第35話 鰐の姉弟
「...う〜んよし、ここからなら大通りも見えるかな。さてと、どこにいるかな〜...?腕と足を撃たれたからそこまで遠くに行ってないと思うんだけどなぁ。」建築中のビルの14階付近から、ローズは狙撃銃のスコープを覗いていた。上から覗いた大通りは、近くでした突然の銃声により、未だにパニックのような状態に陥っていた。
「(まだそう遠くに行ってはいないはず...もしこの人混みに隠れていても、このサーマルスコープですぐに見つけられる。さぁ...どこだ、どこにいる...?)」そうして人混みを注意深く覗いていると、さっき彼らが逃げていった建物から何回も爆発音がし、大量の粉塵が周囲に舞いはじめた。
「おっと、なんだ今のは?(あの二人の目眩ましか?いやでも、それで何が出来るのかしら...)」そう不思議に粉塵が舞った大通りを注意深く観察していると、ローズはある事に気がついた。
「...ん?(なんだ、道路にいる市民の様子がおかしいぞ?)」
「な...なんだあれ、バ...バケモンだ...!!」道路に出ていた人達が、一斉に建物の屋上を指差して騒ぎ始めたのだ。ローズはスコープの倍率を変え、屋上を観察してみる事にした。そこに居た人影をみて、ローズは息を呑んだ。全身が鱗で完全に覆われていて、手や足には鋭い爪、口元にはいくつもの白い牙が並ぶ、さながら獲物を喰らおうとする本物の鰐のようになった二人の姿があったからだ。
「あ〜...あらら、私、かなり怒らせちゃったかな...?(あの感じ、まさか私の戦い方から短期決戦にシフトチェンジしてきたかしら?)...ただ、そこの屋上には、この弾丸を防ぐ遮蔽物がないよねぇ!」そう言うと、ローズはスナイパーライフルに入っていた弾を徹甲弾に変えて、二人に向けて素早く2発撃った。が、その弾丸は豆鉄砲だったかのように容易く弾かれてしまった。
「えっ!?嘘でしょ、2メートルの鋼鉄の板も貫通するのに...!?」つい大声を出して驚いてしまったため、ローズは二人に居場所を特定されてしまった。
「...アノ、ビルダ!」
すると、二人はローズのいるビルに向かって、並びの建物の屋上を4足歩行で一気に走ってきた。だが、ローズはこの時の状況もしっかり考えていた。ローズが居る高さの差は彼らと約15メートル、それに加えて大通りを一本挟んでいるので、ローズのいるビルとはかなりの距離があったのだ。
「(流石にここまでは来れないでしょ...だって、いくら鰐の半人族でハイになってても、そんな跳躍力はないはず...今のうちに急いで状況を建て直さないと。)」ローズそう高を括って考えていた。するとクロコは全力で走りながら、手から前方に大量の水を出した。
「ススメ!『ウォーター・ブリッジ』!!」するとクロコは、なんと自分の出した水で建物とビルの間にあった大通りの幅約30メートルの空中に橋をかけるという芸当をしてみせたのだ。この世界では、自身の魔力で出した物を浮かせる事は熟練の魔法使いでもかなり厳しく、少なくとも常人の数十倍の魔力がないとまず出来ないとされている。それに加えてこの大規模の浮遊となると、最早人間では不可能の領域だった。しかしクロコは薬の作用で、一時的な能力の
「えぇ!?うそ、そんなのあり!?」ローズが再び驚いていると、クロコとダイルの二人は水の橋からビルへと飛び移り、外の柱をよじ登ってすぐにローズがいる14階まで上がってきた。常識を超えた彼らの行動に、ローズは少し焦っていた。
「アナタが、ワタシたちをネラッタスナイパーカシラ?」クロコは余った残りの理性から、カタコトの言葉でローズに尋ねた。ローズは下を見て俯き、手を下に組んで言った。
「...えぇそうね。でも私は『スナイパー』って言うよりも、『ガンナー』っていう方が正しいんじゃないかしら?」そう言うと、ローズは手元に軽量のマシンガンを出現させた。
