5-4

 手を引かれるまま辿り着いたのは、お屋敷の二階へ上がった窓の外のテラス。

 けっこう肌寒いけれど、会場の中の様子も見える好スポット。学校の屋上とか、その手前の階段の踊り場とか。そんな人気ひとけのない場所を思い出す。


「……よかった。あのままだと晒しものよ、貴女」


 そういうわけで、わたしは意図せず彼女と二人きりになった。


「大方、どこかの貴族に騙されて連れて来られたんでしょうけど……良かったわね、酷い目に遭う前で」

「……ひどい目?」


 まぁ、今の段階で既にひどい目と言えばひどい目なのだけど。いまいち、この人がどれの何のことを言っているのかわからない。


「舞踏会って、若者にとってはお見合いだもの。迂闊うかつに何度も踊ったら、知らないうちに結婚することになりかねないわ」

「えぇ……」


 そんな話は聞いていな……いや、お嬢様の座学で聞いた気がしなくもない。「わたしには関係ないし」と忘れていただけで。


「そんなわけだから、ほとぼりがさめるまで、少し話し相手になって頂戴な。ええと……お名前は」

「く……ベニーチカです」

「変わったお名前ね……」

「ちょっと違うんですけど、これで招待されてるので……文句はヴァイスブルク侯爵家に言ってください……」


 なんだかんだあって紹介状でもベニーチカだったので、結局わたしの名前はこういう扱いになっている。あと本名だと、召喚者だとバレるかもしれないし。

 あの地獄レッスンといい、けてるだけでHPが減るコルセットといい、色々犠牲にして危険に晒して乗り込んでいるのだ。ここでこんなことをしている場合じゃない。早く会場に戻って、情報を集めないと……!

 ……と、言いたいところなのだけれど。少し、気になっていることがある。それはつまり、眼の前の彼女が「誰か」ということ。

 わたしが彼女と接触した瞬間に向けられた視線の数は、彼女が最重要人物VIPであることを何より雄弁に物語っていた。だから、粗雑に扱うのはとてもまずい気がする。

 けれど、お嬢様の「貴族リスト」の中には、彼女の特徴に一致する人は居なかった。それでも一人だけ……わたしは、彼女の特徴に当て嵌まりそうな人に心当たりがある。

 顔を上げて、改めて彼女の顔を見つめる。わたしと同じ、黒髪に……少し赤みがかった瞳。うん、多分、間違いない。


「……どうしたの? そんなにじろじろと見て」

「……もしかして、あなた、王子様の婚約者の……」

「あら、ばれてたのね。見かけによらず、抜け目のないこと」

「それはもう、念入りに時間をかけて準備しましたから……」


 そういうことになっているので、用意したプロフィールに合わせて喋る。


「でも、なんでわたしなんかを……? 婚約者様なら、他にいくらでも……」

「だって、あからさまに浮いていて、見ていられなかったし……貴女、召喚者でしょう」


 挙動不審が裏目(?)に……! そして、ば、ばれてる……


「え、あ、なんで……」

「貴人で黒髪は珍しいし、ぽっと出なら嫌でも目立つ。それに……同郷の人間くらいはわかりますとも」

「あ、なるほど……同郷……同郷?」

「ワタシも。日本から来た、召喚者」

「え……えぇーーーっ!!」


 王子様の婚約者が貴族ではない、とは聞いていたけれど。まさか、わたしと同じ召喚者だなんて!!

 容姿の時点で、可能性が頭をよぎらなかったわけではないけれど。本当にまさか……


「あ、内緒にしてね。流石に召喚者が王子様と結婚する、なんてばれたら大変みたいだから」

「あ、は、はい……それはもう……あ、わたしのこともできれば内緒に……」

「それは勿論。数少ない同類ですもの」

「あ、助かります。あの、ところで、そちらのお名前は……」

「ここでは、『ホワイト』で通しているの。それか『婚約者様』」

「ホワイト……シロさん? ハクさん?」

「やっぱり、同じ国だとわかるのね。お友達にはシロと呼ばれてたけど、その辺は好きに呼んで」

「では、ひとまず、こっちの世界ではホワイトさんで……」


 わたしも、お嬢様のノリで付けられた「ベニーチカ」呼びがすっかり定着しつつあるので、なんとなく気持ちはわかるつもりだ。

 同類相哀れむ、という言葉もあるけれど。分かり合えそうな気がする。ちなみに、雷霆勇者あのやろう対象外ノーカンです。


「あの、ここまで大変だったでしょう……」

「別に。王子様はワタシにゾッコンだもの。何でも言うことを聞いてくれるわ……」


 な、なんというか、たくましい……山奥に引き籠ってたわたしとは大違いというか。どうして差がついたのか……慢心、環境の違い……

 だから居心地が悪かったのだろうか? 自分の怠惰を見せつけられるようだったから?


