第3話
「万が一にもこういうトラブルが起こらないように、魔法陣は緊急時にしか使うなって言っておいただろ」
「だって、だって……ジェシカに魔法使うところを思いっきり見られちゃって……これはもう誤魔化して逃げるしかないって思ったんだもん……!」
チハルは涙声で主張した。が、どうにも嘘泣きくさい。
「ワンッワン!(アキトさん、こいつってば自分から『魔法使いだ』って明かしていましたよ!)」
「……そうなのか、チハル?」
「あ! 言いつけるなんてひどいよ、リーゼル! ううっ……あの時は、名乗った方がカッコいいと思ったから……」
ベラベラと盛り上がっている二人と一匹。
一方でわたしは、リーゼル(犬)が自然と会話に入っていることに疑問を抱かないくらいに、混乱していた。
(もちろん、わたしにはリーゼルが何を言っているのか全くワカラナイ。でも二人にはリーゼルの言葉が理解できているようだ。これも魔法パワー?)
『ここは魔法界だ』
アキトの衝撃発言にショックを受け、わたしはすっかりフラフラ状態になってしまった。
とりあえず座ってゆっくりしなよとチハルに
一応、アキトがこの状況について詳しく説明してくれたんだけど……正直言ってその話は、すぐに飲み込めるようなものではなかった。
アキトいわく、わたし達人間が暮らす世界は『人間界』と呼ばれているらしい。
そして、チハル達魔法使いが暮らす世界は『魔法界』と呼ばれている。
人間界と魔法界は行き来できない。
だけど一年に一度、ハロウィンの夜にだけ、二つの世界の
境目が薄くなることで、魔法界の住人は自由に人間界へ行けるようになる。
そのせいで、人間界に忍び込んで
つまり巨大ガイコツ人形が動き出したのも、魔法界の住人による『悪戯』でした、というわけ。
わたしは視線を空中に向け、未だマイペースに漂っている光の球体を眺めた。
よーく見ると、球体にはめちゃくちゃ小さな翼が生えており、同じくめちゃくちゃ小さな手足らしきものもついている。
うん、間違いなく、生き物だ。
あ、ちなみに境目が薄くなっていても、人間が自分から魔法界に足を踏み入れることはできないんだって。
つまり魔法界に転移するための魔法陣も、人間を巻き込むことはないはずだった──のだけど、チハルが魔法陣を発動させた時、わたしの肩には魔法界の住人(光の球体くん)がくっついていた。
だからわたしまで『魔法界の住人』としてカウントされてしまい、魔法陣に巻き込まれたんだってさ。
(なんだそれ!? 魔法って
と、わたしが苛々している間にも、テーブルを挟んだ向かい側からはどこか呑気な話し声が聞こえてくる。
「まったく……お前に人間界のパトロールを任せたのは間違いだったな」
(ぱくぱく……)
「ええ~そんなこと言わないでよ! ちゃんと悪戯は止めたんだから! カッコよく決めたんだよ、わたし。動き出したガイコツに、こう魔法を……!」
(もぐもぐ……)
チハルとアキトは、わたしの向かい側に並んで座っている。
ワンコのリーゼルは
で、チハルとアキトは先ほどから会話の合間に、ぱくぱくもぐもぐしている。
「…………」
わたしはテーブルの上を
チハルの前にはアイスティーとバニラアイスが、アキトの前にはアイスコーヒーとチョコアイスが置かれている。
そう、わたしがこんなに困惑しているというのに、二人はアイスを食いながら会話をしてやがるのだ。
「もうっ!! なんでのんびりアイスなんて食べてるのよ!! なんでわたしの前にだけ何もないのよ!!」
わたしはソファから勢いよく立ち上がり、二人に文句を言ってやった。
「だって、ジェシカは混乱してるだろうし、食欲なんてないかな~と思って」
「確かにアイス食べる気分じゃないけど! 一応聞くでしょ、普通! 食べるかどうかを!」
「君の分もすぐ用意できるけど、食べるのか?」
「いりません!!」
わたしは鼻息を荒くしながら、ソファにどすっと腰を下ろした。
「まあまあ、ジェシカ、落ち着いてよ。心配しなくても、すぐに帰れるんだから。ね? アキト」
チハルが
「ああ、今すぐにでも人間界に帰れるぞ。その前に、記憶を消させてもらうけどな」
「「え?」」
わたしとチハルは
真剣な表情だ。冗談を言っている風ではない。
「何を驚いてるんだ。当然だろう。魔法界に侵入したんだぞ。魔法とこっちの世界に関する記憶は、消去する決まりだ」
「侵入って! わたし、好きで来たんじゃありません!」
アキトは肩をすくめた。
「どんな経緯にせよ、足を踏み入れたことに変わりはない。記憶は消さなくちゃいけないんだよ」
「え~でもアキト、魔法界のことを丁寧に説明してたじゃん」
チハルは口を
「問答無用でいきなり記憶消去ってのもどうかと思ってな。一応、説明しておくべきだろう」
いやいや、どうせ記憶を消すなら説明しなくてよかったでしょ──ってそうじゃなくて!
「納得いきません!!」
そう主張するわたしを、アキトは
「なんでだ? 別に困ることはないだろう。だいぶ混乱している様子だったし、むしろ忘れた方がスッキリするんじゃないか?」
「そ、それは……」
確かに、言われてみればその通りだ。
一連の妙なことをスッキリ忘れて人間界に帰り、予定通り楽しいハロウィンパーティーに向かえばいいだけ……のはずなんだけど、なぜだか気が進まない。
「ええ~そんなの嫌だよ。だって、わたしのことも忘れちゃうってことでしょ? せっかく知り合えたのに、寂しいじゃん!」
「チハル……」
チハルは本気で寂しそうにしている。
その様子が、なんだかちょっと嬉しかった。ていうか、ときめいた。
何この気持ち? これが噂のストックホルム症候群ってやつ? ちょっと違うか。
「記憶を消す必要なんてないよ~! だってジェシカ、魔法界のこと言いふらしたりしないでしょ?」
「! もちろん、言いふらしたりしないわ。絶対秘密にする」
わたしは自分でも意外に思う程、必死に訴えていた。
そんなわたしとチハルを見て、アキトは腕を組んだ。
「やれやれ、仕方ないな。実を言うと……記憶を持ったまま人間界に帰ることもできるっちゃできる」
「ほんとですか!?」
「ほんとに!?」
「だけどな、それには条件があるんだ。魔法界に侵入した人間が、記憶を消されない条件。それは……」
「「それは!?」」
「ワンッ!?(それは!?)」
気がつくと、絨毯に寝そべっていたリーゼルまでもが、アキトの方に身を乗り出していた。
「一晩、魔法使いの手伝いをすることだ。魔法使いと共に行動し、サポートをする。そして『信頼に
え、なにそれ?
わたしはポカンと口を開けたのだった。
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