第2話

「何を隠そう、わたしは魔法使いなんです!!」


「ええ~……」


 ドヤ顔で言われ、わたしは反応に困ってしまった。


 まあ、今さっき明らかに魔法っぽいものを目撃したし、別に疑うつもりはないけどさ……普通、もうちょっと隠したりするものじゃない?

 そんな二言目くらいで明かしちゃっていいの?


「あなたは人間だよね? あなたの名前は?」


「……ジェシカ」


 わたしが名前を教えると、魔法使い兼不審者のチハルは嬉しそうに頷いた。


「ジェシカね、よろしく! あ、ちなみにこの子はリーゼル。見ての通り、元気なワンコだよ!」


「ワンッ!」


 リーゼルはご機嫌な様子で尻尾を振っている。

 紹介してくれるのはありがたいけど、わたしはまだ納得できていない。顔も引きつったままだ。


「あ、うん、よろしく……ところで、さっきのアレは一体なんだったの?」


 さっきのアレとはもちろん、動き出した巨大ガイコツとか、巨大ガイコツから出てきた光の球体とかのことだ。


「あ~アレはね、悪戯いたずらっ子がちょっと悪ふざけしただけだから……うん! 気にしないで大丈夫だよ!」


 チハルは輝く笑顔で誤魔化そうとした。


「いやいや、気になるから」


「え~やっぱり気になる? じゃあ、教えてあげ……うっ!」


 チハルが何か言おうとした途端、リーゼルがチハルに軽い頭突きをかました。


「リーゼル……うん、そっか、やっぱ喋っちゃ駄目だよね」


「ワフッ」


 チハルはこちらに向き直ると、申し訳なさそうに言った。


「ごめんね、詳しくは言えないんだ。とにかく、気にしないで大丈夫だから! 良い夜を!」


「ちょ、ちょっと待って──」


 チハルは驚きのせわしなさで会話を打ち切ってきた。

 そしてジップパーカーのポケットに手を突っ込むと、そこから取り出した何かを地面に思いっきり叩きつけた。な、なんて雑な手つきだ!


「えいやっ」


「!?」


 チハルとリーゼルの足元に、輝く魔法陣が広がった。


 魔法陣からあふれる光がチハルとリーゼルを包み……ってこの魔法陣、わたしの足元まで広がってきてない!?

 うん、広がってきてるよね、やっぱり。

 ぎゃーと叫ぶ間もなく、わたしは魔法陣の光に包まれてしまった。

 そして、あまりのまばゆさに目を閉じたのだった。



──────────────



 目を開くとそこは青々とした大草原……ではなく、カフェっぽい内装の部屋だった。


 部屋の中には赤いビロードが貼られた椅子と、茶色いテーブルが並んでいる。

 床一面に敷かれているのは、紺色の絨毯じゅうたん

 そして壁の至る所に、お洒落な絵画が飾られている。


 な~んだ、やっぱりカフェか……って違う違う。おかしいって。わたしは近所の住宅街にいたはずなんだから。


「えっ、ジェシカ!? なんで、ついてきちゃったの!?」


 声のした方を見ると、そこには驚いた顔のチハルが立っていた。かたわらにはリーゼルの姿もある。


 へえ~このカフェ、ワンコ連れOKなんだ……って感心してる場合じゃないから。

 わたしは思わずチハルに詰め寄った。


「なんでって……疑問でいっぱいなのはこっちよ! ついてきたわけじゃないし!」


「おかしいな~人間のジェシカは来れないはずなのに。だよね? アキト」


 チハルはカウンターと思しき場所の方に顔を向け、意見を求めた。

 すると、カウンター(仮)の方から一人の男性が現れた。


 チハルと同じ、黒い瞳と黒い髪の持ち主だ。わたしよりも年上っぽい。たぶん二十代?

 きちんと整えられた短い髪。

 スラリと長く伸びた脚。

 形の良い瞳からは知的な雰囲気が漂っている。

 清潔感のある長袖シャツを着て、黒いスラックスを履いている。そして、いかにもカフェの店員っぽいエプロンを身につけていた。


 男性はマイペースな足取りで近づいてくると、わたしの右肩のあたりを指さした。


が原因だろうな」


「そいつ?」


 わたしが自分の右肩を見ようと顔を動かした瞬間、右肩から『何か』がふよふよと離れていった。


「ああっ!!」


 ふよふよと空中を漂うその『何か』は、先ほど巨大ガイコツから出てきた、謎の光る球体だった。


 二つとも上空へ去っていったはずなのに、一つ戻ってきていたようだ。

 しかも、わたしにくっついてたってこと!? いつの間に!?


の存在と接触している状態で魔法陣が発動したから、その子も巻き込まれてしまったんだろう。チハル……不注意すぎるぞ」


 男性は呆れた顔でチハルをにらんだ。


「ううっ、ごめんなさい……全然気づかなかった。ジェシカも……ごめんね、連れてきちゃって」


 チハルはしおらしく謝罪してきた。

 しゅんとしている様子もまた可愛らしい……けど、だからって文句が湧き出てこないわけじゃあない。


 疑問と文句が草津温泉のごとく湧き出てくる……ってなにゆえ例えがJAPANの温泉地なんだ?


「謝られても困る! もうちょっと、この状況について説明してよ!」


 わたしは地団駄を踏んだ。


「え~っと……言ってもいいのかな、アキト?」


 チハルに尋ねられ、男性は溜息をついた。


「……ここまで連れてきちゃったんだから、言うしかないだろ」


 彼は、幾分同情的な目でわたしを見た。


「君の名前は──ジェシカ、でいいのか?」


「そうですけど」


「そうか、一応俺も名乗っておく。俺の名前はアキト。で、ここは……」


 言葉をにごすアキトに苛立ち、わたしは早く先を言うよう促した。


「ここは!? どこなんですか!?」


 アキトは短く息を吸うと、一気に言ってのけた。



「ここは、君の暮らす人間界とは別の世界。『魔法界』だ。本来、人間である君は勝手に入ってこれないはずなんだが……魔法界の住人──さっきの光ってる奴がくっついていたせいで、君はチハルの発動した転移用魔法陣に巻き込まれてしまったんだ」



「はあああっ!?!?」


 わたしは驚きの声を上げた。

 大声に驚き、寝落ちしかけていたリーゼルがガバッと起き上がる。でも悪いとは思わない、まったく。


「……んな、アホな……!」


 近くにあったテーブルによろよろと手をついたわたしは、幼い頃よく聞いた『お話』を思い出した。



『ハロウィンの夜。それは、あっちの世界とこっちの世界が繋がる、不思議な時間』



 どうやらあのお話は、本当のことだったらしい。


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