第9話

 ──そんなの決まってる、絶対よくないって。


「チハル!!」


 わたしはチハルに詰め寄り、彼女のふくらはぎの辺りになんちゃってローキックをかましてやった。


「! いったぁ~い!!」


 チハルは大げさな声を上げ、涙目でわたしの方を見た。

 なによ、そんなに強く蹴ってないでしょ。軽くだったからね、かる~く。暴力は絶対駄目なんだから。


「なにすんのよ、ジェシカ~……」


「あんたが血迷ってダサいことしそうになってたから、気合いを入れてあげたのよ」


「ダ、ダサいことって……」


 情けない表情のチハルに、わたしは指を突きつけた。


「あんた、アビーの提案を受け入れようかなって考えてたでしょ」


「そそそそそ、そんなことないよ……!」


「い~や、考えてた!! ふざけないでよね! そんなんじゃ困るのよ! あんたがそんなんじゃ……わたしの記憶だって絶対消されちゃう」


 チハルはハッとした顔になった。


「あっ……そっか」


「忘れてたんかい!! でもね、わたしの記憶のことはこの際どうだっていいの。わたしが納得いかないのは、あんたがアビーに言いくるめられて仕事を投げ出そうとしてるってことよ。修行して立派な魔法使いになるんじゃなかったの? せっかく頑張ってたのに、こんな女のために投げ出していいわけ?」


「……わたしは……」


だまされちゃ駄目よ。『仲間に入れてあげる』なんて嘘に決まってる。こいつは、あんたをおとしいれたいだけなのよ。魔法学校で銅像を浮かせろって言った時だって、最初からあんたの悪い噂を流すつもりだったのかもしれないわ。その時も今も、あんたを翻弄ほんろうして馬鹿にしてるのよ。そんなの、そんなの……わたしは黙ってられない!」


 ちょっと文句を言うだけのつもりだったのに、気がつくと、わたしはすっかり熱くなっていた。


「大体、友達になってあげるとか、仲間に入れてあげるとか、その言い草がおかしいのよ。『友達』ってそういうもんじゃないでしょ。言うこと聞いて気に入られたから友達になるんじゃなくて……一緒にいてお互いが心から楽しいから、だから友達になるんじゃないの!?」


 口から言葉がこぼれ出てしまった。

 我ながら恥ずかしい。耳のあたりがカッと赤くなっていくのを感じた。


 周囲が嫌な沈黙に包まれる。

 アビーが、呆れ返った表情で口を開いた。


「……そんなスピーチしちゃって、恥ずかしくないわけ?」


「恥ずかしいに決まってるでしょ!! でも言うべき時に言うべき言葉を口にしないのは、もっと恥ずかしいことなのよ!!」


 わたしはやけっぱちな気分でそう言い返した。


「……ジェシカ」


 アビーに掴みかかろうとしているわたしを、チハルがちょんちょんとつついた。


「なによ!?」


 チハルはボソボソとした声で言った。



「……あんがと」



 すっかり戦闘モードになっていたわたしは、毒気を抜かれたように脱力し、ジトッとした目つきでチハルを見た。


「……礼を言うならもっとはっきり言いなさいよ、もう」


「えへへ」


 チハルは間の抜けた笑みをこぼすと、わたしの脇を通り、アビーと向き合った。その時にはもう、チハルの表情はキリッとしていた。


「アビー、やっぱり無理。申し訳ないけど、パーティーには参加できないや。人間界の子供を、すぐに帰さないといけないから」


「……あっそ。つまんない奴」


「アビーもね」


「……」


 アビーは舌打ちをし、チハルをにらみつけた。苛立たしげなその表情を見て、チハルは満足そうに口角を上げた。


「アビー、知ってるよね? 総合的な魔法の実力はアビーの方が全然上だけど、攻撃系の魔法に関しては、わたしの方が上だってこと」


「……そうかしら? あんたはただ無茶苦茶に破壊するだけでしょ。コントロールも下手くそだったし、全然なってなかったわ」


「魔法学校を辞めてから今まで、修行して……わたしも成長したんだよ。少なくとも、魔法の威力は上がってる。それにさ、この大広間をしたって構わないでしょ。わたしはアビーの友達でもなんでもないんだから」


 チハルは大きく息を吸うと、おもむろに両手を広げた。


 すると、彼女の背後に炎が上がり、その炎がでっかい猫の形に変わった。炎でできたニャンコは彼女の頭上で大きく口を開け、シャーッとアビーを威嚇いかくした。


「!! ふん……」


 アビーは一瞬顔を引きつらせ、身をすくめた。

 でも、さすがは一級の嫌な女。アビーはすぐに表情を取りつくろい、なんてことないように腕を組んだ。


「やめてくれる? みんなが怖がっちゃうでしょ。やっぱりあんた、危険人物ね」


 チハルはアビーから目をらさず、不敵に言い放った。


「悪いけど、パーティーを取り締まるように言われてるからね。こうなったらもう、わたし流にやらせてもらうよ」


 数秒間、チハルとアビーは睨み合った。やがて不利な状況だと判断したのか、アビーが吐き捨てるように言った。


「……好きにすれば? ガキ二人を連れて、さっさといなくなってよ」


「ふふっ、そうさせてもらうね」


 チハルは得意げに微笑むと、スッと両手を下ろした。それと同時に、炎のニャンコも姿を消した。


 やれやれ、これで解決かな──と思ったその時、子供の甲高い悲鳴が聞こえてきた。



「キャーッ!!!」



「!?」


 その場にいた全員が一斉に、声のした方を振り返った。

 悲鳴を上げたのはサラだ。その横で、エディも驚いた顔をしている。


「! えっ、何あれ!?」


 二人が遊んでいたボードゲームが、ガタガタガタと大きく揺れていた。

 盤上ばんじょうにあったこまがふっ飛ばされ、床に転がっている。

 異変は揺れだけではない。ボードゲームの盤全体が、モヤモヤとした黒い煙に包まれている。


 あのボードゲームが普通じゃないというか、魔法のかかった物だっていうのは分かっていたけど、それにしても様子がおかしい。

 さっきまで夢中になっていたエディとサラも、顔を青くして硬直している。


 そして次の瞬間、盤上から見たこともない『生き物』が飛び出してきた。


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