おかめの私がモテモテの上にチートだなんて……そんなに都合の良い異世界で、本当にいいんですか?

御咲花 すゆ花

第1章 カナミとレオン:王位を巡っての争い編

第1話 アラフォーOL、妃として異世界に行く。

『見つけた……ようやく見つけたぞ!』


 そんな声が聞こえた気がした。

 慌てて、路地に視線を向けるが、当然のようにそこに人影はない。


(気のせいか……)


 まさかの幻聴か。

 いよいよ睡眠が足りていないのかもしれない。

 毎日、くたくただ。

 ろくに自炊なんてできていない。

 毎晩、スーパーかコンビニで、値下げしている弁当やお総菜を買って、そのまま食べるという生活が、もう何年もずっと続いている。


 彼氏はいない。

 いたことがない。

 だから、その腕が路地の奥から、私のほうへと伸びて来た時も、驚きや恐怖なんかよりも、これからどうなってしまうんだろうという、そんな好奇心にも似た期待ばかりが、ついつい膨らんでしまっていた。


(嘘……さっきは誰もいなかったのに)


 節くれだった、自分よりも一回りほど大きい男性の手。

 反射的に相手の顔を確認すれば、驚くくらいの美形であることが分かった。

 なぜ、イケメンがこんなことをするのかと、呆然と立ち尽くしていれば、私の腕を握りしめている人とは別に、もう一人の男性がそばにいることに気がつく。


(一人じゃないの!? もしかして、襲われる!?)


 いっちょ前にヒロインぶってはみたものの、すぐに冷静な部分の自分がそれを否定した。

 そんなわけがない。

 逆に考えて。ありうるだろうか、この私に?

 良く言えば素朴、はっきり言えば残念な見た目。


『繁華街を歩く時は、ナンパなどを避けるため、意識して地味な恰好をする』と話していた同僚に、返す言葉がなかったのは、いったいどこの誰だったか。


 もちろん、私だ。

 異性からの誘いの文句など、ついぞかけられた覚えがない。

 第一、よくよく見れば、二人とも美形ではあるものの、どこか芝居臭い。

 アニメ調の派手な恰好からしても、せいぜいがコスプレイヤーといったところだろう。

 完成度の高さは認めるにしても、こんな夜分にふらふらと出歩いているようでは、変人の域は脱しない。


 それでも、心のどこかでは、何か素敵なことが起きるんじゃないかと、楽観的に思ってしまうあたり、私も随分と能天気と言うか、図々しい性格をしているのだろう。それとも、度重なる出勤で、まともな防犯意識さえも、どこか遠くに吹き飛んでしまっているのだろうか。


「急げ、死神」


 貴族風のイケメンがそう言えば、ゴシック風の男前がシニカルに微笑んで、ビルの外壁に手をあてる。


 ちょっと様になっているいでたちに、感心して見つめていれば、男が手をあてた辺りから、黒い靄が立ちこめ始めていた。


 すぐに、それは黒い円状のシミとなって、ビルの外壁に穴を開ける。中は真っ黒で何も見えない。


(錯覚……じゃないわよね……?)


 ビルの外側に穴を開けたのだ。当然に、そこは室内へと繋がっているはずだろう。

 だと言うのに、いったいどこへと通じているのやら。

 どぷり。

 そんな効果音が似合いそうなほど、死神と呼ばれた男は一瞬にして姿を消す。

 穴の中へと入っていったのだ。


(マジ……?)


「そなたも、さあ早く!」

「ちょっ、ちょっと……!」


 青年に急かされるようにして、腕を勢いよく引っ張られた私は、そのままなす術もなくビルの外壁に衝突――しない。


 思わず目を瞑ってみたものの、案の定、私の体は摩訶不思議な穴の中へと、入りこんだだけだった。


 足元も周りも、その全部が闇に染まっている。

 一点だけ、遠方の一点だけが光を漏らしているので、そこへ向かって歩けばよいのだと、直感的に理解することができた。


「怪我はないか?」

「え、ええ……」

「では、すまないが急ぎ足で頼む。あまり時間をかけていられないのだ」


(……)


 正直、困惑していた。

 今の状況は、誘拐と呼ぶべきものに近いのではなかろうか。

 いやしかし、誘拐犯がこんなにも親切だろうか。武器で脅されてすらいないなんて、さすがに少し変ではないのか。


 第一、彼らの恰好は派手過ぎだろう。目立つどころの騒ぎではない。ちょっとでも人に見られてしまえば、たちまち嫌でも顔を覚えられる。


(ん……?)


