第12話

 金色のロープがまばゆい輝きを放った。

 その輝きが消えた時、アキトの右手にあるのはロープではなく、金色の大きな鳥籠とりかごになっていた。


「キュー……」


 観念した様子で項垂うなだれるグレイを、アキトは鳥籠の中に入れた。そしてカチャリと、鳥籠に鍵をかけた。


「ワフッ」


 グレイを追いかけ回していたリーゼルは玄関扉まで戻り、誇らしげにアキトを見上げた。


「リーゼル、よくやった」


 アキトはねぎらうようにリーゼルの頭を撫でた。撫でられたリーゼルは、嬉しそうに尻尾を振っている。


「アキト……それにリーゼルも、どうしてここにいるの?」


 チハルが困惑した表情で首を傾げた。


「ついさっき、カフェにしらせが届いたんだ。『指名手配中のあく妖精ようせいグレイの気配が、この丘で探知された』ってな。それで心配になって来てみたら、アビーの屋敷から次々に若者が出てくるのが見えたんだよ」


 なるほど、パーティーの参加者達が逃げ出していくところを見て、アキトは非常事態に気づいたようだ。


「お前達を屋敷に行かせた時には、悪妖精が潜んでいるなんて知らなかったんだ。悪かったな、チハル。それにもちろん、ジェシカも」


 アキトは申し訳なさそうに謝ってきた。


「いや、別に謝らなくても……って、そんなことよりですね! さっきその妖精に追い詰められた時、わたしのポシェットからビームが発射されたんですけど! これってもしかして、アキトさんの仕業ですか!?」


「ん? ああ、俺が仕掛けたんだ。カフェで、君がそのポシェットを置いていきそうになった時にな。ピンチになったら魔法が発動するようにしておいた。ちなみに魔法が発動するのは一回だけだ。もうただのポシェットに戻っているから、心配しなくていいぞ」


 アキトはなんてことないようにそう答えた。

 もう、こっちは動揺しているっていうのに。


「ええっ!? アキト、そんなことしてたの? 全然気づかなかったよ……」


 どうやらチハルも知らなかったらしい。

 唖然あぜんとするチハルを見て、アキトはやれやれと肩をすくめた。


「人間に魔法界を歩かせるんだぞ。ちょっとしたを持たせるのは当然だろう。何があるか分からないんだからな。まあ、実際に発動することになるとは思っていなかったが……役に立ったのならよかったよ」


