6-4
「ねぇ、ウルリケ、
「
言葉がわからずとも、
ずっと不思議には思っていた。認識阻害の護符があるとはいえ、人前に出るのすら億劫がっていた、あの頃のべニーチカが。一体どうやって、衆人環視の中で処刑台から
ウルリケがやったに違いない。狼は、力なく肯定の鳴き声を上げる。
「だからこれは、ただの恩のお返し。貴女がこんな
合流場所は、
そこに、彼女は辿り着いていた。幸いにも部屋の辺りには、大した被害も出ていないようだ。
「ベニーチカ‼」
「お嬢様! ウルリケ!」
良かった。どうやら、婚約者……ホワイト嬢は見つからなかったようだけれど、ベニーチカは無事みたい。
まだ、最後の戦いの
「……ウルリケ」
「……
機械仕掛けの狼を一目見たベニーチカは、無言で首を横に振る。
ウルリケは全身の装甲の隙間から油を垂れ流し、時折、火花が散っている。眼が力なく明滅している。それでもよたよたと立ち上がり、ベニーチカの方へ駆け寄ろうとして、狼はその途中で力尽きるように倒れた。
「……ありがとう、ウルリケ。お疲れ様」
ベニーチカは、ウルリケに駆け寄り、涙を堪えて微笑んだ。狼は最後に一声、大きな遠吠えをして。それきり、眠るように動かなくなった。
そのあと、
「……というわけで、王子様の能力でこうなったんですのよ」
「黄金……錬金術……まさかやっぱり、黄金を作る能力……?」
「黄金を作るだけで、どうしてこんなことになりますの⁉」
ベニーチカが作るものも、時々爆発してはいるけれど。これはその比ではない。
「能力の全貌はわかりませんけど。普通の環境で、
「かく……ゆうごう……?」
さて、何だろう。聞き覚えはないけれど……なんだか知っているような。そんな気がする。
「つまり、ざっくり言うと太陽……お
『お星様が……』
その言葉を聞いた時。何かの最期のスイッチが、頭の奥でカチン、と嵌った気がした。
「えーと、お星様の中では、色々な元素を作り替える反応が起きていて、それでエネルギーを吸ったり出したりしているんですけど……多分、王子様は、
ベニーチカがまた、わけのわからないことを言っている。
けれど、なんだろう。とてもよく、わかる気がする。
「つまり……」
「つまり。核融合の機序に従っているなら、最後に残るのは……」
『人は、死んだらお星様になるのよ。
『人は死んだらお星さまになる……なら、お星さまが死んだらどうなるの?』
幼いわたしは、母に尋ねる。
『それはね……死んだお星さまの中には、鉄が詰まっているんだよ、真理亜』
わたしの、おとうさんの声。これは、仮説の上の話だ。子供に向けてわかりやすく
「……太陽のような恒星の熱核融合反応の反応経路は、水素から始まって、最終的に陽子と中性子の結合が最も安定な
違う世界の記憶。別の世界の知識。今の私の、ふたつ前のわたしの人生が流れ込んでくる。
「……何? え、……誰です? 怖……」
言葉と、意識が噛み合っていく。まるで、彼方を見つめる望遠鏡の
「つまり。確実とは言えないけれど……太陽と黄金をモチーフにした王子様の力に対して、今の
「え、えぇと……原理上はそうかもしれませんけど……そうなのかな……? どうして、そんなことが。ええと、お嬢様……で、いいんですよね?」
「ええ……ただ少し、昔の夢を見ておりましたの」
ずっとずっと昔の夢。もう死んだわたしが、生まれるより前の夢。懐かしい世界の。
「……本当に、大丈夫です? 何がかはわかりませんけど……」
そう言いながら、ベニーチカは心配そうに
「お嬢様、目が、いえ、瞳が……!」
「え……?」
部屋にあった鏡を見る。割れた鏡面に映るのは、激戦で酷く傷ついた今の
本能的に理解する。……そうか、これはきっと、世界の外から来た者の証なのだと。
けれど、矛盾もある。
「……
つまるところ、異世界召喚ではなく異世界転生。私も、おぼろげだけれど、きっとベニーチカと同じ場所の記憶を持っている。
「えっ……えー……?」
「全部終わったら、ゆっくりと話して差し上げますわ」
困惑するベニーチカを見ながら、
「だから、今は参りましょう。もう一度、王子様の
◇
「……戻ってきたのか。立ち向かっても、終わりしか待っていないというのに」
再び玉座の間へと戻った
「ええ、まだ何も終わってはおりませんもの」
距離を取って遠くから王子様を眺める。彼は、変わらずそこにいる。ただ、その身はもはや黄金ならず。鋼の鎧を纏った王子様。
「……こちらも、お揃いの似姿というわけですのね」
「多分あの姿は、出力を
ベニーチカが囁いてくるけれど。どれだけ無尽蔵のエネルギーを使ってこようと、元を絶てば同じこと。
ただ、あの能力は本当に底が見えない。傷を負っても修復される。エネルギー切れに持ち込もうにも、どこまで削ればいいのか見当もつかない。王子様。いえ、今はもう、童話怪人『ミダス』と。そう呼ぶべきなのかもしれないけれど。彼がそう在る限り、勝ち目が見当たらない。
……そう、彼が、そう在る限りは。だから、次に為すべきことは、もう決まっている。
「……ベニーチカ。貴女の力なら、あの人を元に戻せるのではなくて?」
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