第5話

 わたしとチハルは、二人並んで小高い丘を登っていた。

 丘のてっぺんに向かって、曲がりくねった道が伸びている。この道を登りきった先に、アビーの屋敷とやらが建っているらしい。


 そう、なんやかんや言っているうちに、わたし達は出発することになってしまったのだ──取り締まりのために。


 歩きながら頭上を見上げれば、真っ黒い夜空にポカンと浮かんだ満月が見える。


 普段見るものよりも色が濃くハッキリとしているように見えるけど……本当にあれが『神様みたいなもの』で、わたしの行動を観察(ていうか監査?)しているのだろうか。


 うーん、変な感じ。

 

(変な感じと言えば、アキトのカフェからこの丘への移動方法も『変』だったなあ……)



 アビーの屋敷へ向かうことが決まった後。

 カフェの奥に進むアキトとチハルについていくと、そこには古びた木製の扉があった。

 扉には珍妙な紋様もんようが刻まれており、アキトがその紋様に手をかざすと、扉全体が淡い光を放った。

 アキトにうながされるまま扉を開けてみると、なんとびっくり、そこは丘のふもとだったのだ。


 どうやら、アキトは扉の先を好きな場所と繋げることができるらしい。



 と、そこまで思い出した時、わたしの頭にふと疑問が浮かんだ。


「ちょっと待って。どこでも好きな場所と繋げられるなら、なんで丘を登らなくちゃいけないのよ。一気に屋敷まで行けばいいじゃない」


 わたしは一歩前を歩くチハルに文句を言った。


「いやいや~どこにでも行けるわけじゃないよ。手紙で依頼された『お仕事』に関係のある場所だけ」


「手紙って……小鳥が変身した、あの紙のこと?」


「そうそう。あんな風に依頼が来るの。手紙にサインをしたら、依頼を受けますってこと」


 ああ、そういえばアキトが指先で紙をなぞっていたっけ。文字を書いているみたいな動きだったけど、あれはサインをしていたんだ。


「屋敷に行けっていう依頼を受けたから、扉とこの丘を繋げられるようになったんだよ」


 まだ納得できない。わたしは解せぬという表情をしてみせた。


「でもでも、それならやっぱり、屋敷の前まで行けるんじゃないの?」


「うーん、それができたら楽なんだけどねえ……」


 チハルは溜息をついた。


「屋敷の外側に魔法をはじく結界が張られていて、扉と屋敷を直接繋げることができないんだってさ。ほら、あの扉は魔法の力を使っているから。というわけで、魔法を使わずに歩いて近づくしかないんだよ」


「……そ、そうなんだ。いろいろ複雑なのね」


 結界がどうとか言われてもよく分からない。わたしは理解するのを放棄し、適当に頷いておいた。

 とにもかくにも、せっせと丘を登るしかないわけね……やれやれ。


 わたしは周囲を見渡した。


 満月以外に明かりはなく、ひとけのない夜の丘は少し不気味だった。


 足元は落ち葉だらけ。点々と生えている木はどれも、葉を落としきった裸の状態だ。

 無数に枝分かれした木のシルエットは、どことなく人のように見える。

 まさに、ハロウィン時期のイラストに描かれている『不気味な木』って感じ。


 丘のてっぺんには、外壁を黒で塗りたくった建物がそびえ立っている。

 まだ建物の全体は見えないが、突き出た尖塔せんとうから放たれる陰鬱いんうつとした雰囲気は、遠くからでも十分感じ取ることができた。


 あれが『アビーの屋敷』なのだろう。


 あの屋敷も含めて、ハロウィンのためのロケーションですかってくらい不気味な場所に見えるけど、案外、昼間は雰囲気良かったりするのかな。

 ワンコの散歩に最適な場所かも──って、そういえば。


「ねえ、チハル」


「な~に?」


 チハルは立ち止まり、わたしに顔を向けた。

 ちょうど休憩したかったので、彼女が足を止めてくれてラッキーだ。


「なんでリーゼルを連れてこなかったの? アキトさんがついてこないのはカフェの仕事があるからなんだろうけど……リーゼルは一緒に来るのかと思った。だって、人間界では一緒に行動してたし」


「ああ、それはね~」


 チハルは気恥ずかしそうにほおをかいた。


「リーゼルのマスターはアキトで、わたしじゃないから。鼻が利くリーゼルに手伝ってほしくて、人間界のパトロールについてきてもらったけど……あれは特別なの。リーゼル、わたしのサポート役なんて気乗りしないみたいだったし」


 なるほど。

 言われてみれば確かに、チハルはリーゼルにナメられていたような気がする。

 仲は良さそうだったけど、チハルの言うことに従うって感じじゃなかったもん。


 自由気ままに駆け回り、マイペースに尻尾をフリフリしていたリーゼルの姿を、わたしは改めて思い浮かべた。


「あっ! ジェシカってば、わたしのこと可哀想なポンコツ魔法使いだって思ったでしょ!」


「いや、別にそんなこと思ってないから」


「確かにわたしはまだ下級だけど、アキトのもとで一生懸命修行してるんだからね! すぐにレベルアップして、立派な魔法使いになるんだから!」


「修行?」


「そう! わたしはアキトの弟子なの!」


 チハルはそう言って、誇らしげに胸を張った。


「上級魔法使いのアキトから、魔法のこと色々教わってるんだよ。実を言うと、こうしてアキトの代わりに依頼を片付けるのも、修行の一環なんだ!」


 でも屋敷に行けって言われた時はめちゃくちゃ嫌そうにしてたじゃん──とツッコミそうになったが、わたしは我慢した。


「……魔法使いって弟子入りして魔法を勉強するんだ。『魔法学校』があって、そこで勉強するんだと思ってた」


 もちろん、魔法使いが本当に存在するなんてことは知らなかった。でも、魔法使いは魔法学校に通うもの──みたいなイメージを抱いていたのだ。


「あ、学校もあるよ。でも、わたしはね……学校とは合わなかったんだ。だから学校へ通うかわりに、上級魔法使いに弟子入りしたの」


「……」


 もしかして、言いづらいことを言わせちゃったかな。チハルは事もなげな様子に見えるけど、わたしはなんとなく、バツが悪かった。


 チハルが、丘のてっぺんにある屋敷を指差した。


「あの屋敷に住んでるアビーって子は、魔法学校のスーパー優等生だったんだ。そのうえすっごい人気者だった。噂によればアビーは飛び級して、魔法学校を普通より早く卒業したらしいの。わたしと同い年なのに」


「そんな優等生が、人間界から子供を誘拐したわけ?」


「あはは……アビーは優等生だったけど、破天荒な子なんだよ。騒ぎを起こすのが好きで……それが人気の理由だった。先生も困ってはいたみたいだけど……魔法学校ではとにかく魔法の成績が重視されるからね。アビーがとがめられることはなかったみたい」


 けろっとしていたチハルが、ふと憂鬱そうな表情を浮かべた。


 むむむ……この様子だと、わたし達がこれから対峙するのはなかなかに厄介な人物のようだ。

 わたしは丘のてっぺんを見上げた。


 黄色い満月の下の真っ黒い尖塔は、先ほどよりも毒々しく見えた。


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