第4話

「し、しんらい!?」


「そう、信頼を勝ち取るんだ」


 いきなり信頼とか言われても、いまいちピンとこない。


「……なんか、ずいぶんと抽象的ですね」


「そうかもな。だが……今のままでは、君がいくら『魔法界のことは誰にも言わない』と言っても信じてもらえない。信じてもらうには、信頼を得るしかないんだ」


「うーん、よく分かりませんけど、チハルとアキトさんに信じてもらうんじゃ駄目なんですか?」


 アキトは首を横に振った。


「判断するのは俺達じゃない。決めるのは魔法界の夜とおきてをつかさどる、だ」


「つきぃ? それって夜空に浮かんでる、あのお月様のことですか?」


「ああ、そうだ。魔法界の月は全てを見ている。そうだな、人間界でいう……かみさま、みたいなものだ」


 か、かみさまって、神様!? いつの間にそんなスケールのビッグな話になったの!?


「君が信頼にあたいする人物かどうか、つまり、記憶を持ったまま人間界に帰ってもいいかどうか……夜の終わりに、月が審判を下すだろう」


 アキトは予言者か何かのように、ビシッと言い放った。


 うーん、なんだかなぁ。正直言って胡散うさん臭い。

 お月様が決めるとか、それ本当なの?

 都合よく手伝いだけさせられて、結局は記憶を消されちゃうんじゃないの? わたし、騙されてない?


 わたしが疑っていることを見抜いたのか、アキトはニヤリと笑みを浮かべた。


「気が進まないのなら、今すぐ人間界に帰してやるぞ。記憶の消去なんてあっという間に済むからな」


「うっ……だから、それはなんか嫌なんですよ……!」


「じゃあ、全力で手伝いをするしかないな」


 そう言って、アキトは優雅にアイスコーヒーを飲んだ。


 あ~なんか腹立つ。アイスコーヒーを奪い取って、グビグビ飲んでやりたい気分。でも、わたしコーヒー好きじゃないし、ジュースの方が好きだし。

 アキトの優雅な仕草を歯ぎしりしながら見ているしかない。


「むむむ……」


 バニラアイスを平らげたチハルが、アキトの横で難しい顔をしている。

 腹痛か知覚過敏かと思ったが、そういうわけではないらしい。


「てかさ、アキト。ジェシカは誰の手伝いをするの? このカフェでアキトの手伝いをするとか? もうすぐ開店だもんね」


 あ、やっぱここってカフェなんだ。そしてアキトは店員(店長? マスター? 大将?)なんだ。

 この場所に関する疑問がちょっと解消され、わたしはスッキリした。まあ、それどころじゃないんだけど。


「それじゃ、ただのバイトだろ。信頼を勝ち取るための『手伝い』にはならない。チハル、お前の手伝いをさせてやれ」


 チハルが目を丸くした。


「え、人間界のパトロールの!?」


「いや、パトロールはもういい。そうだな。お前達にはこれから──」


 その時、退屈そうにしていたリーゼルが急に起き上がり、耳をピクピクッと動かした。

 そしてカウンターの方に体を向けると、尻尾を振りながら一声吠えた。


「ワンッ!」


「おっと、ちょうどいい。仕事が来たようだ」


 するとカウンターがパアッと輝き、光の中から一羽の小鳥が飛び出してきた。

 お腹は真っ白で、それ以外の部分は黒っぽい色。

 ちょっとグラデーションの入った長い尾が、キラキラ光っているみたいで綺麗だった。


 突然の小鳥出現にわたしはポカンとしてしまったが、アキトとチハルに驚いている様子はない。


 小鳥は、わたし達が座っているテーブルの方にまっすぐ飛んでくる。

 そしてアキトの頭上まで来ると、全身を淡く輝かせた。用を足すのかと思ったが、さすがファンタジックな魔法界。そんなお下品なことは起こらなかった。


「ななななんと!?」


 またしても衝撃を受けるわたし。なぜなら、小鳥の姿が一枚の白い紙に変化したからだ。

 まさしく『魔法』って感じ。


 A4サイズくらいのその紙には何かが書いてあるようだが、わたしの位置からは確認できない。


 ヒラヒラと舞い落ちてくる紙を、アキトが両手でキャッチした。


「ふむ……」


 アキトは紙に書いてある文章に目を通し、満足げに頷いた。


「よかったな、チハル、それにジェシカ。ぴったりの仕事がきたぞ」


「え、なになに!?」


 興味津々のチハルが、アキトの横から紙をのぞこうとする。


「見せてよ~!」


 アキトは紙を手元に隠すと、紙の表面に文字でも書くように、ササッと指先を走らせた。気のせいか、指先はうっすらと光っているように見える。

 そして紙を二つに折ると、ヒョイッと空中に放り投げた。


「あ、ずるい! まだ見てないのに!」


 舞い上がった紙を、チハルは悔しそうに目で追った。


 その視線の先で白い紙は光を放ち、一瞬で小鳥ちゃんの姿に戻った。

 小鳥は来た時とは逆に、カウンターに向かって飛んでいく。出迎えるようにカウンターが輝き、小鳥は吸い込まれるように光の中へ消えていった。


 それを見届けると、アキトがチハルに言った。


「チハル、ジェシカを連れて『アビーの屋敷』に行くんだ」


「げっ、アビー?」


 チハルはあからさまに嫌そうな顔をした。


「さっきの『手紙』に、アビーの屋敷で開かれているパーティーを取り締まるよう書かれていた。だから、取り締まりに行ってこい、ジェシカも一緒にな」


「ええ~……でも……」


 さっきまで元気いっぱいだったチハルが、やけにおどおどしている。相当行きたくないようだ。


「いいじゃないか。お前にとっても良い修行になるはずだ」


「むう……わかった。行ってくるよ……」


 チハルは渋々承諾し、アキトに質問した。


「でもさ、取り締まるって具体的に何をすればいいの?」


「どうやら、パーティーに人間の子供が参加らしい。その子達を取り返して、アビーに説教の一つでもかましてこい」


「はあ!? 今、人間の子供って言いました!?」


 わたしはついつい、二人の会話に割って入ってしまった。


「どういうこと!? その子達もわたしみたいに、魔法陣に巻き込まれたっていうんですか?」


 アキトはテーブルの上で両手を組み合わせ、溜息まじりに言った。


「ハロウィンの夜だとしても、人間は自分から魔法界に入ることはできない……そう、。だが、そこそこ力のある魔法使いが本気を出せば、人間を無理やり魔法界に連れてくることができる。薄くなった境目さかいめを、強引に越えさせるんだ。困ったことに、そういう悪ふざけをする奴がたまにいるんだよ」


「無理やり連れてくるって……それってもはや誘拐じゃないですか! 悪ふざけじゃなくて普通に犯罪ですよ、人間界的には!」


 わたしはドン引きしてしまった。


「無論、魔法界的にも非常に悪質な行為と言える。だから、君とチハルに取り締まってきてほしいんだ。子供達を助けてやれ」


 責任重大なことを命じられ、わたしは急激にプレッシャーを感じた。


 つまり、ガチ犯罪魔法使いが開いてるパーティーに出向いて子供を救出するってこと?

 なにそれ、警察の仕事じゃん。

 そこまでやらないと『信頼』ってのは得られないわけ? うーん、誰かに信じてもらうってのは大変なことなのね──って人生の教訓を得てる場合じゃないから。


 わたしはズルズルとソファに沈み込んだ。


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