6-4

 わたくしは、ウルリケを抱えながら廃墟と化したお城を駆ける。案の定、悪役令嬢テレパスはノイズだらけでベニーチカには通じないけれど……こういう万一の事態に備えて、落ち合う場所は決めてある。


「ねぇ、ウルリケ、貴女あなた


 わたくしの腕の中で、ウルリケの力が徐々に弱まっていく。ベニーチカの手で改造された生き物たちは、決して不死ではない。命の火が消えようとしているのがわかる。王子様の前に辿り着いた時から、ウルリケは既にボロボロだった。きっと、ベニーチカをあの爆発から庇って。そのあと、わたくしに追い付いたのだと思う。なら、彼女も必ず無事なのだろう。


貴女あなたなのでしょう? わたくしの命を、最初に救ったのは。断頭台から連れ出してくれたのは」


 言葉がわからずとも、わたくしはウルリケに語り掛ける。

 ずっと不思議には思っていた。認識阻害の護符があるとはいえ、人前に出るのすら億劫がっていた、あの頃のべニーチカが。一体どうやって、衆人環視の中で処刑台からわたくしの頭だけを持ち去ったのか?

 ウルリケがやったに違いない。狼は、力なく肯定の鳴き声を上げる。


「だからこれは、ただの恩のお返し。貴女がこんなところで死んでしまうのは、わたくしが許しませんわ」


 合流場所は、わたくしの思い出の中から選んだ。城の上階の小さな部屋。いかにも密談のためにあつらえたような場所。昔、王子様と一緒に遊んでいて迷子になり、怒られたこともある、鍵のかかる部屋。

 そこに、彼女は辿り着いていた。幸いにも部屋の辺りには、大した被害も出ていないようだ。


「ベニーチカ‼」

「お嬢様! ウルリケ!」


 良かった。どうやら、婚約者……ホワイト嬢は見つからなかったようだけれど、ベニーチカは無事みたい。

 まだ、最後の戦いの最中さなかだというのに。ベニーチカと出会えて、ほっと一息つく。けれど、


「……ウルリケ」

「……わたくしは後で構いませんから、先に治療を」


 機械仕掛けの狼を一目見たベニーチカは、無言で首を横に振る。

 ウルリケは全身の装甲の隙間から油を垂れ流し、時折、火花が散っている。眼が力なく明滅している。それでもよたよたと立ち上がり、ベニーチカの方へ駆け寄ろうとして、狼はその途中で力尽きるように倒れた。


「……ありがとう、ウルリケ。お疲れ様」


 ベニーチカは、ウルリケに駆け寄り、涙を堪えて微笑んだ。狼は最後に一声、大きな遠吠えをして。それきり、眠るように動かなくなった。


 そのあと、わたくしつまんで王子様と出会ってからのことを彼女に話した。


「……というわけで、王子様の能力でこうなったんですのよ」

「黄金……錬金術……まさかやっぱり、黄金を作る能力……?」

「黄金を作るだけで、どうしてこんなことになりますの⁉」


 ベニーチカが作るものも、時々爆発してはいるけれど。これはその比ではない。


「能力の全貌はわかりませんけど。普通の環境で、黄金おうごん……きんを作るなんて、できない筈です。もし、できるとしたら、本当に錬金術……あれ、つまるところ元素げんそ転換てんかん……核融合かくゆうごうですよ」

「かく……ゆうごう……?」


 さて、何だろう。聞き覚えはないけれど……なんだか知っているような。そんな気がする。


「つまり、ざっくり言うと太陽……おほしさまみたいなものです」


『お星様が……』


 その言葉を聞いた時。何かの最期のスイッチが、頭の奥でカチン、と嵌った気がした。


「えーと、お星様の中では、色々な元素を作り替える反応が起きていて、それでエネルギーを吸ったり出したりしているんですけど……多分、王子様は、元素おうごん変換すつくるのに使っていた力を、全部『エネルギーを放出する』方向の反応に向けてます……黄金とか、空気とか、色々なものを消費して、エネルギーを取り出してる。下手すると、ほとんど核兵器みたいなものですよ、あれ!」


