ガールミーツワンダーハロウィン

胡麻桜 薫

第1話

 10月31日、ハロウィンの夜。

 わたし──ジェシカは、友達の家で開かれるハロウィンパーティーに向かっていた。

 今は夜7時。辺りはすっかり暗くなっている。


 小言を言われるかと思ったけど、パパとママは「まだ17歳なんだから、羽目を外しすぎるなよ」としか言ってこなかった。


 パーティーを開くのが、家族ぐるみで付き合いのあるケイティだからだろう。


 ケイティは真面目ないい子で、悪ふざけをしたりはしない。そのことはパパとママもよく知っている。

 今日のパーティーだって、健全な内容になる予定だ。

 少人数で集まり、ジュースを飲みながらボードゲームやテレビゲームを楽しむっていう、ただそれだけ。


 だからこそ、わたしも参加してみようと思った。

 大人数で仮装して騒ぐようなパーティーは好きではない。


 ケイティのパーティーでは、仮装は任意。

 したい人はしていいし、したくない人はしなくていい。


 ちなみに、わたしは普段着のままだ。

 ジーンズにTシャツ、その上にジャケットを羽織っている。


 でもハロウィン気分もちょっとは楽しみたかったから、去年買ったカボチャのポシェットを肩から下げてみた。

 紐の先のバッグ部分が、ハロウィンのカボチャ……いわゆるジャックオーランタンになっているポシェットだ。


(可愛いけど、ハロウィンの時期にしか使えないんだよな~)


 そんなことを考えながら歩いていると、突然、視界に巨大なガイコツが飛び込んできた。


「わわっ!?」


 思わず声を上げてしまったが、それはもちろん本物ではなく、庭に置かれたハロウィンの飾りだった。


 ハロウィンの時期になると、家の前に飾りを並べる家庭がたくさん出てくる。

 この辺りは一軒家の並ぶ住宅街なのだが、わたしが足を止めたこの家は、特に目立つ飾り付けをしていた。


 いくつも並ぶジャックオーランタン。

 顔色の悪い魔女の人形。

 R.I.Pと彫られたお墓(もちろん偽物)。


 そして極め付けがこの、巨大なガイコツ人形。歩道を見下ろす巨大ガイコツは、迫力満点である。


(やる気入ってるなあ……)


 ガイコツを見上げていると、視界の端からまたしても何かが飛び込んできた。


 今度は文字通り、

 人形ではなく、間違いなく生きて、動いているものだ。

 通りの向こうから駆けてきたのは──。


「ワンッ!」


 犬だった。

 立ち耳の中型犬だ。

 毛並みのほとんどはちょっと青の入った黒色だが、鼻の周りと足元、それから胸元は赤茶色である。


(ぶ、ぶつかる!?)


 と思いきや、ワンコは華麗にわたしを避けていった。

 そして5mほど走ると、なぜか方向転換してこちらに戻ってきた。動きの速い活発なワンコだ。


 ワンコはわたしの横で立ち止まると、例の巨大ガイコツに向かってフサフサな尻尾をふりふりし始めた。


 なにやらガイコツに興味津々な様子だ。

 その姿があまりに可愛らしかったので、わたしはつい話しかけてしまった。


「君もこのガイコツが気になるの? ガイコツ、迫力あるよね~」


 巨大ガイコツは今にも動き出しそうだ。骨だけの手をこちらに伸ばしているように見える。


「いやあ本当、今にも動き……って、ん?」


 わたしは目をしばたたかせた。

 巨大ガイコツの手が、動いているように見えたのだ。


 もう一度、目を瞬かせる。


 うん、見間違いでもトリックアートでもない。

 巨大ガイコツの手が、ゆっくりと


「!! 動き出しそうっていうか、ほんとに動いてるー!?!?!?」


 わたしはパニックになった。


 巨大ガイコツは顔をわたしの方に向け、通りに身(骨だけど)を乗り出してきた。そして、わたしを捕まえようとするかのように、骨だけの手をギギギッ……と伸ばしてきた。


 わたしはその場に硬直してしまった。

 先ほどのワンコは呑気に尻尾を振り続けている。


 ガイコツの手がどんどん迫ってきた──とその時、いまいち締まらない掛け声が聞こえてきた。


「ふぁいあ!」


 次の瞬間、二発の火の玉が飛んできて、巨大ガイコツの顔に命中した。


「ななななっ!? なに!?」


 悲鳴を上げるわたしの目の前で、巨大ガイコツはその動きをピタリと止めた。

 そして、巨大ガイコツの全身がぼんやりと光ったかと思うと、顔の部分から光の球体が二つ、にゅっと浮き出てきた。


「えっ!?」


 光の球体はガイコツから離れると、どこへ行くでもなく、空中をふよふよとただよい始めた。

 球体は手のひらに乗るくらいの小さなサイズで、漂う様子はどことなく生き物のようだった。


 ほら……ほたるとか、そんな感じの。


 わたしは呆然とし、火の玉が飛んできた方を振り向いた。


「あっ……」


 そこには一人の女の子が──とても可愛い女の子が、立っていた。


 黒い瞳に、黒い髪。

 幼く見えるけど、案外わたしと同い年くらいかもしれない。

 髪の毛は肩までのボブヘア。

 優しげであどけない瞳。

 小柄で、守りたくなるような雰囲気がある(……って、そんなこと初対面の相手に思うのは失礼か)。

 チェック柄のミニスカートを履いていて、Tシャツの上に長袖の黒いジップパーカーを羽織っている。


 女の子は、ふよふよ漂う光の球体に向けて、ビシッと指をさした。


「ほらほら! 悪戯いたずらしてないで、さっさと帰りなさい!」


 すると、光の球体は二つそろって上空に飛び去っていき、すぐに見えなくなった。

 まるで女の子の命令を理解したかのようだ。


「ワフッ!」


 わたしの横にいたワンコが、尻尾を振りながら女の子のもとへ駆け寄った。


「リーゼル! 尻尾振ってるだけじゃなくて、ちょっとは手伝ってくれても良かったのに~」


 女の子は不満たらたらな様子だ。

 ワンコの方はしれっとしており、キュートに首を傾げている。女の子の言っていることを理解していないというより、しらばっくれているように見えた、なんとなく。


「ちょ、ちょっと……」


 完全に蚊帳かやそと状態のわたし。でもこのまま立ち去るわけにはいかない。

 気になることが多すぎる。

 わたしは勇気を出して、女の子に声をかけた。


「今のは、一体……」


 すると、女の子がわたしの方に顔を向けた。


「あ、びっくりしちゃった? ごめんね!」


 そして彼女は、誇らしげにこう言ったのだ。



「わたしはチハル。何を隠そう、わたしは魔法使いなんです!!」



「……は?」


 堂々と正体を明かしてきたその子──チハルに対し、わたしはすっかり反応に困ってしまった。



 とにもかくにも、これが、わたしとチハルの出会い。

 忘れられないハロウィンの始まりだった。


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