第36話 焦燥心

 昨日のあの衝撃的なニュースを見て、『D.o.G』のメンバーは皆嘆き悲しんだ。この組織の中でも最上位クラスに強く、多くの仲間から慕われていたあの『嚙姉弟』が死んだというのを聞いて、全員が『SPEC』の連中の強さを身に沁みる程思い知った。僕も最初にニュースを聞いた時は、この状況が現実なのか何度も疑った。僕は初めて、そこで仲間の死というのを直に感じた。


 「そんな...クロコさんと、ダイルが...冗談だろ...?」僕を含むメンバーの心には、ポッカリと大きな穴が空いてしまったような気がした。

「...どこのニュースでも皆、『警察の特殊部隊と銃撃戦をした』と口を揃えて言っているけど、その時間帯に現場には警察の特殊部隊なんか居なかったらしいから、これは確実に『SPEC』のローズの仕業だと僕は思うな。皆はどう思う?」蠅は僕を含む革命軍のメンバーに自身の見解を言った。

「煉瓦君とレオン君にも刺客が来た感じを見るに、彼らも相当、本気だというのがよく分かる。これは短期決戦も辞さない姿勢が求められるな。」一角さんは今の現状を冷静に考えていた。僕はそれに、相槌すらできなかった。仲間の死という物よりも情報の方を優先している蠅や一角さんに、僕は感動したのかもしれないし、少し恐怖していたのかもしれない。

 「そうか...それなら、俺らもそろそろ奴らを倒さなきゃいけないか。アイツ等の、仇を取らなきゃな...」スケイルズはそう訝しげに言ったが、他の半人族のメンバーはそれを聞いて一斉に困惑した表情をした。

「はぁ?お、おいおい分かってるのかよ!?あの嚙姉弟が殺されたんだぜ?いくらなんでも、俺等みたいな普通の半人族だけじゃ相手が悪すぎるだろ!俺等みたいなやつが何人いたって、戦いの結果は変わんねぇよ...」一人の半人族の男がそう呟いた。すると、その声を聞いた他の半人族のメンバーが一斉に次々と嫌味を口にし出した。

「た、確かに...俺等が出来ることなんて、もう何もないしな...」

「もう無理だ...諦めるしかねぇよ...」僕はそれにオドオドした。

「(このままじゃ、この戦いに負けるどころか、この組織が解散してしまう...ど、どうしよう...!)」すると、皆の後ろの方から一人のがなる声がした。


 「どいつもこいつも...そんな事言うんだったら、お前ら一生政府の奴隷になっちまえ!!」

その声を叫んだのは、なんとあのミケだったのだ。そのままミケは、驚く組織のメンバーに向かって続けて、目に涙を浮かべながら叫んだ。

「『何も出来ない』、『もう無理』...?お前らいい加減にしろよ!あの二人が負けて殺されたからって、僕らは今、こうして生きてるじゃないか!そんな風に言ったところで、僕らのこの生活が良くなるわけじゃないし、あの二人が帰ってくるわけでもないんだよ!!それでも尚諦めるお前らは一生奴隷...ずっと政府のやることに頷く事しか出来ない、社会のゴミのままだ!!」そのミケの叫びに、反論できる者は居なかった。それもそうだ、ここにいる半人族の多くは政府の作った半人族対策の政策で苦しみ、生活を失い、この組織で復讐を心に誓ったものばかりだったからだ。


 「...ミケ、お前はこの現状でどうするんだ?」スケイルズはうっすらと顔に微笑みを浮かべて、ミケに尋ねた。ミケは声を大きくして高々と言った。

「勿論。政府を倒すためなら、何人の犠牲があっても僕は止めない!例え僕一人になっても...必ずやって見せる!僕らはゴミじゃないって、社会に目に物見せるんだ!」ミケは目に溜まった涙を袖で拭き、大きなを決めた顔をしていた。それを見て、僕は心を打たれた。


 「...聞いたか皆、ミケの言う通りだ。つらい過去を見て怯えるな。犠牲を見て目標を見失うな。自分を弱く見るな。そのお前らの『諦め』は、自分をわざと弱くして、かつそれを自分で肯定するための言い訳なんだ。俺たちに、そんなのはいらない。持つべきは、今後を生きる我々の明るい未来を渇望する欲と、それを叶えるという決意を持った信念だ!いいか?俺たちは生きるんだ。何があっても皆が幸せになれる、そんな明るい未来にして、今までの苦しみの分、その未来に俺等は生きるんだ!そのために、政府を倒す必要があるんだろ?それなら、自分の中にある奴らへの対抗心を今、アイツラの無念と共に燃やすんだよ!」

「っう、ぐうう...そ、そうだよな。こんなところで、平気で諦めちゃいけねぇよな!うおおおお!!こんな所で挫けちゃいけねぇ!やるぞ、お前ら〜!!」スケイルズの意見を、ほとんどの半人族が涙を流して聞いていた。そしてその話しを聞いた皆は、今までのような暖かい活気を一気に取り戻したのだった。

「(す、すごい...これがスケイルズの『強さ』か...)」僕はその圧巻の先導力のある意見とその効果を目の当たりにして驚いていた。これが、人を動かす人の持つ『強さ』なのだと気がついた。その時、僕のぽっかりと穴が開いた心にも、暖かい小さな火がついたような気がした。


 「...よくやったわヴォイド。お陰で奴らの人員を削ることが出来た。」その一方で、警察庁の地下の部屋では、夏月がヴォイドと二人で話しをしていた。

「ちょっとー、元々は私なんですけどー?」近くでタバコを吸っていたローズが食い気味に割り込んできた。足にはギブスを巻いていて、顔にも複数絆創膏が貼ってあった。

「そうだったのね、ごめんね。...まぁそんなに怪我してたら、そりゃそうか。」夏月はそう言って自分で一人納得した。するとそこへ、クスクスと笑うボンビットがやってきた。

「ちょっとちょっと〜w、大丈夫だったすかローズさ〜ん?まぁ安心してくださいよ。ここからは若者の俺等が頑張るんでね〜!」怪我が治ってピンピンになったボンビットは、皮肉を交えてややいじるようにローズに言った。それを聞いたローズはピクピクと眉を動かして尋ねた。

「あんた...それってもしかして、『私が老けてる』って言いたいのかい?上等じゃない、覚悟は出来てんのよね...(怒)」

「いやいやいや!そ、そんな訳無いっすよ〜w」そういう彼の顔は、明らかに人を嘲笑う表情をしていた。


 「...そういえば、あっちの二人は何故、ああやって部屋に籠もってるんですか?」ヴォイドは話をドルゲースとアントワネットの事に変えた。

「ドルゲースは日中に活動しすぎて疲れが溜まったのかしらね。アントワネットは何があったかは分からないけど...きっと、奴らによっぽど怖い何かをされたんでしょう。部屋から出たくないって言って、私と口を聞かないのよ。」夏月はそう言った。すると、ヴォイドは唐突に顔を近づけ、声を小さく、そして低くして言った。

「全く、指揮官であるあなたは一体何をしてるんですか?ただ俺らに指示をして、結果メンバーが傷つくだけなら、そんなのは何の利益もない。無意味だ。もしそうなら、俺はそんなあなたの指示を聞く気はありませんよ?」

「そ、そうね...分かったわ。それなら...そろそろ早めに彼らと決着を付けちゃいましょう。」そう言うと、夏月は考え込んでソファに座った。

「(...早く、終わらせないと...)」その額の汗には、少しの焦りをまとっていた。

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