第39話 英雄の兆域

 僕がヴォイドに渾身の拳を入れようとした時、僕とヴォイドの間に一人の男がいつの間に割り込んできていたのだ。僕とヴォイドがそれに驚いていると、その男は僕とヴォイドの事を急に掴んできた。僕らは咄嗟にそれを振り払おうとした。しかし...


 「なっ!?(何だこの力、捻り込まれて全く振りほどけない!)」

「うお、うおうおうお!!う、浮いてる〜!!」僕とヴォイドは男の手を必死に振りほどこうとするが、全く動かない。むしろ僕らは、その男に宙吊りにされていた。男は僕に周りの景色を見させながら語りだした。

「全く...いけないじゃないか、こんな街中で戦闘なんて...ほら、周りをよく見てみろ。お前らのせいで、この周辺の店とか家とかがボロボロだよ?どうすんのさ、君たち。...良いかい?そういう時は、まず土下座だよ。」男がそう言うと、僕らは軽いリンゴに、いとも容易く地面に放り出された。さっきので力を全て出しきった僕は、成すすべもなく地面に転がった。

「ぐへっ!痛たた...」

「ぐっ...誰だお前は。『D.o.G』のメンバーか...?」受け身を取ることが出来たヴォイドはすぐに立ち上がり、男に拳法を構えながら尋ねた。すると男は突然に目を光らせてまくし立てた。

「『D.o.G』だと!?お前、その組織を知ってんのか!?丁度いい!頼む、俺にその組織を教えてくれよ〜。今その『D.o.g』はどこにいるんだ?ここ最近、ず〜っと必死で探してるんだよ。」

「はっ...?(な、何を言っているんだこの男。言動が支離滅裂すぎる...しかしさっきのあの力、得体が知れん。)お前のような者に教えるつもりなど毛頭ない。お前には今、ここで死んでもらおう!」


 その現場にいた夏月は、その男の事をちらっと見て目を大きく見開いた、そして必死に臨戦態勢になっていたヴォイドに叫んだ。

「っ!?ヴォイド、その人と戦ってはだめ!その人は...!」だがその言葉はヴォイドに届かず、彼は男に虚空拳の技を繰り出した。

「喰らえ、『拒絶』!!」

「...その技、その構え。『虚空拳』か。」そう言った男は腰に掛けていた刀に触れた。そして瞬きもしなかった次の刹那、その場に居た全員が驚愕した。ヴォイドがその男に、ただの居合で虚空ごと斬られたのだ。その一瞬の出来事に、僕はおろか、斬られたヴォイドでさえ何も理解出来ていなかった。

「えっ...?(な...え?今目の前で、何が起こったんだ?男が刀を抜いた?イヤ、でも全く見えなかった...じゃあ今、何が...?)」

「グハッ...!!(な...何が起こった...?居合か...?なんて速さ、全く見えなかった...)グッ...ガハッ...」ヴォイドは何が起こったのか分からないまま、その男にあっさりと倒されてしまった。男は首元を掻きながら、倒れているヴォイドに言った。

「お前、随分と珍しい拳法を使ってるな。それを使ってる奴を見たのは人生で二度目だ。でもまぁ、お前はまだまだだったな。」


 「はぁ、はぁ、お前ら、一旦ストップだ!戦闘を今すぐに止めろ!」するとそこへスケイルズが汗を流しながら走ってきた。その表情は、運動に疲れている感じではなく、明らかに何かに怯えていて青ざめていた。

「スケイルズ!?『一旦ストップ』って...一体何があったんだ?」半人族のメンバーが息を切らすスケイルズに尋ねた。するとスケイルズは、そいつらの肩をつかんで叫んだ

「はぁ、はぁ、あの男はヤバい。すぐに逃げるぞ!あれは只者じゃない...この世で最も強い、最強のバケモンだ!!」


 〜遡ること30分前、残った四人で作戦会議をしていた時の事...

