第3話

「万が一にもこういうトラブルが起こらないように、魔法陣は緊急時にしか使うなって言っておいただろ」


「だって、だって……ジェシカに魔法使うところを思いっきり見られちゃって……これはもう誤魔化して逃げるしかないって思ったんだもん……!」


 チハルは涙声で主張した。が、どうにも嘘泣きくさい。


「ワンッワン!(アキトさん、こいつってば自分から『魔法使いだ』って明かしていましたよ!)」


「……そうなのか、チハル?」


「あ! 言いつけるなんてひどいよ、リーゼル! ううっ……あの時は、名乗った方がカッコいいと思ったから……」


 ベラベラと盛り上がっている二人と一匹。

 一方でわたしは、リーゼル(犬)が自然と会話に入っていることに疑問を抱かないくらいに、混乱していた。


(もちろん、わたしにはリーゼルが何を言っているのか全くワカラナイ。でも二人にはリーゼルの言葉が理解できているようだ。これも魔法パワー?)



『ここは魔法界だ』


 アキトの衝撃発言にショックを受け、わたしはすっかりフラフラ状態になってしまった。


 とりあえず座ってゆっくりしなよとチハルにうながされたので、ソファ席の一つに座って頭と身体を休めることにした。


 一応、アキトがこの状況について詳しく説明してくれたんだけど……正直言ってその話は、すぐに飲み込めるようなものではなかった。


 アキトいわく、わたし達人間が暮らす世界は『人間界』と呼ばれているらしい。

 そして、チハル達魔法使いが暮らす世界は『魔法界』と呼ばれている。


 人間界と魔法界は行き来できない。

 だけど一年に一度、ハロウィンの夜にだけ、二つの世界の境目さかいめは薄くなってしまう。


 境目が薄くなることで、魔法界の住人は自由に人間界へ行けるようになる。

 そのせいで、人間界に忍び込んで悪戯いたずらをする奴が後をたたないそうだ。


 つまり巨大ガイコツ人形が動き出したのも、魔法界の住人による『悪戯』でした、というわけ。


 わたしは視線を空中に向け、未だマイペースに漂っている光の球体を眺めた。

 よーく見ると、球体にはめちゃくちゃ小さな翼が生えており、同じくめちゃくちゃ小さな手足らしきものもついている。


 うん、間違いなく、生き物だ。


 あ、ちなみに境目が薄くなっていても、人間が魔法界に足を踏み入れることはできないんだって。


 つまり魔法界に転移するための魔法陣も、人間を巻き込むことはないはずだった──のだけど、チハルが魔法陣を発動させた時、わたしの肩には魔法界の住人(光の球体くん)がくっついていた。


 だからわたしまで『魔法界の住人』としてカウントされてしまい、魔法陣に巻き込まれたんだってさ。


(なんだそれ!? 魔法って杜撰ずさんすぎじゃない!? いいのか、そんなんで!?)



 と、わたしが苛々している間にも、テーブルを挟んだ向かい側からはどこか呑気な話し声が聞こえてくる。


「まったく……お前に人間界のパトロールを任せたのは間違いだったな」


(ぱくぱく……)


「ええ~そんなこと言わないでよ! ちゃんと悪戯は止めたんだから! カッコよく決めたんだよ、わたし。動き出したガイコツに、こう魔法を……!」


(もぐもぐ……)


 チハルとアキトは、わたしの向かい側に並んで座っている。

 ワンコのリーゼルは絨毯じゅうたんの上に座り、テーブルの横から二人を見つめていた。


 で、チハルとアキトは先ほどから会話の合間に、ぱくぱくもぐもぐしている。


「…………」


 わたしはテーブルの上をにらみつけた。

 チハルの前にはアイスティーとバニラアイスが、アキトの前にはアイスコーヒーとチョコアイスが置かれている。


 そう、わたしがこんなに困惑しているというのに、二人はアイスを食いながら会話をしてやがるのだ。


「もうっ!! なんでのんびりアイスなんて食べてるのよ!! なんでわたしの前にだけ何もないのよ!!」


 わたしはソファから勢いよく立ち上がり、二人に文句を言ってやった。


「だって、ジェシカは混乱してるだろうし、食欲なんてないかな~と思って」


「確かにアイス食べる気分じゃないけど! 一応聞くでしょ、普通! 食べるかどうかを!」


「君の分もすぐ用意できるけど、食べるのか?」


「いりません!!」


 わたしは鼻息を荒くしながら、ソファにどすっと腰を下ろした。


「まあまあ、ジェシカ、落ち着いてよ。心配しなくても、すぐに帰れるんだから。ね? アキト」


 チハルがなだめるように声をかけてきた。口に含んだバニラアイスを美味しそうに飲み込んでから。


「ああ、今すぐにでも人間界に帰れるぞ。その前に、記憶を消させてもらうけどな」



「「え?」」



 わたしとチハルはそろってアキトの顔を見た。

 真剣な表情だ。冗談を言っている風ではない。


「何を驚いてるんだ。当然だろう。魔法界に侵入したんだぞ。魔法とこっちの世界に関する記憶は、消去する決まりだ」


「侵入って! わたし、好きで来たんじゃありません!」


 アキトは肩をすくめた。


「どんな経緯にせよ、足を踏み入れたことに変わりはない。記憶は消さなくちゃいけないんだよ」


「え~でもアキト、魔法界のことを丁寧に説明してたじゃん」


 チハルは口をとがらせている。彼女も不満なようだ。


「問答無用でいきなり記憶消去ってのもどうかと思ってな。一応、説明しておくべきだろう」


 いやいや、どうせ記憶を消すなら説明しなくてよかったでしょ──ってそうじゃなくて!


「納得いきません!!」


 そう主張するわたしを、アキトは怪訝けげんそうに見つめた。


「なんでだ? 別に困ることはないだろう。だいぶ混乱している様子だったし、むしろ忘れた方がスッキリするんじゃないか?」


「そ、それは……」


 確かに、言われてみればその通りだ。

 一連の妙なことをスッキリ忘れて人間界に帰り、予定通り楽しいハロウィンパーティーに向かえばいいだけ……のはずなんだけど、なぜだか気が進まない。


「ええ~そんなの嫌だよ。だって、わたしのことも忘れちゃうってことでしょ? せっかく知り合えたのに、寂しいじゃん!」


「チハル……」


 チハルは本気で寂しそうにしている。

 その様子が、なんだかちょっと嬉しかった。ていうか、ときめいた。


 何この気持ち? これが噂のストックホルム症候群ってやつ? ちょっと違うか。


「記憶を消す必要なんてないよ~! だってジェシカ、魔法界のこと言いふらしたりしないでしょ?」


「! もちろん、言いふらしたりしないわ。絶対秘密にする」


 わたしは自分でも意外に思う程、必死に訴えていた。

 そんなわたしとチハルを見て、アキトは腕を組んだ。


「やれやれ、仕方ないな。実を言うと……記憶を持ったまま人間界に帰ることもできるっちゃできる」


「ほんとですか!?」

「ほんとに!?」


「だけどな、それには条件があるんだ。魔法界に侵入した人間が、記憶を消されない条件。それは……」


「「それは!?」」

「ワンッ!?(それは!?)」


 気がつくと、絨毯に寝そべっていたリーゼルまでもが、アキトの方に身を乗り出していた。


「一晩、魔法使いの手伝いをすることだ。魔法使いと共に行動し、サポートをする。そして『信頼にあたいする』と認められればいい」


 え、なにそれ?

 わたしはポカンと口を開けたのだった。


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