第2話 この世界だと、私はびっくりするくらいにモテしまう。
日差しの鋭さに、私は思わず目を細めた。
時間帯は、まだ昼。
本来であれば、今頃は終電間際の列車に飛び乗って、古びた吊革に揺られながら、浅い眠りについているはずだろう。
それが、ここでは気の遠くなるような太陽と人通りだ。
サブカルに慣れ親しんだと自負している私をして、大層奇天烈な展開の連続に、一時的にこそ眠気が、自宅のアパートを目指して吹き飛んだとはいえ、実際のところは、いつ倒れてもおかしくはない。このまま地面に、直で寝転がりたいとまでは言わないから、睡魔を日本に置き去りにしている間に、少なくとも安心して横になれるような場所に、ここから移動したいものだ。
まさか、そんな私の気持ちを、察してくれたわけではないのだろうが、青年が一度頷いてから足早に歩き出す。
(そう言えば、時間がないって言ってたっけ……)
誘拐、もとい時空すらも超えた、盛大なプロポーズをする人が、時間に追われているとは到底思えないのだが、曲がりなりにも愛の告白を受けた身としては、そのように皮肉るのは失礼だろう。
青年の足取りからして、向かっているのは王宮。王子様なのだから、当たり前と言えば当たり前だった。
「くそっ……ヴェスペリスのやつめ。いったい、どこに消えたのだ」
(死神って呼んでた男の人かな?)
たしかに、先ほどから姿を見かけていない。
王子の情熱的な台詞にすっかりと忘れていたが、私がこの世界へと訪れる結果になったのは、あのゴシック調のイケメンの影響が大きいだろう。なにせ、異世界へのトンネルを開いたのは、ほかでもなく彼自身なのだから。
つまり、その行動から考えてみるならば、ヴェスペリスという名の死神は、王子に加担していることになる。
(死神が協力しているのか……。よく考えると、ちょっと嫌だな)
もちろん、私としても、相手が本当のほんとうに死を司る神様だとは、さすがに思っていない。
だが、死神と呼ばれるからには、それ相応のことをしているという訳で。
眼前のイケメンは、夢に描いていたような白馬の王子様と比較しても、全く遜色がないのだから、そんな物騒なものとは関わらないでいて欲しい、というのが私の本音だった。まさか、白馬の死神に恋をする乙女は、いくら世界が広いといえどもそうそうおるまい。
「これでは目立ってしまうではないか!」
なるほど。
日本では派手過ぎて、コスプレとしか思えなかった青年のいでたちも、すっかりと見事に社会に溶けこんでいる。ここでは却って、私の地味なスーツ姿のほうが、悪目立ちをしているようだった。
言うが早いか、前方にいた小奇麗な町娘たちが、早速私たちの噂をし出す。もっとも、私たちと言うよりも、王子一人の――だろうが。
「見て! すっごい美人」
「わあ、レオン王子。いったい、どなたと歩いていらっしゃるのかしら?」
釣られて、私も王子のことを見上げた。
(……名前も聞いてなかった。レオンって言うのか)
カッコいいネーミングだが、顔のほうも全然名前負けしてはいない。
これだけの美形ならば、それこそどこに行ったって、周りの女子が放っておいてはくれないだろう。
「随分とおモテになるんですね」
つい先ほど、私に結婚を申しこんで来たばかりではないかと、少しだけ疎ましくて、思わず言い捨てるように話してしまった。
ただの八つ当たりだ。
私が誰からも言い寄られないから、ふてくされてしまっただけ。
自分の見た目に自信がないから、王子に限らず、どうにかお付き合いに漕ぎつけたとしても、いつでも男性が、私から離れていってしまうのではないかと、そういう種類の不安が常にある。
私がついつい不満を漏らせば、王子は心底驚いたように、私のことを見つめ返していた。
「何を言っているんだ? 今のは、そなたに対しての発言に決まっているだろう」
私が? 冗談だろう。そんなはずはない。
それこそ、『何を言っているんだ?』と言い返してやりたい気分だ。
おかめの私がモテるなんて、平安時代まで遡らなければありえない。
それも聞くところによれば、ふくよかな顔立ちが健康そうに見えたから――という話ではないか。求められることと求められないこととでは、天と地ほどの差があるとはいえ、いくらなんでもあんまりだ。私だって、みんなみたいに、きゃっきゃとした理由でちやほやされたい。
(衛生美人は、美人じゃないよ……)
そうして王子の後にくっついて歩いていれば、一人の娘が意を決した表情で、私のほうへと小走りで駆け寄って来ていた。
これまた随分と若い。
認めたくはないが、私とは、一回り以上も年が離れているに違いない。
「あのっ! お、お名前は何と……?」
「……。レオン王子だったわよね?」
(この国の王子のくせに、あんまり有名じゃないのかしら?)
