5-3

 舞踏会の当日は、冬らしい曇り空だった。わたしは、馬車の中から空模様を見上げる。

 ちなみに、この馬車はお嬢様の実家に手配して貰ったもの。御者の人も……なんだか侯爵領で見覚えがあるような……というか、わたしの方をチラチラ怯えたような目線で見てくる。なんでかなー? どうしてかなー? ととぼけながら、内心では土下座を繰り返す。


『……なかなか慣れないものですわね、遠くに居るのに声が聞こえるというのは』


 そんな無駄な心理戦を繰り広げていると、耳もとからお嬢様の声が聞こえる。これは、ある種の通信機トランシーバーだ。侯爵領での戦いの反省と、スパルタマナーレッスンのストレスの反動で作ってみたけれど、意外と使えているようで良かった。有効範囲はギリギリのようで、雑音は混じっているけれど。


「……新しく取り付けた、『悪役令嬢テレパス』の調子は問題ないみたいですね。これだけは間に合ってよかったです」


 今回は舞踏会の準備が思ったよりハードだったせいで、間に合った新装備はこれだけ。できることなら、あの機能もモノにしたかったが……時間不足は仕方ない。


『前々から思っておりましたけれど、なんですのその名前……』

「技名でいつも付けてるから、あやかってみたんですけど……お嫌いでした?」


 てっきり、お嬢様の趣味だとばかり思っていたのだけど。


『……そんなことより、ベニーチカ。そちらの調子はいかがかしら? こちらはウルリケともども異常はございませんけれども』

「内臓が出そうです……ちょっとくらい緩めても……」


 ちなみに、ウルリケはお留守番。「鋼鉄魔狼と一緒では、流石に誤魔化しきれませんわ」という正論で、あえなくお嬢様と一緒に会場周辺で待機になった。お土産、タッパーに詰めて帰るからね……


『コルセットはそれくらい締めないと美しくなりませんのよ。お洒落は我慢』

「絶対身体に悪いです……スポブラが懐かしい……」


 帰ったら絶対アイアンコルセットを作ってお嬢様をめよう、と小さく呟く。


『…………では、手筈通りに。ベニーチカは舞踏会へ、わたくしは城の周囲で様子を見ながら待機。何かあれば駆けつけますわ』


 馬車がお屋敷の門を潜る。そろそろ、会場が近づいてくる。ここは、アッシェフェルト侯爵家が王都郊外に持つ別宅……ということらしい。建物はお城に比べればそこまで大きくないけれど、庭はかなり広い。

 手入れにどれだけかかるかわからない生け垣、ところどころにある謎の彫刻、そして……一際目を引くのが、なんだか派手で大きい噴水と、大きな池。

 あの池のデザイン、なんだかどこかで見覚えのある気もするけど……


「ビッ●サイトくらい大きいかも……」

『エルゼの趣味ですわ。まったく、嫌味なこと』


 つい、敷地面積から元の世界の展示場を思い浮かべながら目を奪われていると。


「あの……妖精さんとのお話中、申し訳ございませんが、間もなく到着です」


 とても声をかけづらそうに、御者の人が話しかけてくる。

 妖精さんとのお話? と一瞬考えて気付いたけれど。そうか、この世界、電話とか無いから「悪役令嬢テレパス」を使ってると完全不審者になるんだ。気を付けよう……と心に刻む。会場に入る前に気付けて本当に良かった……と、御者の人に感謝する。



 中庭で馬車を降りる。タラップの段差ステップの角でつんのめりそうになったけど、なんとかこらえる。自分の足で歩くと、スカートの裾が動きづらくて仕方がない。

 屋敷の入口近くで、応対をしている執事? の人にかしずかれて挙動不審になる。招待状を見せて、コサージュの薔薇を貰う。


 ……付け焼刃のマナーレッスンのおかげで、ギリギリ応対できた、ような気がする。ちなみに本来は男性のエスコート必須らしい。「侯爵家で都合する」とも言われたけど、異世界人の場合はゴネれば結構なんとかなるらしいので、ゴネた。トイレ一つ行くにもエスコートが必要とか絶対無理。