「でも……お城の中は肩がこって仕方ない。王子様はつまんないし、貴族は曲者しかいないし、国の中もなんだか面倒なことになってるし……今回の舞踏会だって、気晴らしに他の国の人を呼ばせたけど、なんだか微妙な感じだし……」

「わ、わかります……貴族の人と付き合うの、疲れますよね……」


 お嬢様を筆頭に、なんというか「濃い」人が多い気がする。立場は違えど、彼女も同じ苦労をしているようだ。

 王子様の新しい婚約者というから、身構えていたけれど。居心地が悪いと感じてもいたけど。もしかしたら仲良くなれるかもしれない。


「でも、貴女は違う。貴女からは、貴族みたいな匂いがしない。まるで、魔法の世界に迷い込んでしまった子猫のよう。それでいて、ワタシと同じ目を持っている。だから連れ出したの」


 ……それは、違う。わたしは、沢山の罪を犯している。ただ、まだギリギリ、この手を血に染めていないというだけ。


「えー、わ、わたしもそれなりに苦労してるんですけど……。こ、婚約者の方って、どんな感じなんです……?」


 でも、そんな返しをするわけにもいかないので。なけなしのコミュ力を絞り出しながら、頑張って相槌を打つ。これで間違ってないよね……?


「なってみてわかったけれど、王子様の婚約者なんて退屈で面倒なだけよ。誰も彼も堅苦しくて、まともに話もできやしない。お人形のふりをするので精一杯」

「そ、そういうものですか……」


 なんか「合わない」な、と。その時わたしは、感じてしまった。これはまるで、元の世界の居心地の悪さを、そのまま持ってきてしまったような。どこかに、見えない溝があるような。

 その感覚を、振り払う。流石に、いくら元の世界にいい思い出が少ないからって、初対面の人にまでそんな風に見るのは失礼だ。

 それよりも。婚約者、というからには。王子様に詳しいに違いない。せっかくの機会。お嬢様のためにも、今は少しでも情報を集めないと……!


「……あの、わたし、王子様のことについて調べてて。秘密なんですけど、何か大きな陰謀に巻き込まれてるかもしれなくて。何か最近おかしなところとか、変わった様子とか、知りませんか?」


 わたしは、意を決して打ち明ける。


「……それが、貴女の秘密?」

「ええ、まぁ……一応」


 お嬢様や童話怪人のことを伏せると、こんな聞き方になってしまったけれど。絶対、お嬢様だったらもっと上手く聞けた筈……!


「つまり、王子様が気になってるのね。可愛い秘密。代わりにワタシも一つ、秘密を教えてあげる」


 クスクスと笑いながら、おどけたように秘密めかしてホワイトさんは言葉を紡ぐ。やっぱり、なんか誤解を招いている……

 ……彼女はきっと、今起きている陰謀も、戦いも、何も知らないのだろう。そうでなければ、こんな笑顔でいられる筈がないのだから。


「即位式は、三週間後。王子様は此処には居ないけれど、今日はそのお披露目も兼ねているのよ」

「あ、ありがとうござい……ます?」

「いいのよ、これくらい。ベニーチカ。貴女も参列して頂けるのかしら? 後で王子様に聞いてみないと」


 そうか。それが、わたしと彼女の違いなのか。戦いに手を染める世界と、そうでない世界。そもそも、同じ異世界に居ながら、別の場所で生きている。だからわたしは、彼女との間に溝を感じていたのか、と。そこまで考えたところで、遠くに聞こえる楽団の演奏テンポが上がる。どこかでどよめきが上がるけど、それ以上の反応はない。

 わたしは、何かが起きたのかと、ホールの中に目を凝らす。

 その中心に居るのは、三人の老人たち。記憶を辿る。お嬢様とスパルタで覚えたところだ!

(王国には、三大公と呼ばれる公爵がおりますの。元はといえば王家の分家筋。国内貴族の最高位と思えば、概ね間違いはございませんわ)

(まぁ、今のご当主たちはお年を召しておられるし……失礼さえ働かなければ、関わってくることは無いとは思いますけれど)

 その、貴族の最高位達が。気が付くと、

 悲鳴を上げそうになり、息を呑む。代わりに出たのは、


「……童話怪人」


 わたし達の敵、その言葉。視線は必然、凶行の犯人の方へと移る。

 凛々しいかんばせ。吊り上がった眉。流れるような銀色の髪。きれいなドレス。三人の首を瞬く間に斬り落とした、氷のような剣。お嬢様と同じ種類の存在感。そして……

 わたしの世界なら、子供でも知っている御伽おとぎばなし。アシェンプテル、またの名を灰かぶりシンデレラ

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