第5話 人生一寸先の罠の正体を見抜け

 竹内は答えた。

「いくらなんでもそんな失敗はしないよ。それをすれば死活問題だよ。

 だって、ラーメンスープって熱いし、油だから一度かけたらもう元には戻らないじゃない。水をかけたというのとは違うんだよ。水だったらすぐ乾くけどね。

 なんでもこわいババが語るには、僕が至らない接客をしたというのだ。

 まず、水をカチャリンを音をさせて置いた。

「へい、いらっしゃいませ」などとふざけた口調で言った。 

 皿洗いのガチャガチャという音が気になる。

というのだ。それが原因で怖いババと名乗る人物は不快感を感じ、岩本店長をプラットホームで待ち伏せし、自宅まで連れ込み土下座をさせられたというのだ。


 へえ、そんなことが原因で、わざわざ自宅まで呼び出して土下座をさせたりするものなのか? 第一その怖いババとは、何者なのだろう。アウトローの類か。

 僕はそう思って聞いていた。竹内曰く

「僕はエリアマネージャーを呼んで、三者面談で話をすることになった。

 すると、エリアマネージャー曰く「怖いババという人物が何者かはわからないが、とにかくお客様は神様である。あなたが、お客様に不快な思いをさせたことには変わりがない。今から謝罪証明書を書いてもらう」僕は、わけのわからぬ間に一応、事実として謝罪証明書を書いた。その内容は、実にバカげた内容だったがね」

 始末書じゃないの? なにか悪事を働いたみたいではないか。

「謝罪証明書、私は〇月〇日、〇時〇分頃、ある女性客に

一、水をカチャリンと音をさせて置いた。

一、へい、いらっしゃいませと言った

一、ガチャガチャと音をさせて皿洗いをした。

 以上のことで、怖いババと名乗る人物に不快な思いをさせ、その代償として岩本店長は怖いババの自宅まで連れ込まれ、土下座を強要されました。

 今後、どのような処分を受けても致し方ないと存じます」

 そのあと、僕は住所、氏名、拇印を押さされたんだ」

 尚香は思わず呆れたような口調で言った。

「なんだか、ヤバイ匂いがするわ。反社が関係してるんじゃないの?

 怖いババというのは、反社のことじゃないの?」

 僕も同じことを思った。

 以前から半グレには、反社がついて大金が流れているということは、周知の事実だという。

 この頃は、オレオレ詐欺のルフィにも有名反社がバックに控え、大金が流れているという。まさに蛇の道は蛇である。上には上がある。

 多分、岩本店長というのは、反社と関係して、脅されているのではなかろうか。

 その隠れ蓑として、バイトという弱い立場にある竹内を利用したのではなかろうか?

 尚香は口を開いた。

「もうそんな危ない職場、辞めた方が身のためかもしれないね。いや辞めるべきよ」

 竹内は、口を開いた。

「結局は僕は、エリアマネージャーから要注意人物として見られ、解雇されたが、このままでは僕一人が悪の根源みたいじゃないか。

 そこで僕は一矢を報いることを考えたんだ。

 僕は本部に手紙を郵送した」


「私は、岩本店長を自宅に呼び出したこわいババと呼ばれる人物です。

 岩本店長に自宅に来て、土下座をしてもらいましたが、帰ったあとで、靴が一足無くなっていることに気が付きました。

 多分、間違って持ち帰ったのだと思いますが、そうなら早急に返してくれませんか。その靴は、私の上司にあたるさるビシッとしたお方のものであり、その方の靴を失くしたとなれば、怒られるのはこの私です。

 連絡して頂けることをお待ちしています」

 それから三日後、僕はまた本部に手紙を郵送した。

「ご無沙汰しています。こわいババですが、先日送った手紙をお忘れなのでしょうか。もし、靴が戻らないときは、私の上司とその部下十人を引き連れて、岩本店長の勤めている店にお伺いします。転勤になっても、それは変わりません。 