「おらぁ!蜂の巣になって死んどけえぇ!」周辺へ一気に乱射される銃弾の嵐を、ダイルとクロコの二人は硬い鱗で跳ね除け、近くへとにじり寄ってきた。
「(そりゃそうか...あの徹甲弾を跳ね返す奴らに、マシンガンなんかが効くはずないのに...。)」
「ヨクもネエサンを...オマエは、コロす!」そう言ってダイルはナイフのように鋭利な爪を、ローズの腹に勢いよく突き刺した。
「ガハッ...!!」
「グフフ...ッ?」自身の手応えに満足したダイルだったが、ローズは何故か不敵な笑みで言ってみせた。
「...はは、な〜んてね!そんなんじゃ、この私は死なないわよ!」彼女は事前に服の下に防弾チョッキを着ていたため、ダイルの爪はそのチョッキに防がれてしまったのだ。
「それじゃあこれ、多めのお釣りね!」そう言うと、持っていたマシンガンをショットガンへ変え、丸出しになったダイルの鱗の薄いお腹へ撃った。
「っ!!ぐはぁ!!くっ...うっ...!?(まずい、薬が...切れてきた...!)」薬の効果が弱くなったダイルは副作用で突然の激痛に蝕まれた。そのせいで大きく隙を晒してしまい、そのままローズからの2発目のショットガンを食らう。
「っ!!オマエ...ワタシのオトウトニ、テヲダスな!!」クロコはローズに向かって水のジェット光線を繰り出した。通常の量よりも多くなったそのジェットの水量は津波のように周囲の物を飲み込んでいく。そのジェットを食らったローズは、成すすべもなく水に流されてしまった。
「ゴボボッ...!ゴボボボ!!(何よこれ...津波かよ!この水の量はキツイ...!!)」流されているローズに、クロコは水の中を泳いでトドメの追撃を入れに行った。
「(このままコイツを殺す!薬の効果時間から考えて、今しかチャンスはない!!)」そう思って流れる濁流の中を泳ぎ、ローズにトドメを刺そうとした時、クロコは目を見開いた。ローズはまだ、不敵な笑みを浮かべていたのだ。
「良いのかな、私の方に来ちゃって?」彼女の手には弾頭が入ったロケットランチャーがあり、その銃口は倒れているダイルに向けられていた。
「ッ!?マズイ、ダイル!!」
「遅い、吹っ飛べ!!」その瞬間、ロケットランチャーが撃たれ、弾頭がダイルに向かって勢いよく飛んでいった。ダイルは既に、薬の副作用で体中が痛みで痺れてしまって動けなくなっていた。
「っく、クッソ、動けない...!!(...だめだ、死ぬ...姉さ...!)」
ドッカーン!!ゴゴゴ...!!
「やばい、ビルが倒壊するぞ!!逃げろ〜!!!」
ロケットランチャーの爆風の衝撃で、周囲の建物の窓が大きく揺れた。建設中のビルも、その衝撃に耐えられず、一気に崩壊した。周囲に建物の瓦礫が散乱し、大通りやその周りに居た人達は一斉に走って逃げた。
「...っ、ん...?あれ、俺、なんで...?ん...っ!?ね...姉さん!!」あの衝撃で傷を負ってない事に違和感を覚え、上に生暖かい感覚を感じたダイルは目を開けた。次の瞬間、自分の上で黒焦げになって倒れていたクロコを見て叫んだ。
「ね...姉、さん?姉さん!?な...何で...僕なんか...」涙ぐんで聞く弟に、クロコは震えながらも、ニコッと笑って言った。
「い...言ったでしょ?あなたの事、は...私が命がけで守る...って。お姉ちゃん、嘘つきじゃ、なかったでしょ...?」クロコは、弾頭の爆発からダイルを守るために、自らがダイルの上に覆いかぶさる事で弟を防いだのだ。だがあまりにも庇った負傷がきつく、徐々に乗りかかる彼女の力が弱くなっているのにダイルは気付いた。
「っ!!ま、待って姉さん!こんな所で死なないで!!まだ...死んじゃ嫌だよ...!」ダイルは必死に彼女に訴えた。その時、クロコはダイルに言った。
