第11話
「! うわあっ!!」
チハルはギリギリのところでグレイに気がつき、不恰好なサイドステップで攻撃をかわした。
「ツッ!! イタタ……」
攻撃はかわせたけど、慌てて避けたせいで足首を
チハルは痛そうに顔を
グレイはチハルの頭上を飛び回り、ケタケタと笑っている。チハルを馬鹿にしているみたいだ。
そして空中で体の向きを変えると、今度はアビーに向かって牙を
「! なによ、屋敷の
「アビー、逃げ……うっ!」
チハルは立ち上がろうとしたが、バランスを崩して再び座り込んでしまった。やはり足首が痛むのだろう。
「ふん、かかってきなさいよ……」
アビーはグレイを真っ向から
わたしは、改めてアビーの服装に目をやった。
ハイウエストスカートの
動きやすくは……なさそうだ。
魔法界のことに詳しくはないけれど、多分あれは
あの格好で、グレイの素早い攻撃を避け続けることができるのだろうか。
(魔法も使えないみたいだし……ひょっとして、彼女ピンチなんじゃ……)
グレイがアビーめがけて
「くっ……」
アビーは身をかわしたが、余裕はなさそうだ。
魔法を使えないとなれば、今の彼女は丸腰状態。つまり、人間であるわたしと同じなのだ。
グレイは空中で高度を上げ、爪と牙を光らせた。
(……ああ、もうっ!!)
わたしは心の中で溜息をついた。
別に助ける義理なんてないし、放っておいてもいいはずなんだけど、どうにも見てられない。
放っておくわけにはいかなかった。
わたしって結構いい奴?
(だって……今のアビーはどうしようもない
そう考えると、このまま隠れていることなんてできなかった。
「……二人とも、ここにいてね」
大広間の隅っこでしゃがんでいたわたしは、背後のエディとサラにそう
そして思い切って立ち上がり、アビーのもとへ駆け出した。
いきなり割り込んできたわたしに対し、アビーが困惑の声を上げる。
「! はぁ? あんた、何してんの!?」
わたしは彼女に背を向けて立つと、大きく両手を広げた。
視線の先にはグレイがいる。
グレイは爪をシャキンッと伸ばし、上空からこちらへ突っ込んできた。
(ん? 考えてみたら、かよわくて
コンマ何秒かの間に、わたしの脳内をそんな思考が駆け巡った。
だが、もう引き下がることはできない。
(え~い、どうにでもなれ!)
わたしは悪あがきのつもりで、ポシェットを顔の前に掲げた。
バッグの部分がジャックオーランタンの形をしている、ハロウィンらしいポシェット。
わたしは
グレイは間近まで迫ってきている。この距離で見ると、その形相はなかなかに恐ろしい。
わたしは、やぶれかぶれな気持ちで叫んだ。
「
その瞬間、ジャックオーランタンの両目──というか両目にあたる部分が、
「へ?」
光はブワッと強くなり、両目から
「えぇ~~~っ!?!?!?」
ビームはグレイに命中。
グレイはのけぞり、垂直に落下した。
わたしはポシェットを掲げた体勢のまま、ポカンと大きく口を開けた。
多分グレイよりも誰よりも、わたしが一番驚いていたんじゃないだろうか。
(なぜ!? 一体どうして、わたしのポシェットからビームが!? これは人間界の雑貨屋で購入した、平凡なポシェットなんですけど!?)
思い当たることといえば……あっ。
『おい、これは君のだろう? 忘れてるぞ』
カフェで……ソファの上に置きっぱなしになっていたポシェットを、アキトが持ってきてくれた。
(ひょっとしてあの時に、アキトが何か仕掛けたの!?)
混乱しているわたしに、チハルが大きな声で言った。
「! 気をつけて! まだ倒れてない!」
見ると、床に落下したグレイがピクピクと翼を動かし、なんとか起き上がろうとしていた。
勘弁してと思ったその時、玄関扉から新たな
「ワンワン! ワンッ!!」
勇ましく吠えるその闖入者を見て、チハルは安堵と驚きの入り混じった声を上げた。
「! リーゼル!!」
「ワンワン!」
リーゼルは迷うことなく、大広間をダッと駆け抜けていく。その先には、飛び上がろうともがいているグレイの姿があった。
「! キュ、キューッ!」
向かってくるリーゼルを見るやいなや、グレイは情けない鳴き声を発した。そして翼を
「ワンッ! ワンッ!」
リーゼルは獲物を狙う猟犬のように、グレイを追いかけ回す。
途端に、大広間はリーゼルとグレイの追いかけっこ会場となってしまった。
緊迫した状況のはずだけど、ちょっとコミカルな光景にも見える。
「キュ~……」
程なくして、体力の限界を迎えたグレイが床に倒れ込んだ。
すると、どこからか金色に輝くロープが飛んできて、シュルシュルッとグレイに巻きついた。
ぐるぐる巻きにされたグレイの体はロープごと宙に浮き、弧を描くように飛んでいく。
そのロープの動きはまるで、カウボーイの操る投げ縄のようだった。わたしとチハルとアビーは三人そろって、ロープの
(あっ……)
グレイの体は、開け放たれた玄関扉の方へと飛んでいく。
そこで待ち構えていたのは、知的な雰囲気の青年だった。青年の右手には、金色のロープの先端が握られている。
驚いた──ってほどでもない。リーゼルが現れたんだから、そりゃあこの人も来るよねって感じ。
「悪妖精グレイ、お前の身柄を拘束する」
そう言って、アキトは左手でグレイをキャッチした。
(な、なんか美味しいところを持ってかれたような……)
と思わなくもないけれど、やっぱり安心の方が大きい。
緊張の糸がプツッと切れ、わたしはへなへなと座り込んだ。
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