のちょうど右下辺り。
ここから北向きに進んで、途中の窓から室内に侵入するという話だった。
(……ん? 窓から侵入? 正面に見える扉からじゃなくて?)
「ちょっと、なんでそんな怪しいことをするのよ! 余計に変に見えるじゃない! ……まさか、あなた本当は王子じゃないんじゃないでしょうね? 詐欺だったら許さないわよ」
乙女の純情をもてあそんだ罪は、当然に万死に値する。
「ご、誤解だ! 私は正真正銘レオン=ルイジアナ、ここルイジアナ国の王子だ。しかし、こっそりと王宮を抜け出した手前、見つかるわけにはいかないのだ! カナミには面倒をかけるが、正面から堂々とは帰宅できない」
(……まっ、そういう事情があるなら仕方ないか)
王子の後に従って、身をかがめながら進んでいく。
どう見たって、却って市民の注目を集めている気がするが、もう気にしていたら負けだろう。わかちこ。
現在地は凹の中ほど。
ここより北側には、私たちが今いる西の宮殿と、東の宮殿を結ぶ外廊下があり、そこには常に見張りの兵士が立っているらしい。
シンプルに見つかるんじゃないかと思ったが、どうやら木々に隠れていて、見張りのほうからでは、私たちの姿がよく見えないようだった。
「ここから不法侵入する」
(おい、言葉に気をつけろよ)
そう言って、王子が指さしたのは、明らかに木々よりも高い位置にある窓だった。完全に、見張りから丸見えである。
「さすがだ、ビビアン。よくやってくれた」
(丸見えじゃねえか。隠れてた時間、返せよ……)
「私が先に行って、人がいないかを確認して来る。合図を出すから、そうしたらカナミも入って来てくれ。上から手を貸そう」
言うやいなや、王子が鮮やかな体裁きで、窓から華麗に室内へと入っていった。
(……こういうところは、ちゃんとカッコいいんだよな)
その姿を横目に、木々の隙間から、私が恐るおそる見張りのほうを覗いてみれば、案の定と呼ぶべきか、兵士たちの視線はこちらへと注がれていたのだ。
(はあ……終わった)
うなだれる私にとどめを刺すかのように、見張りの兵士が相方に声をかける。
「おい、見たか? 今、レオン王子にそっくりな人が、窓から宮殿に入っていったぞ!」
「そりゃ、見間違いだろう……。王子がそんなところから入るわけがない。王子なんだから、正面玄関から堂々と入って来ればいいじゃないか。レオン王子は、ここに住んでいるんだぞ?」
(あれ? 流れが変わったな)
ひょっとすると大丈夫かもしれないと、私は期待しながら二人の会話に耳を澄ました。
「それもそうだな。となると、今のは単なる泥棒か」
「そうさ、泥棒だ。泥棒なら心配ない。中の人間が対処してくれる。なんせ、俺たちより遥かに強えからな」
「ああ、違いねえ!」
……期待以上の成果だ。
他人事とはいえ、王宮のセキュリティーが心配になって来る。
(もうこれ、普通に正面から歩いていけたのでは?)
私が呆れたように首を振っていれば、先に室内に入って様子を窺っていた王子から、ふいに声がかかった。
「カナミ、今なら大丈夫のようだ。さあ、手を伸ばして」
差し出された王子の手を掴みながら、もう一方の腕で窓の枠に手をかけた。
まるで、イケメンに助けられるお姫様のポーズ。
このシチュエーション自体は悪くないし、なんならかなりドキドキできたけれど、敵役の対応がお粗末で、いまひとつ燃え上がりが足りていない。
前方に扉。そのさらに東にまた、別の扉。
近くのは厨房に繋がっていて、もう一つは中庭へと出られるらしい。私たちが目指すのは中庭のほう。
「私の部屋は三階にある。上へと登らなければならないが、中央の大階段では見つかる危険が高い。裏手から進もう」
(また、見張りか……。でもたぶん、大丈夫だと思いますよ、それ。どうせ役に立たないし……)
そんな私の心情が、顔に出過ぎていたのかもしれない。
王子は真剣な表情で首を横に振っていた。
「いや、室内の人間は、外の兵士とは比べ物にならない。人数こそ少ないが、王族の一人ひとりに臣下として付き従っている、
思いもよらない重たい発言。
闇が見える王族の人間関係に、私は何も言えなくなってしまう。
(そりゃそっか……。仲良しこよしってわけにはいかないのね)
「敵対する派閥って、具体的にはどこなの?」
「兄だな」
兄弟同士での争い。
そこまで言われれば、私もこれが、次の王位を巡っての争いであることが理解できた。
「……分かったわ。あなたの望むとおりで構わない」
「すまない。本当はもっとよい時期に、そなたを連れて来たかった」
再び私たちは歩き出していた。
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