「はぁ...ごめんね、こん...な、出来の悪いお姉さんで...ほん、とは...ずっと、ダイルと一緒に...のどかな田舎の街で...普通の生活が、したかったのに...」社会から虐げられ、殺人鬼としてしか生きれなかった自分の人生の中で、ただ唯一ずっと渇望していた『普通に生きたい。』という願いが、クロコの大きな涙となって、焦げた頬に消えた。
「ごめんね...ごめん...ね...こんな...お姉、ちゃん、で...」そして、クロコの瞼がスッと閉じた。そうして自分にかかっていたクロコの力が完全に抜けたのを、ダイルは痛烈に感じた。
「っ...姉さん...?嘘だ...嘘だろ姉さん...そんな...そんな事、なんで...何でだよ...うぅ、うわぁあああ!!」ダイルは涙を流して、埃が舞う茜色の空に咆哮した。今目の前に広がる、残酷な現実が受け止めきれなかったのだ。最愛の人物であり、この世で唯一自分を認めてくれた一人の姉を失った弟の負の感情は、徐々に姉を殺したローズへの復讐心と殺意へ変わっていった。その時、ローズは丁度瓦礫に足が挟まって動けなくなっていた。
「っ!!マズイわね、これ...クッソ、抜けない!」
「殺す...オマエだけは...オマエだけは殺す!!許さない...許さない許さない...!うおおおお!!」お腹の撃たれた傷の痛みで体が動かず、薬の効果もとっくに切れていたダイルだったが、その溢れる怒りと憎しみを自分の力に変えて、ローズに向かって再び飛びかかった。
「うらぁああああ!!...ガッ!?」
「悪あがきはそこまでだ。『拒絶』」次の瞬間、見えない何かによってダイルは真横に勢いよくふっ飛ばされた。その衝撃で、ダイルの意識はグラグラと揺れながら消えていった。ダイルは涙を流しながら、自分の絶望にただひたすらに悔しがっていた。
「ぐはっ...くっ...(何で、何でだよ...こんな...こんなところで...終わって、たまるかよ!)姉さんの、ために...一人でも多く、敵を...殺すん、だ...それで...姉さんに、褒めてもらうんだ...」
「ふん...そうか。ならその妄想と共に潰れるといい...。『拒絶』」その言葉の後、ダイルはメリメリと鈍い音を立てながら、何かに押しつぶされて圧死した。周囲に血が飛び散り、体は元の原型を留めず、最早さっきまで生きていたとは想像出来ないぐらいにまでなってしまった。
「ハァ...ハァ...もう、ヴォイドったら!いるなら早く助けてよね!」ローズは焦りと怒りを顕わにしながら言った。
「いま丁度来たところだ。...それで、今戦っていたのは誰だったんだ?」黒い皮の手袋を付けながら、ヴォイドはローズに尋ねた。
「『D.o.G』の嚙姉弟よ。ハァ...ハァ...かなりの強敵だったわ。危うく私が殺されるところだった。」
「そうか...早くリーダーに伝えなくては、ここに長居する必要もない。」
「え?あ、あの〜?そうだったら早く私の事何とかしてよ〜?抜けないのよ、足が!」
「元軍人なんだろ?そんな物、自分で何とかしろ。」
「はぁ!?お前...ホント最っ低だなー!!だからお前、一生彼女いないんだよ?女の子にモテたこと、今までない一度もだろ!ねぇ、聞いてんの!?早く助けてってば!!お〜〜い!!...」
僕らが村に帰る途中、街にある野外公営テレビに映ったニュース番組でこんな事を報道していた。
__えぇ、只今入った速報ニュースです。先程、警察からの報告によりますと、10月13日の午後16時頃、A地区で起こっていた警察組織との銃撃事件で、『D.o.G』のメンバーである『
「...えっ?」僕はつい、持っていた買い物袋を落としてしまった。パックの卵が二つ、その中で割れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます