モスマンは酒を飲む

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「ただいまー」


モスマンは自分が運営に携わっているギルドに帰って来た。


「お帰りモスマン、 ギルド幹部が何時までも留守じゃ寂しいぜ」


併設されているバーで

ギルドマスターが酒を飲みながら笑いながら言った。


「悪い悪い、 ちょいと昔の知り合いの所にね」

「知り合い? 勇者か?」

「勇者パーティのパーティメンバーだよ

今は貴族の嫁さんをしている

イカれたパーティメンバーの聖女を捕まえて送り届けて来たよ」

「また変な事に首ツッコんでるな」

「ほっとけ」


そう言いながらギルドマスターの横に座った。


「ご注文は?」


バーテンダーが尋ねた。


「タリスカーの18年物を」

「はい」


タリスカーはそれなりに度数の高い酒で有る。

モスマンは偶にコレを飲むのだ。

祝いの席や誰かの葬式の後、 節目節目に


「聖女さんが捕まったのは残念だな」

「割と良い奴だったんだがな、 おつむがイカれて

今は白い塀の中だ」

「気の毒に」

「そうでもないさ、 昔の知り合いの多くは墓の下か

塀の中、 白い塀だけでも有情っていうもんだろう」

「塀と言えば騎士団長も捕まったらしいな」

「そうだな【新世界監獄】に入っている

昔の同牢ルームメイトにも入った奴が居たが

恐ろしく劣悪な環境らしい、 北の果てだから仕方がないが」

「出られそうか?」

「終身刑ではない、 20年位は入る事になるよ」

「20年、 か、 それは・・・大変だな」

「出る時は50歳か、 その時、 私も80位になるか」

「お前って今、 60歳なの!?」

「そうだよ、 言って無かったっけ?」

「初耳だが・・・

え、 じゃあ勇者パーティで魔王討伐に行ってた時50歳!?」

「だな」

「アグレッシブだなぁ・・・世界の平均寿命40だぞ」

「それは病気や怪我が多いからな、 私は怪我や病気にならないようにしている」

「酒は飲むのに?」

「気晴らしも大事だろ、 長い人生に楽しみが無かったら地獄だぞ

お前は80迄酒が飲めない人生とか生きたいか?」

「それは嫌だなぁ・・・と言うか50で魔王討伐とは

中々にチャレンジャーだな」

「チャレンジは何時やっても良いもんだよ

と言うか年取ったらチャレンジしちゃいけないと言う法律も無い」

「アグレッシブだな」

「アグレッシブだよ」


タリスカーを煽るモスマン。


「所で牢屋で読むと面白い本って何かないかな?」

「持ってってやるのか? それとも自分で読むのか?」

「まさか、 今はまだ捕まる予定は無いよ」

「『まだ』って捕まる予定立てるのかよ」

「捕まる事でメリットが有るなら捕まるさ」

「メリットって何だよ・・・と言うか本屋か司書に聞け」

「捕まった事が無いから知らんとさ」

「聞いたのか・・・・・じゃあ・・・脱獄物とか?」

「塀の中に居た時に読んだよ、 真似して脱獄しようとした奴は

待ち伏せされてたからあんまり良い思い出が無い」

「じゃあ恋愛物は? 意外と面白いぜ?」

「駄目だ、 アイツは振られたから」

「冒険物にするか」

「そうだな、 ゴリッゴリのダークファンタジーでも持ってってやるか」

「何でダークファンタジー?」

「普通の冒険物にはグルメ描写が有るだろ」

「ある・・・かな? 如何だろう・・・と言うか読書するのか?

もっと良いのあるだろ」

「例えば?」

「クロスワードとかピクロスとかのパズルとか」

「あぁー、 ダメダメ、 それってペン使うじゃないか」

「ペンを使うのは駄目なのか?」

「と言うか尖った物全部駄目だね、 歯ブラシすら禁止になってる」

「歯ブラシぃ? アレって大体丸くないか?」

「加工して尖らせるんだよ、 同じ理由でベッド固定で

スプリングすらついていない」

「贅沢言うなぁ・・・」


くっくと笑うギルドマスター。


「あぁそうだ、 アイツは如何した?」

「アイツ?」

「嫁さんが妊娠した若い奴だよ」

「あぁ、 アイツね、 アイツは後々に役立つ男になるよ」

「へぇ、 昔の勇者でも思い出したか?」

「いや、 さっき言った脱獄しようとした奴を思い出した」

「・・・・・褒めてるのか?」

「馬鹿をやったけどもガッツはある男だ、 脱獄の罪で

別の刑務所に輸送されたけどな、 アイツ今頃何してるんだろ」

「ガッツだけの男って事かぁ・・・」

「男って言うのは単純なもんだよ

大事な女が居れば男は頑張るんだよ

まぁ頑張りが報われるかは分からないし

頑張りの方向性が正しいかもわからんが

そこは適宜私達がサポートすれば良い」

「えー、 それ俺達の仕事かよ」

「俺達の仕事だよ」

「ギルドマスターも大変だな」

「ギルドマスター以前に大人は子供を導くもんだよ」

「あいつ等も良い大人だろ」

「如何だろうな、 歳をとっても大人になれていない奴なんて大勢居るぞ」

「まぁ言えてるな、 もう一杯飲むか

マスター、 テキーラサンライズをシロップ多めで」


テキーラサンライズはオレンジジュースとテキーラに

ザクロで作ったグレナデンシロップで作るカクテルである。

ザクロは宗教的にも関りが有る果物であり

大人が子供に送る酒としてテキーラサンライズはメジャーである。

甘いので飲みやすいので初心者向けでもある。


「ガキかよ」


大人が飲むと馬鹿にされる。


「まぁ彼等の新生活を祈ろうじゃないか

大人としてな」

「大人でも新生活送って良いじゃないか」

「お前60だろ、 新生活って歳でもないだろう」

「馬鹿言うな、 私の人生はまだまだこれから

人生に章番号をつけるとしたら大体今は10000位だよ」

「濃い人生だな」


テキーラサンライズを受取るギルドマスター。


「兎も角乾杯だ」

「何に?」

「老いも若きもこれから来る新生活に」

「ふっ」


「「乾杯!!」」

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恋に破れた勇者は『世界を変えよう』と魔法使いに引っ越しを勧められる @asashinjam

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