第7話 「影」への勧誘

 あれからどれくらい経ったか、僕は暗い部屋の血の付いたベッドの上で目を覚ました。

「ここは...どこだ?確か僕...」そう言って記憶を遡る。が、トラックの中で腕に違和感を感じて気を失ったところから何も覚えていない。


 そうしてふと、自分の右腕を見た。その時、僕は自分の目を疑った。自分の右腕は、まるでうっ血しているかのような紫色をしていて、自分の胴体と同じくらいの大きさの『怪物』の腕になっていたからだ。

 

 「うっ、うわっ!?何これ何これ!じ...自分の腕じゃない...な、何が起きてるんだ!?」そうして一人パニックになっていると、奥の扉から二人の人物が入ってきた。一人はあの秤さん、もう一人は、身体中に縫い目がある白い髪で色白の少女だった。

「おっ!起きてたか。やっぱりテディの能力は伊達じゃないな。」と秤さんはゲラゲラと笑っていた。その少女は静かに僕に歩み寄り、「...腕動かせたようね、どうやら正常に適合したみたい。」と僕の右腕を触ってボソッと言った。

「あ...あの、これってどうなってるんですか?僕の元の腕は?」と尋ねると、その少女が端的に答えた。

「あなたの元の腕は政府の腕輪の毒でドロドロに溶けたの。その新しい腕は私の能力「縫付修理テディ・リペア」で付けたもの。古い在庫で余ってたから丁度良かったわ。」


 何が起きてるのか全く理解出来ぬまま、僕は今どういう状況なのかを必死に考えていた。すると、秤さんが慌てる僕を見て、心を見透かしたかのように言った。

「どうやら、今自分に何が起こっているのか分かってないみたいだな?先に言っていこう...お前は今、裁判を途中で逃げだした凶悪殺人鬼として、世間にその悪名が知れ渡ってるよ。いや〜凄い人気だな。」僕はそれを聞いて、反射的に素早く尋ねた。

「凪は?あの子はどうなりましたか?」

「あぁ、安心したまえ。あの子はこの事件の一部始終全てにおいて何一つ関わっていないことになっている。犯行の動機は被害者がしていたいじめ、逃走を手助けしたのは我々半人族の革命軍、『D.o.G《ドッグ》』の仕業だってことになった。まぁどっちも間違いではないんだけどね。」と落ち着いた口調で答えた。


 僕は安心したのと同時に疑問が浮かんだ。

「え、『D.o.G』?あの半人族の政府対抗軍のことですか?それじゃあ、協力してくれた秤さんって、一体何者なんですか?」すると彼は、少し照れたような仕草をして僕に答えた。

「俺はその対抗軍に協力している普通の人間だ。秤ってのも偽名だし、弁護士ってのも嘘だ。俺の本当の名前はスケイルズ、元は法司官だ。」そして続けて僕に言った。

「ところで何だけどさ、俺を含むその革命軍のメンバーに、ぜひ君を誘いたいと思っててさ。今は犯罪者になって行くあてもないだろうし、いっそどうかなって?」


 僕は驚いた。が、その後すぐに首を振って答えた。

「な...なんで僕なんか...。イヤですよ。何で僕が革命軍なんか...それに、行くあてならありますよ。僕の...自分の家です。父さんと母さん、弟のいる我が家があります。」というと、テディは一瞬なにかを言いたそうにしていた。その時、スケイルズの口調からはふくんだ笑みが跡形もなく消え、冷酷な一面を顕わにして言った。

「君の家はもうないよ。君の、その家族っていうやつも、いとしの我が家も全部もうない。そんな妄想は寝てる時の夢でしな。さっさと諦めるんだ。」僕はその無責任な言葉に、驚きと怒りが湧いた。

「それ...どういう意味ですか...?なんで諦めなきゃいけないんですか?あなたは僕の何を知ってるんですか!」すると彼は悲しいそうに僕に教えた。


 「それはな、お前の家族がお前を戸籍から完全に消して遠くへ引っ越したからだ。さっき、お前の幼馴染は関わってない事になってるといったよな。でも新聞、テレビ、雑誌などのマスメディアの矛先はお前の他にも、お前の家族、学校の先生や生徒などに向けられたんだよ。毎日の報道でありもしない出来事を誇張して発信し、見る人を煽り、その観客オーディエンスに関係者を叩かせる...この卑劣なメディアの手法から逃れるには、お前との関わりを全て消すしかないんだよ。きっとお前の家族も、望んでそうしたわけじゃない。人っていうのはな、脆いんだよ。体よりも心のほうがな。」


 それを聞いた僕は、溜まっていた感情を爆発させて叫んだ。

「そんなわけない!学校の先生とかはともかく、僕の家族もなんてありえない!だって、自分の家族にそんな酷い事、平気でできるわけないだろ!」するとスケイルズさんは僕にある提案をしてきた。

「じゃあ、今からお前の家に行くか?そっちの方が分かりやすいだろ、この世界の『影』の部分がな。」そう言われた僕はそれを承諾し、自分の家に行くことにした。ただその僕の足取りには、見えない若干の後ろめたさがあった。


 

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