第7話

 カツカツとヒールの音を響かせながら、一人の少女がわたし達の方に近づいてくる。

 今しがた聞こえてきた高飛車な声は、間違いなく彼女の発したものだろう。


 玄関扉を開けてくれたオードリーと同じく、わたしと同い年くらいに見える子だ。


 大広間にいる人々の視線が、一瞬で彼女の方に引き寄せられた。それくらいの存在感があるのだ。


 わたしも思わず、彼女の姿に目を奪われた。


 こげ茶色のロングヘアはつやつやで、ヘーゼルの大きな瞳は自信に満ちている。

 服装は、真っ赤なハイウエストのスカートに白いブラウス。

 ブラウスの襟元えりもとには、スカートの色と同じ真っ赤なリボンがついている。


 その少女は堂々としていて、歩いているだけでも様になっていた。


 わたしはチハルにささやきかけた。


「わかった。あの子がアビーでしょ?」


 チハルは憂鬱そうに頷いた。


「……正解」


 やっぱり。あのどことなく偉そうな少女が、アビーなんだ。


 アビーはわたし達の前に立つと、値踏みするような視線でジロジロとこちらを見てきた。

 人を萎縮いしゅくさせようとする、腹の立つ視線だ。


 そしてたっぷりと間を空けてから、高圧的な態度でチハルに言った。


「あんた、何しにきたのよ。まさかパーティーに参加するつもり? 友達もいないのに」


 うわあ、嫌な感じ。

 わたしは思いっきり眉をひそめた。


「……アビー、わたしのこと覚えていてくれたんだ。全然嬉しくないけど」


 チハルの皮肉っぽい言い返しを、アビーは鼻で笑い飛ばした。


「ふん、当然覚えてるわよ。のことはちゃんと覚えておかないと」


 その時、オードリーが呑気に口を挟んできた。


「あれ~その子、アビーの知り合いなの? わたしも、どっかで見たことあるような気がしたんだよねえ」


 オードリーは丸テーブルの上に行儀悪く座っており、お菓子を片手に持ったまま、投げ出した足をぶらぶらと揺らしていた。


 アビーは溜息をつき、呆れた表情でオードリーを見た。


「何言ってんのよ。魔法学校にいたでしょ? 攻撃系の魔法しか使えない『危険人物』のチハルよ」


 オードリーはポンッと両手を合わせ、合点がいったという顔をした。


「あ~思い出した! 学長の銅像を壊した子だよね?」


「そうよ、あの問題児。学校中から怖がられていて、入学から一年もしないうちに追い出された子よ」


 アビーはこちらに向き直ると、馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。

 その途端、チハルがすごい剣幕で怒鳴った。


「! 怖がられてたのは、アビーがそう仕向けたからでしょ!? それに追い出されたんじゃなくて、わたしは自主退学したの! 騒ぎばっかり起こす問題児だったのは、アビーのほうだよ!」


「あら、わたしは優等生だったわよ。みんなからも好かれてたし、あんたと違って」


「ツッ……! あの銅像が壊れたのだって、元はと言えばアビーが『魔法で浮かせてみろ』ってしつこく言ってきたせいじゃない! わたしが攻撃魔法しか使えないの知ってたくせに! アビーに言われたから、わたしは魔法で浮かせようとして失敗して……銅像を壊しちゃったんだよ。それなのに、あんたはわたしがわざと壊したってみんなに言いふらして……!」


 チハルの両手がプルプルと震えている。

 アビーはチハルの気迫にたじろぐことなく、不遜ふそんな態度で腕を組んだ。


「あーうるさい。癇癪かんしゃく起こさないでよ。ほんと、何しに来たの? せっかくの楽しいパーティーなのに、あんたみたいなコワ~イ奴が来たせいで台無しなんだけど。ほら、みんな困ってるじゃない」


 そう言って、彼女は大広間を見渡した。


 大広間にいる人々は動きを止め、わたし達の様子をジロジロ観察している。

 こちらに向けられたどの顔も、野次馬やじうま的な好奇心に満ちていた。困っているというより、揉め事の発生を面白がっていると言った方が正しい。


 こちらを気にせず平和に遊び続けているのは、エディとサラくらいだ。


 アビーの態度も大広間のこの雰囲気も、わたしを無性に苛立たせた。


(……見てらんないって、こんなの)


 わたしは周囲に視線を走らせ、手頃な食器か何かがないかを探した。もちろん床に叩きつけるため──って危ない危ない、わたしはそんな非行に走ったりしないから。


 わたしは心を落ち着かせてアビーに近づくと、わたし達がここに来た理由を懇切こんせつ丁寧ていねいにお伝えしてあげた。



「何しに来たって、あんたの○○ピーったれで○○ピー臭いパーティーを取り締まりに来たのよ、この○○ピー女!!」



 その瞬間、チハルと、それから大広間にいる人々が、唖然あぜんとした表情でわたしの方を見た。


「はあ? てか、あんた誰よ」


 アビーは全く動じていない。彼女はわたしのことを、転がってるトイレットペーパーの芯を見るような目で見つめていた。


「あんた……人間でしょ? チハルってば友達がいないからって、人間界から人間を誘拐してきたの?」


 アビーはわたしが人間だと気づいたようだ。


(そっか。オーラがどうのこうので、魔法使いは人間と魔法使いを見分けることができるんだっけ)


 わたしはアビーのヘーゼルアイをまっすぐにらみつけ、人差し指をビシッと突きつけた。


「わたしの名前はジェシカよ! 言っておくけど、わたしは誘拐されたんじゃないわ。人間を誘拐してきた誘拐犯は、あんたの方でしょ!?」


 普段はこんな強気でいくタイプじゃないんだけどなあ、わたし。

 違う世界に来たせいで、変なテンションになってるのかも。


「は? なんのこと……ああ、ひょっとして、あそこにいる子供二人のことを言ってるわけ?」


 アビーはエディとサラの方を指し示した。


「! そ、そうだよ! あの二人は、人間界の子でしょ!」


 唖然としていたチハルがハッと我に返り、アビーに詰め寄った。だが、アビーは至って余裕の表情で、しれっとしている。


「わたしが連れてきたんじゃないわ。パーティーの最初に簡単なカードゲームをしたの。敗者は勝者の命令を聞くっていうルールでね。で、もちろんわたしが勝ったわ。だから面白いかと思って、負けた奴に言ったの。『人間界から人間を連れてきて』ってね」


 アビーは気怠そうに爪をいじり、肩をすくめた。


「──でも、大して面白くなかったわ。だってガキんちょ二人連れてきたところで、ちっとも盛り上がらないもの。もっと遊べる相手を連れてくればいいのに。あ、ひょっとして、ガキんちょ二人のことを聞きつけてやって来たわけ?」


 チハルは両手を腰に当て、威勢に満ちた声で言った。


「その通り! わたしの師匠である上級魔法使いのもとに、手紙が来たんだよ。誘拐されてきた人間が、この屋敷のパーティーに参加させられてるってね。だから弟子であるわたしが、取り締まりに来たの! 人間を救出するために!」


「ふぅーん……そうなんだ」


「そういうわけだから、あの子達を引き渡しなさい! 盛り上がらなかったし、面白くなかったんでしょ? それなら帰してあげてもいいじゃない」


「まあ、そうだけど……そうねぇ……」


 アビーはあごに指をあて、小首を傾げてみせた。

 その瞳は冷ややかにきらめいており、いかにも厄介なことを考えていそうな表情だ。


 そして数秒後、意地悪そうに口角を吊り上げたアビーは、はっきりと言い切った。


「嫌よ」


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