「あはは……おかげで助かりました……」


 魔法を仕掛けたのなら、そう言ってくれればよかったじゃん……とは思いつつ、わたしは素直に礼を言った。


 グレイがチハルとアビーの魔法を封じた時、わたしは離れた位置にいた。

 だから、ポシェットの魔法は封じられずに済んだのだろう。あるいは、魔法を仕掛けたアキトに実力があるから、封印なんてされないのかもしれない。


「いててっ……」


 その時、こっそりと立ち上がろうとしたチハルが、小さくうめき声を発した。


「チハル、怪我をしたのか?」


 アキトに気づかれ、チハルはバツが悪そうに頷いた。


「うん……足首、ちょっとひねっちゃった」


「そうか。回復魔法で治してやろう。リーゼル、グレイを見ていてくれ」


 アキトは鳥籠をリーゼルの横に置くと、チハルのもとに向かい、彼女の前にひざまずいた。それから、回復魔法であっという間に足首を治してしまった。


「ありがと……やっぱすごいね、アキトは」


 痛みの消えた足首を見つめながら、チハルは複雑そうな表情を浮かべた。



──────────────



 その後、グレイを追っていたという上級魔法使いが屋敷に駆けつけ、アキトはその魔法使いにグレイを引き渡した。


 上級魔法使いの推理によれば、グレイは隠れ場所を求めてパーティー中の屋敷に忍び込み、ボードゲームの盤面ばんめんに入り込んだ──ということらしい。

 そのボードゲームでエディ達が遊び、何かの拍子にグレイが飛び出てきてしまった、というわけだ。


 とにかく、グレイの件は無事に解決した。



 ああ、それから……当然と言えば当然だけど、アビーのパーティーはそのままお開きになった。

 逃げ出した参加者のほとんどが、すでに自宅へと帰ってしまっていたからだ。


 オードリーを含む数人が、屋敷の近くに残ってコソコソと様子をうかがっていたんだけど……誰ひとり、大広間に戻ってパーティーを続けたいとは思っていなそうだった。


 それに、アビー自身もそんな気分ではなくなってしまったらしい。


「パーティーはもうおしまいよ。さっさと帰って」


 アビーはオードリー達にそう言い放つと、誰もいなくなった大広間へ戻ろうとした。


「おい、アビー。子供を人間界から連れてきた件だが──」


「うるさいわね。連れきたのはわたしじゃないわ。それに、もうそっちに渡したでしょ?」


 アビーはアキトの言葉を苛立たしげにさえぎり、屋敷の前にあるベンチを指差した。

 木製の可愛らしいそのベンチには、エディとサラが寄り添いあって座っている。


 二人とも、今にも眠りに落ちてしまいそうな様子でウトウトしていた。

 さすがに遊び疲れたのだろう。


「チハルから聞いたぞ。指示を出したのはお前だって。いいか? もうこんな悪ふざけはやめるんだ。この次は、お前の身柄も拘束することになるからな」


「……わかったわよ」


 アビーは意外にも素直に頷き、屋敷の中へ入った。

 彼女が玄関扉を閉めようとしたその時、チハルがおずおずと声をかけた。


「あの、アビー? よかったら……片付け、手伝おうか? グレイが荒らしちゃったし……ひとりじゃ大変でしょ?」


「……」


 アビーはしばし黙り込んだ後、こちらに背を向けたまま言った。


「結構よ。片付けなんて、魔法を使えば簡単にできるわ。あんたとわたしは違うの」


 バタンと、玄関扉が閉まった。


「……やれやれ」


 チハルはポリポリと頭をかいた。

 その光景を、わたしとアキトは後ろから黙って見守っていた。


 わたしが首を突っ込む問題ではないんだけど……やっぱり、二人がこれからうまくやっていけるといいな、と思ってしまう。



……か。わたしは、チハルと一緒には過ごせないんだよね……)



 夜が終わる前には、わたしは人間界に帰る。

 人間界と魔法界とは行き来できないのだから、人間界に帰るということは、チハルとお別れするということだ。


(……友達として一緒に過ごすことが、わたしとチハルにはできない……)


 そう考えると切なさが込み上げてきて、なんだか胸が苦しくなった。


 わたしはその場から一歩離れ、頭上のお月様を見上げた。


(せめて、この夜のことを覚えていたいな。忘れたくないよ、わたし)


 その時、誰かの声が聞こえてきた。



『じゃあ、忘れないでいいよ。覚えていて』



(えっ?)


 子供のようにも、大人のようにも聞こえる、不思議な声。


 雨上がりの森に響く小鳥のさえずりのような、透き通ったその声は、わたしの心の中をスッと通り抜けていった。


(今の声は、一体……?)


 わたしは慌てて、チハルとアキトにいた。


「ね、ねえ二人とも! 今の、聞こえた?」


「? 今の、ってなんのこと?」


「聞こえなかったの!? 今、誰かの声が──」


 わたしは言葉を止め、視線を上に向けた。


 小さな星のような光が、空からゆっくりと舞い降りてきたからだ。

 ちょうど、雪の降り始めみたいに。


 その光は、わたしのもとへと降りてきた。

 そして目の前まで来た時、光の中から何かが現れた。


「これって……」


 光の中から現れたのは、小さなバッジ……いや、エンブレムだった。

 満月のエンブレム。


 わたしは思わず両手を前に出し、そのエンブレムを受け止めた。


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