 早急に連絡下さい。ちなみに私の上司というのは、繁華街では顔のきく人物です」


 それから、一週間後、風の噂で岩本店長の嘘がばれたのだった。

 怖いババというのは、実は闇金業者であり、岩本店長は健康保険証も取り上げられ、監禁一歩手前の軟禁させられていたのだった。

 僕は本部に電話をしたが

「岩本店長との間になにがあったということは、別として、竹本さんは謝罪証明書を書いて、拇印まで押したでしょう。

 それが記録として残っている限り、竹本さんを雇用することはできません」

というにべもない返事だった。

 しかし、仮に雇用されたとしても、バイトは所詮一か月契約でしかない。

 後に、その会社は借金まみれで、反社絡みであるということが、マスメディアに公表された。

 僕はちょうどいい潮時に退社したのだった。


 竹内の話は、まるで深夜のサスペンスドラマのようだった。

 尚香は口を開いた。

「今度は、私のヤバイ体験談をお話ししますね」

 僕と竹内は、興味津々で聞いていた。


「私は、フランチャイズの飲食店でバイトしてたの。

 店長が社長であり、最初の一か月はごく普通に仕事をこなしていたわ。

 ところが二か月目に入ったあたりから、反社まがいの言動を私にしてくるようになったの」

 反社まがいということは、その頃から反社とつながるようになったのだろうか。

 飲食店の社長というのは、昔は常にその誘惑があったという。


「私はそのとき、皿洗いだったが帰宅した翌日、店長曰く「洗剤がこぼれていた。あんたのせいだ」

 私は「私は、洗剤のキャップを閉めて帰りましたが、なにか証拠でもあるんですか」

 このときは社長は黙っていたが、それから三日後、なぜか私の目の前でホースが焼け焦げていた。すると社長は

「何をしてるんだ。減給だ、減給決定だ。弁償してもらうぞ」

 私は「あのう、弁償といいますが、私がなにかしたという証拠でもあるんですか」

 社長曰く脅しまがいの口調で

「まあ、今度だけは見逃してやる。私は社長だ。ガタガタ抜かすなら首を切るということもある」

 僕と竹内は「まるっきり反社のいちゃもんと同じだね」と口を揃えて言った。

 尚香曰く「私は毎朝トイレ掃除をするが、そのときに限って水詰まりしていたので、そのことを社長に言ったら、なんて言ったと思います。

「はい、あんただ。あんたが便器に雑巾を突っ込み、わざと詰まらせるように細工したと考えられる。だいたいあんたは社会的信用がない。あんたならやりかねない」と断定的な口調で怒鳴りつけたように言うのよ」

 社会的信用がない? 僕の父のように元反社か前科者か? それとも麻薬中毒者か? それとも、社長本人がそういうことを言われてきた過去があったのだろうか?

 竹内は口を挟んだ。

「これは100%反社とつながってるな。その社長はもう反社の息がかかりまくっているに違いない。そんなところで働いていたら、給料をもらえるどころか、弁償という名でタダ働きさせられるのがオチである」

 僕も思わず

「そういう所で働いていると、下手したら辞められなくなるぞ。多分売り上げの半分以上が反社にまわっている筈だ。

 君子危うきに近寄らず。早く辞めた方が身の為だよ」

 竹内も相槌を打った。

「ああいう輩は、執念深いからな。一度利用できるとわかると、まとわりつき、はげたかの如く食いつき、骨の髄まで搾り取られる恐れがあるぞ」

 尚香は思わず

「ということは、風俗行きということ。まるで悪質ホストと同じじゃない。

 まあホストの場合は、女性客が推しの担当ホストに貢ぐことで、愛を確認するのであるが、反社の場合はそういうわけにはいかないわね」

 話が飛躍しすぎたようだな。尚香は話を続けた。

「私は辞めることにしたの。社長に風邪をひきましたから二、三日休みます」

 すると、社長はすごい剣幕で

「ようし、休みたかったら一日はゆっくり休め。その代わり次の日、休みたいなどというと、お前の居場所はないと思えよ」

 脅しまがいの口調に、私はびびらざるを得なかったわ」

 竹内曰く

「社長は、多分反社から、半分くらいの売上金を支払うことを強要されてるんじゃないか。そしてその額もたとえば二十万以上と決定されているだろう。

 だから、従業員に休まれると困るんだ。しかし、そんなことを続けていると、当然のことながら従業員は辞めていき、反社へのみかじめ料だけが残る結果となる。

 まさに悪循環だ」


 尚香は話を続けた。

 私は辞めたけどね、そのとき給料が一万三千円も引かれていたの。

 社長に電話で確認すると「三千円は急に辞めると言い出したから。そして一万円は今までのペナルティーという形で引かせて頂きました。わかってもらえたかな」

 こりゃあ、ダメだ。社長は完全に反社の子分と同じだと痛感したわ。

 それから、五年後その社長は、不法就労外国人の罰則を受け、逮捕されたわ。

 要するに、雇う資格のない外国人ばかりを雇っていたというのよ」



 

 

 


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