 ベニーチカがまた、わけのわからないことを言っている。

 けれど、なんだろう。とてもよく、わかる気がする。


「つまり……」

「つまり。核融合の機序に従っているなら、最後に残るのは……」


 わたくしは、わたしは、ベニーチカの言葉の続きを引き取った。


『人は、死んだらお星様になるのよ。真理まり

『人は死んだらお星さまになる……なら、お星さまが死んだらどうなるの?』


 幼いわたしは、母に尋ねる。


『それはね……死んだお星さまの中には、鉄が詰まっているんだよ、真理亜』


 わたしの、おとうさんの声。これは、仮説の上の話だ。子供に向けてわかりやすく端折はしょっている。


「……太陽のような恒星の熱核融合反応の反応経路は、水素から始まって、最終的に陽子と中性子の結合が最も安定な鉄原子Feに収束する。けれど、それは陽子崩壊がない場合で……いえ、この世界もそうだとは限らない……」


 違う世界の記憶。別の世界の知識。今の私の、ふたつ前のわたしの人生が流れ込んでくる。


「……何? え、……誰です? 怖……」


 言葉と、意識が噛み合っていく。まるで、彼方を見つめる望遠鏡の焦点ピントが合うみたいに。


「つまり。確実とは言えないけれど……太陽と黄金をモチーフにした王子様の力に対して、今のわたくしの鋼の身体なら、あの『錬金術アルヒミー』の干渉を或る程度は抑えられる。違くて?」

「え、えぇと……原理上はそうかもしれませんけど……そうなのかな……? どうして、そんなことが。ええと、お嬢様……で、いいんですよね?」

「ええ……ただ少し、昔の夢を見ておりましたの」


 ずっとずっと昔の夢。もう死んだわたしが、生まれるより前の夢。懐かしい世界の。


「……本当に、大丈夫です? 何がかはわかりませんけど……」


 そう言いながら、ベニーチカは心配そうにわたくしの顔を覗き込んで。


「お嬢様、目が、いえ、瞳が……!」

「え……?」


 部屋にあった鏡を見る。割れた鏡面に映るのは、激戦で酷く傷ついた今のわたくしの姿。そして、わたくしの瞳。

 わたくしは、昔話を思い出す。紅い瞳の魔王。ベニーチカの瞳のくれない

 本能的に理解する。……そうか、これはきっと、世界の外から来た者の証なのだと。

 けれど、矛盾もある。わたくしは確かにこの世界で生まれた。容姿や外見、性格も気質も父母のものを受け継いでいる。血の繋がりの証である血統魔法も扱える。だから、時折混ざる不思議な思い出は。最初はベニーチカの記憶が混ざったのかもと疑った。けれど、違った。考えてみれば、ごくごく単純なこと。


 より後もせいが続くなら。まれるより前に人生じんせいがあっても、なんの不思議はないのでしょう?


「……わたくし達、お揃いですわね」


 つまるところ、異世界召喚ではなく。私も、おぼろげだけれど、きっとベニーチカと同じ場所の記憶を持っている。


「えっ……えー……?」

「全部終わったら、ゆっくりと話して差し上げますわ」


 困惑するベニーチカを見ながら、わたくしは微笑む。この出会いは、もしかすると何かの運命だったのかもしれない。


「だから、今は参りましょう。もう一度、王子様のもとへ。今度は、二人で」



  ◇



「……戻ってきたのか。立ち向かっても、終わりしか待っていないというのに」


 再び玉座の間へと戻ったわたくしに、王子様は、今度は残念そうに告げる。最低限の応急修理はベニーチカにして貰ったけれど、わたくしの身体はやはり傷だらけのまま。ちなみに当の彼女は、わたくしの後ろに隠れている。


「ええ、まだ何も終わってはおりませんもの」


 距離を取って遠くから王子様を眺める。彼は、変わらずそこにいる。ただ、その身はもはや黄金ならず。鋼の鎧を纏った王子様。


「……こちらも、お揃いの似姿というわけですのね」

「多分あの姿は、出力をしぼりだした結果です。さっきのお城を半壊させたのといい、どんなエネルギーの使い方、攻撃をしてくるかは……」


 ベニーチカが囁いてくるけれど。どれだけ無尽蔵のエネルギーを使ってこようと、元を絶てば同じこと。

 ただ、あの能力は本当に底が見えない。傷を負っても修復される。エネルギー切れに持ち込もうにも、どこまで削ればいいのか見当もつかない。王子様。いえ、今はもう、童話怪人『ミダス』と。そう呼ぶべきなのかもしれないけれど。彼がそう在る限り、勝ち目が見当たらない。

 ……そう、彼が、そう在る限りは。だから、次に為すべきことは、もう決まっている。

 わたくしは、囁く。


「……ベニーチカ。貴女の力なら、あの人を元に戻せるのではなくて?」


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