 そんなこともあり、参加者だから多少挙動不審でも許されてる(※ 気がする)けど、こんな人の多い空間でビシっと振る舞うの無理だ……使用人あっち側じゃなくて良かった……

 そして、入口から先の広間サルーンは、今まで見たこともないほどエレガントな空間だった。会場は兎も角、居る人間まで違う。強いて言うなら、高級ホテルのロビーとか、結婚式場とか、そういう場所。なんだか比喩を口にするだけで、人生経験の乏しさが漏れ出てくるのを感じる。

 あと、単純に人間が多すぎて、わたしの脳がフリーズしそうになっている。


「まったく、何でこんなに遅くから始めるのやら」

「さてね。の光魔法でも見せつけたいのか。随分と景気が良さそうではあるが」

「相変わらず、魔法や異能の蒐集に余念がないことだ」


 色々な人の話声か漏れ聞こえるけれど。その言葉で、気づいた。


「明るい……」


 元の世界の基準があったせいで、気付くのが遅れてしまった。もうだいぶ遅い時間なのに。この屋敷、町中とは桁違いに明るいのだ。天井には光が灯っている。普通の炎とは違う。かといって白熱灯でも、勿論LEDでもない。化学発光ケミルミネセンスとも違う……と思う。

 これ、多分、だ。

 けれど、誰もそれを気に留める様子はない。此処ここに居るのは、当たり前だけれど貴族が大半。そして彼等は、お嬢様達のように、何かしらの血統魔法を持っている。

 そこまで考えて。ようやくわたしは、ここが異界なのだと理解した。幾ら童話怪人といっても、流石にこんなところで派手な動きはできない……お嬢様も、そんなことを言っていたような、気がする。

 彼等にとっては、魔法は当たり前のものなのだろう。

 けれど、わたしには違う。あんまり周りをきょろきょろ見るのははしたない、と教わったけれど。つい、あちこちに目移りしてしまう。

 辺りを見まわした結果、どうやら、服装や言葉遣いが違う……この国の外から来ている人も居るらしいことがわかった。事前にお嬢様に「異世界人なんてメッチャ目立ちますわ(意訳)」と脅されたせいで、好奇の視線に晒されるのを覚悟したけど……これなら、あんまり目立たなくて良いのかも。

 少し落ち着いたところで、緊張が解けて背景に流れる音楽に気付く。


「あっ、生演奏のフルオーケストラ……」


 フルなのかどうか、よくわからないけれど。楽団が生で音楽を奏でている。学校のブラスバンドくらいしか比較対象がないけれど、何かが段違いなのはよくわかる。

 多少目立たなくなったからといって、わたしがこの空間で異物なのは変わりない。もうすぐダンスが始まる。周りの視線にも気付き、姿勢を正す。

 と、いうより。そこで、自分に向けられている視線にようやく気付いた。

 誰かが、わたしを見ている。

 わたしが挙動不審だから、とかそういうのとは違う、熱のこもった視線。

 見られてるんだから、見返すくらいいいよね? 深淵を覗く時、深淵もまた此方をなんとやらとも言うし。あれ、わたし深淵ってこと……?

 なんて益体やくたいもないことを考えながら、思い切って気配の方向へ振り向くと。

 そこには、妖精がいた。……ファンタジー世界なのでややこしいけれど、種族的には人間だと思う。ただ少なくとも第一印象は、「白い妖精みたいだな」だった。

 おかっぱのような黒髪に、どこか幼さの名残を感じる目鼻立ち。どこか遠くを見ているような、無感情で無反応な赤い瞳。不自然に白い肌と、白いドレス。結婚式の衣装みたいだと、続いてそんなことを思った。

 そして、奇妙な親近感……と、いうよりは。周囲の雰囲気とも相俟あいまった、「ここが彼女の居場所ではない」という、確信めいた異物感。


「あ、あの……」


 わたしが声をかけた瞬間、向けられる視線が十倍以上に跳ね上がったような。


 あの……もしかして、わたし、何かやっちゃいました……?

 なんて、常套句テンプレみたいな台詞が思い浮かぶけれど。視線の圧に、一瞬、心と体がフリーズする。そして、わたしの脳が再起動するよりも前に。


「逃げましょう」


 そんな言葉をかけられて、次の瞬間には腕をつかまれ引っぱられていた。

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