第10話

「何あれ!? 魔法界の動物なの!?」


 飛び出してきたのは、コウモリの翼を生やした灰色のリス、って感じの生き物だった。

 大きさはウサギくらい。

 目はやたらとデカくてギョロッとしており、耳は三角形にとんがっている。

 リスに似ている──と思ったけれど、リスにしては手足が長く、爪もするどい。


「動物っていうか、妖精ようせいだね。あのボードゲームが見せる幻影じゃなくて、本物の妖精みたい……!」


「よ、妖精!?」


 チハルの返答にわたしは衝撃を受けた。

 だって、妖精っていうのはもっとこう……可愛らしい存在じゃないの?


「どうして妖精がボードゲームから飛び出してきたんだろう。ばんの中に隠れてたのかな?」


「チハル! 冷静に考えてる場合!? あの妖精、なんだか凶暴そうに見えるわよ!」


 と言ったそばから、妖精がとがった牙をき出しにして、エディとサラに飛びかかろうとした。


「! 危ない! アイスッ!!」


 チハルが、掛け声と共に右手を掲げた。

 すると、右手の正面に氷のかたまりが出現し、妖精めがけて飛んでいった。


「ギャッ!!」


 氷の直撃を喰らい、妖精は悲鳴を上げながら床に落下した。


 今のうちに、エディとサラを妖精から離さないと!


「エディ! サラ! こっちに来て!!」


 わたしが声をかけると、二人は驚いて顔を上げた。

 近所でよく挨拶を交わしていたからか、幸いにもすぐわたしのことに気づいてくれた。


「! ジェシカ!!」


 サラが顔を輝かせ、わたしの方へ走ってくる。

 エディも妹の後を追い、こちらへ駆け寄ってきた。


「ジェシカ、なんでここにいるの? ここって夢の中でしょ?」


「そうだよ、どうして?」


 幼い二人はそろって首を傾げている。どうやら、二人とも自分が夢を見ていると思っているようだ。


 ははっ、無邪気で可愛い~って和んでる場合じゃなかった。

 わたしは急いで二人を背後に隠した。


「話は後で! 危ないから隠れていて! あ、でも壁のバラに近寄りすぎちゃ駄目よ!」


 その間に妖精が起き上がり、再び空中に飛び上がっていった。

 大広間にざわめきが広がっていく。


「妖精だって!」


「なんでこんな所に!?」


「安全なの? 凶暴そうじゃない?」


「いま子供に襲いかかろうとしてたぞ!」


 その時、誰かが妖精を指差し、怯えた声で言った。


「ねえ……あれって、指名手配されてる『あく妖精のグレイ』じゃない?」


 はぁ? 悪妖精? 指名手配?

 わたしにはなんのことやら分からなかったが、大広間のざわめきは一気に大きくなった。


「ほ、ほんとだ!」


「グレイだ!! 逃げろ!」


 パーティーに参加していた人々は、パニック状態で騒ぎ始めた。


 その騒ぎに刺激され、妖精グレイは余計に激しく暴れ出す。

 大広間の中を飛び回って、逃げ惑う人々を引っ掻こうとしたり、噛みつこうとしたり、とにかく大暴れだった。


 今のところ怪我人は出ていないようだが、これはまさしくカオス状態と言えるだろう。


(いや~これぞハロウィンって感じね)


 わたしはエディとサラと一緒に隅っこでしゃがみ込みながら、ついつい呑気にそんなことを考えてしまった。


「アビー、あんたってば人間を誘拐したうえに、指名手配されてる悪妖精をかくまってたわけ?」


 チハルが呆れた顔でアビーを見た。


「はぁ!? そんなことするわけないでしょ!! 知らないわよ、あんな奴!」


 アビーは憤慨ふんがいし、声を荒げている。嘘をついてる様子ではなさそうだ。

 彼女は逃げ惑う人々をにらみ、必死に怒鳴りつけた。


「ちょっと、あんた達! 魔法使いでしょ!? 妖精一匹紛れ込んでたからって、なにパニック起こしてんのよ!! 逃げずに魔法で応戦しなさい!!」


 だが、人々は屋敷の玄関を目指して一目散に逃げていき、そのまま振り返ることなく出ていってしまった。


「アビー、ごめんねぇ。わたし、戦うの苦手だからさぁ~」


 そう言って、オードリーも屋敷から逃げ出していった。



 にぎやかだった大広間からはどんどん人がいなくなり、気がつくと、残っているのはわたしとチハル、アビー、それからエディとサラだけになっていた。



「……ちっ、みんな使えないんだから……!」


「……」


 ギリギリと爪を噛むアビーを、チハルは複雑そうな表情で見つめた。


 グレイは大広間の真ん中あたりを我が物顔で飛び回っている。


「あーもう、鬱陶しい!! よくも好き勝手やってくれたわね! ファイア!」


 アビーが耐えられないとばかりに、サッと右手を掲げた。


 火の玉が現れ、グレイの方へと飛んでいく。だが、わずかにスピードが足りなかった。


 グレイは寸前で火の玉を避け、クワッと口を開けた。そして、耳をふさぎたくなるような馬鹿でかい鳴き声を上げた。


「!!」


 グレイを中心に、空気が揺れているのが見えた気がする。


「ツッ!」

「わわっ!」


 グレイの近くに立っていたチハルとアビーが、強く押されたように一歩後退した。


「なんなの? 衝撃波……にしてはダメージがなかったけど」


 アビーは怪訝そうに眉をひそめた。


「ええい、なんでもいいよ! とにかく反撃……って、あれ?」


 チハルは右手を掲げたまま、戸惑いの表情を浮かべた。


「──魔法が使えない!! も、もしかして封じられた? さっきのデッカい鳴き声で?」


「くっ……わたしも……」


 アビーは忌々いまいましそうに両手を見下ろしている。彼女も魔法が使えなくなってしまったようだ。


「えぇっ、アビーもなの!? なによ! 飛び級で卒業した『優等生』のアビーでしょ!? 封印くらい跳ね返してよぉ~! さっきは魔法を外してたし、ちょっと実力落ちてるんじゃない!? どうせ、もう卒業したからって魔法の練習をサボってたんでしょ!!」


「ツッ! うるさいっ!! あんたこそ、修行してる割に駄目駄目じゃない!」


 うわあ、小競り合いしてる。

 小さい子も聞いてるのに、恥ずかしい……。


 喧嘩してる場合じゃないでしょ、とわたしが言うより先に、グレイが勢いよくチハルに飛びかかっていった。



「! チハル、危ない!!」


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