第4話 堕落の道にストップをかけなければ
中学二年のとき、尚香から二千円騙した元交換日記友達は
「絶対返す。このことは誰にも言わないで。もしこのことがバレたら、首をくくって死んでやる」などと脅しまがいのことを書いた。
だいたいその友達は、学校をさぼって大人の男性と腕を組んで、カフェに通っているような困った生徒だった。
離婚家庭で、ネグレスト家庭であるという。
そんな未成年女子を、鵜の目鷹の目で狙っている悪い大人はいくらもいる。
それから三日後、交換日記でなんと信じられないことが書かれてあった。
「あの二千円、あれはもう二週間も前に返したよ。忘れないでね」
尚香は、あきれ果てた。
翌日から、その交換日記友人は、ほとんど登校しなくなった。
三年になってからは完全な不登校。
中学三年のとき、尚香のクラスに来て男子の股間を触っている現場を見た生徒はいくらもいた。
模擬テストは受験したが、高校受験などしていない。
僕は尚香に言った。
「人間、悪いことをすると人ごみのなかに入っていきにくくなる。
女性を悪の道に陥れるワル男は、まず親切にして近づき、この男性なら信用できる、この男性の力になりたいという母性本能をくすぐらせる。
そして、第三者から詐欺まがい、恐喝まがいの方法で金を引き出させる」
尚香は納得したように聞いていた。
「でもそういうことをしたら、もう今までの普通だった自分とは違う。
悪の道に入ってしまったという自覚が芽生えるんじゃない?」
僕は思わず共感して、力説した。
「そうだ。そこだよ。いくら相手の男性に誘われたこととはいえ、もう私はこの男性と共犯関係であるグレーの人間になり下がってしまったんだ。
元の私には戻れないし、世間がそのことを許してくれない。
だから、私はこの男性に従っていくしかないなどと、思い込んでしまうんだよ」
尚香は頷いた。
「誰かに甘えたり、頼ったりしたいという主体性のない未成年者ほど、堕落の道の入口に入ってしまうわね」
僕は思わず
「そうだな。堕落の道に一歩でも入るとあとは坂道を転げ落ちるように、真っ逆さまに堕ちるしかないよ。そして世間からも距離を置かれ、ますます孤独の檻に入るだけだよ」
すると、今まで黙って聞き役にまわっていた竹本元雇われ店長が、初めて口を開いた。
「実は僕も、元雇われ店長という立場上、孤独感が常にあったんだ。
雇われ店長といっても所詮は、半年更新の契約社員。要するにいつクビを切られるかわからない、不安定な立場。
若い新店長も追い上げてくるし、エリアマネージャーはただ売上と客からの苦情でしか店長を判断せず、いつ転勤になるかわからない。
そんな中で、恋愛もどきにひとときの安らぎを求めていた時期があったよ。
不安に満ちた生活のなかで、一種の依存症になるところだったよ。
あっ、今から僕が見聞した、悪質インチキ雇われ店長の話、しますね」
僕と尚香は興味津々で聞いていた。
「飲食店って、家より店にいる時間の方が長いだろう。
だから不倫やギャンブルが流行るんだ。まあ、不倫の方は暴露すると、エリアマネージャーから減給処分という罰則を受けるけどね」
うんうん、わかる気がする。
「ある雇われ店長になったばかりの、ギャンブル好き、いや借金だらけのギャンブル狂の岩本という店長がいたんだ。競馬、競輪なんでもありの三十歳の店長だったけどね、とうとう多額の借金をつくる羽目になってしまったんだ」
尚香が思わず口を挟んだ。
「武富士は倒産したけれど、現在の闇金というのは、ギャンブル専門と聞いたことははあるわ。だからギャンブルをする人がいる限り、闇金もなくならないというわね」
竹本は言った。
「当たりい。ビンゴですね。岩本店長も、まさにそのパターンだったんだ。
初めは自分の給料に見合った額を借りてたけど、闇金は押し貸しといって、いつの間に口座に金額が振り込まれてたんだ。
調子にのって借金をしているという感覚さえ忘れ、知らぬ間に利子ばかりが膨れ上がってしまい、気づいたときには、取り立て屋がやってきたという」
尚香は「もしかして、親に支払ってもらうぞ。そしてこのことは、ネットで拡散するぞなんて脅されたんじゃない?」
竹本は感心したように言った。
「Wビンゴだよ。実際、人相の悪い取り立て屋がくると、まあこれで収まるならと札束を渡してしまう。これで最後、これ限りと思っていると、また新たな取り立て屋がやってくるんだ。
なかには領収書のなかに、日付や金額の詳細さえ書き込まれていないインチキまがいのニセ領収書もあるようだよ」
尚香は思わず答えた。
「女性の場合だと、下着姿で「私は借金を抱えています」というプラカードを下げた写真をネットで拡散されるようね。
全く知らない人にまで、知れ渡ってしまう。怖いことねブルブルブル」
「そうだね。SNSは恐ろしいね。
ところで、ギャンブル狂の岩本店長は闇金から追われることになって、当時バイトだった僕を陥れようとしたんだ」
僕と尚香はまたもや、サスペンスドラマを見ているように興味津々で聞き入っていた。
「ある日の朝、僕は岩本店長から話があると言って呼ばれた。
なんでも、昨日の僕の接客と皿洗いの件で、怖いババと呼ばれる人物から脅迫まがいの仕打ちをうけ、怖いババにプラットフォームに待ち伏せされ、怖いババの指定するアパートで土下座をさせられたというんだ」
僕と尚香は思わず
「えっ、何かやらかしたの? たとえば客にラーメンの汁をかけてしまったとか」
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