「...えっ?他のマフィアが大人しいって?」

「あぁ。今までに俺等が壊滅させたマフィアたちにとって、今は俺等に復讐をするまたとない絶好の大チャンスだ。だが、そのマフィアたちが今まで一回も襲撃に来ていない。それどころか、マフィアに関係する事件がここ数日、一件も起きてないんだ。これは明らかに異常だ。きっと何かが起こっているはず...きっと...」スケイルズは頭を掻きながら言った。そして数秒の沈黙の後、スケイルズは一角とレオンに向かってこう言った。

「お前ら二人で一度、一番近くにあるマフィアの事務所に行ってくれ。今、奴らが何をやってるのか、それを確かめに行ってくれないか?」

「承知した。レオン、行くぞ。」

「あ...お、おう。今から車出すよ。ここで待ってて。」そう言ってレオンは車のキーを探しに行った。


 そして約10分後、A地区にある山賊マフィア『ブラック・マウンテンズ』の事務所に行った時、レオンはそこの光景を見て言葉を失った。その事務所には8人の構成員の両断された死体と無数の焼け焦げた死体があり、生きていたのが一人しか居なかったからだ。一角はその現場でも顔ひとつ変えずに、その生き残った構成員に短刀を突きつけながら尋ねた。

「お主...ここで何があった?今すぐに言え、さもなくばお主が吾の刀の露になるぞ。」すると、その構成員は口をブルブルと震わせながら言った。

「き...来たんだ...『D.o.G』の居場所を知ってるだけ全て教えろって...それで俺等が反抗したら...皆、一気に殺されて...俺、どうしようもなくて...」

「その末がこれか...おいお主、これは誰の仕業だ?...おい、今すぐ吐け。誰の仕業なんだ?」そうキツく尋ねると、構成員は涙目で、かすれた声で確かにこう言った。

「キール...キール・インフェルディアだ...あの『五代竜』の...」


 それを聞いた一角さんの顔は、一気に血の気を増した。

「なっ...何だと!?レオン、今すぐにスケイルズに連絡するんだ!このままじゃ、近くで戦闘をしている煉瓦殿一行が悲惨な目にあうぞ!」

「お、おぅ分かった!...あ、もしもし。スケイルズか?どうやらマズイことになったらしい...今から一角さんに変わる...」そうして一角さんは事の全てをスケイルズに電話で伝えた。


「っ!!な、何だって!?...わ、分かった。ひとまずお前らはすぐに煉瓦達の所へ向かってくれ。俺らも今から行く...」そう言って電話を切ると、スケイルズは蠅に確かめるように伺った。

「な、なぁ...『SPEC』の夏月と冬牙って、確か『五代竜』の元リーダーの子供だったよな?」

「えっ?まぁうん、そうだけど...」すると、スケイルズの額に、ツーっと冷や汗が流れた。

「ヤバいぞ、このまま行くと、俺等は警察に逮捕されるどころか、その場で速攻処刑されちまう!もし相手に『世界の英雄』と言われた最強の男が助っ人になったら...」それを聞いた蠅は、スケイルズの考えていた事の意味に気付いた。

「っ!!え...てことは...ま、マズイ、早くあいつらの戦いを止めないと!」

「今から走るぞ、多分俺らのほうが近い!」そうしてスケイルズと蠅は、戦いを止める様に言うために走ってきたのだった。


 「な...なんでここにキールさんがいるの...確かドラゴニスタ政府軍は、E地区の紛争を止めるために行ってたんじゃないの!?」夏月がそう驚いていると、キールはかつて耳にした元同僚の娘の声に反応した。

「お?その声は...お〜!!夏月ちゃん!!ホント、大きくなったねぇ!立派な警察官として、今も頑張ってるのね〜!...あれ、ってことはもしかして、今俺が倒しちゃったこの人って、まさか夏月ちゃんの部下?」キールは倒れているヴォイドに指を指して尋ねた。

「はい...そうです...うちの仲間ですね...」

「マジか〜!ホントにごめんね、おじちゃん最近暇でさ〜?戦いを見たら体が疼いちゃたの。そうだ、後でお菓子買ってあげるから許してくれない?」

「もうそれで喜ぶ歳じゃありません!私もう23ですよ!?」その会話は、ただの知り合い同士の他愛もない会話のようだった。

 

 「...え〜っとそれじゃ、あの半人族の奴らが『D.o.G』なのね?はぁ〜、や〜っと見つけたよ。ここ最近ずっとマフィアに尋ねてたけど、みんな何も言わずに発砲するもんだから何にも分かんなかったよ...最近の悪者は皆、口よりも手が動く優等生なのかな?いや、優等生なら発砲しないかw」そう言うと、キールは突然魔力を開放しだした。その魔力の量は、人間のレベルを遥かに超えた異次元の物であった。周囲の空間が魔力で歪み、魔力に疎い僕でさえそれが視認出来て、下の地面がその力に耐えられない程だった。腰に掛けていた赤い刀の柄を触りながら、キールは驚く僕らに宣言した。

「さて、今からお前ら皆、仲良く元気であの世行きだ。」

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