 私の腕を掴む青年の手が、どこか熱を帯びているように感じられた。

 こんな大それたことをして、緊張しているのだろうか。

 それとも私の、異性の腕を掴んでいるから?


(いやいや、それはない)


 だが、そう思えばおもうほど、自分にとっての都合のいい妄想は、止められなくなっていた。


(嫌だな……。この年になっても、乙女時代が全然終わってない)


 今年で35。

 独身でアラフォーともなれば、いくら喪女を自覚しているとはいえ、さすがに焦り始める。人並みに、恋と遊びをして来られたならば、勝手に収まる乙女の病も、肝心の宿主がこの体たらくじゃ、一向に終わる気配がない。


「もうすぐ、カメリアに出るぞ!」


 青年の声が、私を素早く現実に引き戻していく。

 ああ、いったいこれからどうなってしまうのだろう。

 そんなドキドキと、ハラハラが入り混じった感情のまま、私は青年の合図に合わせて、光の差すほうへと飛び出していた。


「嘘……」


 地面に着地すると同時に、そんな言葉が思わず漏れる。

 眼前に広がっていたのは、紛うことなく王宮。

 浅学の私にも一発で分かるほど、イメージしやすい宮殿が、物の見事に立ち並んでいたのだ。


(……)


 混乱する。

 歩く人々の恰好は、まさしく海外の時代劇に、いきなり迷いこんでしまったかのようで、古めかしく、それでいて何とも奥ゆかしい上品さがある。


(まさか……本物?)


 はっとして、私は青年のほうを見上げていた。

 今時、ここまで大袈裟な国家が、地球上に存在しているだろうか? こんなにも煌びやかな宮殿だというのに、その実、カメリアなどという都市(?)の名前は、寡聞にして聞いたことがない。


 至近距離で目が合うと、青年は、私の腕を掴んでいたことを思い出したのか、急に恥ずかしそうに手を離す。


 それが意地悪な戯れであったとしても、その仕草にどこか、胸の奥を掻き乱されるようないじらしさを、どうしても感じてしまう。これがモテない女の宿命だとしても、抱いた感情は本物なのだ。それを恋と呼ぶには、些か早過ぎるだろうか?


 そうして、私史上最大の妄想――つまり、ここが未知なる世界なのだと確信したのは、何気なく見上げた空に、太陽らしき天体が、2つもあるのを認めた時だった。


 はたと、青年が再び私の手を取って跪く。

 今度は、強引に掴むような乱暴なやり方じゃなくて、花を愛でるような柔らかさでもって、私の指先を軽く持ち上げたのだ。


「いきなり、そなたの世界から、カメリアに連れて来た非礼は詫びよう。しかし、私もいつかは、ここルイジアナ国を受け継ぐ身! 生涯を共にする伴侶だけは、どうしても妥協したくなかったのだ。頼む! 私と夫婦めおとになってくれ。このとおりだ!」


 そう言って、青年が私に向かって頭を下げる。

 何がなんだか、もう分からない。


(受け継ぐ身って……王子様ってこと?)


 と言うことは、この私に妃になって欲しいと、そう頼んでいるのだろうか。


「……」


 呆れてしまう。

 急展開が過ぎる。

 でも一つだけはっきりしたのは、なんだか少し、私の灰色の人生が、急に楽しくなって来たということ。


 もう一度、私は立ち並ぶ宮殿を見渡す。


(まさか、手の込んだドッキリってオチじゃないわよね……?)


 さすがに、私一人のために、ここまで大掛かりな舞台を用意しないだろう。いくらなんでも、金がかかり過ぎている。


 だと言うことは――そうだということは、不合理ながらも、目の前で起こっていることの全てが、本当にほんとうの現実だということになる。


 ならばもう、行くところまで行ってしまえと、そう思った私を誰が責められようか。

 深く息を吸い、そして、自然とにやついてしまう口元のまま、私ははっきりと青年に告げた。


「……いいですよ」


 弾けるように青年が大袈裟に喜ぶ。

 大事なことなので、もう一度だけ言おう。

 なんだか少し、私の灰色の人生が急に楽しくなって来た。

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