何も答えない王子に代わって、私が気を利かせて応じれば、娘は困ったように一瞬だけ微笑んでから、再び私のほうを振り向いた。
「私も知りたい。そなたの名前を教えてくれ」
王子の意外な台詞に、今度こそ私はすっとんきょうな声を上げていた。
「えっ、私? あなたじゃなくて?」
「……? 先ほどから何を言っているのだ? そなたよりも目を奪う女性は、この国どころか、カメリア中を探しても決して見つかるまい。だからこそ、こうしてそなたを連れて来たのだ。いくら私に、無理やり引っ張って来た非があるとはいえ、悪い冗談が過ぎるぞ」
(……そこまで言わなくても良くない? 別に、隠してたつもりじゃないんだって。……たぶん、外国とおんなじよね。普通に下の名前から言えばいいのかしら…?)
目の前の乙女が、私のことを知りたがっているというのは、さすがに王子の間違いだとは思うが、自分の名前さえ伝えていなかったのは、疑いようのない事実だろう。そう考えなおした私は、王子への挨拶の代わりに、少しだけ緊張しながら口を開いていた。
「カナミ……カナミ=タチバナ」
途端に、少女が嬉々とした表情で話し出す。
「カナミ様とおっしゃるのですね! わたくし、今日のこの日の出会いを、一生忘れませんわ!」
言うやいなや、娘は「きゃ~♡」と叫びながら、手をぶんぶんと振り回しつつ、背後のほうへと駆けていく。
(そんな大袈裟な……)
まるで国民的アイドルにでも、偶然、間近で会ったかのような反応だ。
それは程度の差こそあれども、隣の王子も一緒だった。しみじみと反芻するようにして、王子が私の名前を声に出していたのである。
「カナミ……。何と上品な響きだろうか。これほど麗しい名前を、私は一度も聞いたことがない! そなたにとても良く似合っている」
「ど、どうも……」
なんだか調子が狂ってしまう。
額に手をあてながら、何ともなしに周囲を見渡せば、数多くの瞳が、私たちのほうを向いているのが分かった。
(……ちょっと、冗談よね?)
浴びせられる視線の全部とまでは言わないにせよ、このうちのいくつかは本当に、王子が話していたように、私に関心があるためのものだというのか。
(悪評じゃなく、好意的なものなの……?)
そう考えなおして、改めて一同に顔を向ければ、たしかに私ともやたらと目が合う。自分の隣に、これほどの美男子がいるにもかかわらず、だ。
耳に入って来る褒め言葉にも、明らかに女性を指し示しているものがあり、いよいよ私の理解でも、拒めないところにまでそれは迫っていた。
「そんなことって――」
あるわけがないと、いまだ自分の劣等感がしきりに囁くが、目の前の現実を、社会人として客観的に受け入れるのであれば、次のように断言せざるを得なかった。
ここカメリアでは、おかめの私がモテるのだ。それも、ちょっと引くくらいに。
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