5-2

「……それで、王国貴族のトップには、三大公と呼ばれる公爵がおりますの。元はといえば王家の分家筋。王家を除いた国内貴族の最高位と思えば、概ね間違いはございませんわ」

「へぇーそうなんですねー」


 無理ないこととはいえ、ベニーチカは気もそぞろ。身体の修理や他の作業に集中している。

 ……意識がある状態で修理をされていると、なんだか自分が機械になったみたいで妙な気分だ。おまけに「生前」の話を交えながら、となれば尚の事。自分が中途半端な存在であることを思い知らされるような、そんな気持ちで頭が混乱する。


「主な仕事は王家の補佐。まぁ、今のご当主たちはお年を召しておられますし……失礼さえ働かなければ、関わってくることは無いとは思いますけれど。このあたりを除いた有力貴族の中では、ヴァイスブルクやアッシェフェルトのような侯爵家が最も格が高い、ということになりますわね」

「お嬢様って凄い貴族だったんですね……」

「あのお城を見てそう言えるのは、相当ですわよ……」


 ヴァイスブルクの居城である白亜はくあじょうに比肩する建造物と言えば、王城と、後はアッシェフェルト本家の氷雪要塞コキュートス、それから噂に伝え聞く旧魔王城跡くらいのもの。


「凄いとは思いましたけど、わたしの世界、あのくらいの建物は割とあるので……」

「そうですのね……確かにわたくしも、王子様との婚約で王城を目にするまでは、白亜城に並ぶ建物なんてないと思っておりましたけれど……」


 ベニーチカの世界がどんな魔境なのか、そろそろ逆に気になってしまう。けれど想像しようとするたび、頭の奥に妙な引っ掛かりを覚える。

 身体が修理の途中だからかしら? そういえば、ベニーチカはまた、「新しい機能を入れたい」とも言っていた。妙な不具合が無いと良いのだけれど。


「あの……前から気になっていたんですけど、婚約者って……お嬢様ってどうして王子様の婚約者になったんですか?」

「あんまり面白い話ではございませんわ。一言で済ませるなら、『都合が良かったから』ですもの」

「その辺があんまりピンとこないんですけど……」

「家柄と年齢。政治の都合。お金。あと一応は本人同士の相性。貴族の結婚なんてそんなものですのよ。ことと次第によっては、誘拐まがいのこともございますもの」


 ……わたくしがそう口にすると、なんだか空気が微妙になってしまった。多分、例によって、あまりにも彼女の価値観と違いすぎたのだろう。


「……もののついでですし、今回の主催、渦中のアッシェフェルトの令嬢の話もしておきましょうか。正にその婚約者の件で、わたくしとの因縁もございますけれど……」

「そのあたり、詳しく! お嬢様のライバルなんですよね!! やっぱり、何か痴情がもつれたりとかあったんですか?」


 先程とは打って変わって、食いつきが凄い。


「だから、もつれるも何もございませんわ! どうしてそこで妙なやる気が出ますの⁉ いえ、それは良いことなのですけれど……」

「あの、あと、アッシェフェルトの人もやっぱり何かすごい魔法が使えるんですか⁉ どんなの⁉」

「基本的に『血統魔法』は一家いっか相伝そうでんの秘宝ですのよ⁉ わたくし偶々たまたま幾つか知っておりますけれど、これは例外のようなもので……! た、確かにアッシェフェルトの魔法は強力ですけれど……」

うわさでもなんでもいいので! くわしく! 王子様も何か持ってるんですよね⁉」

「王家の血統魔法なんて、それこそ漏れていたら大変ですのよ⁉」


 テンションがおかしくなったベニーチカに押し切られるように、流されるまま話を続けて。こんな様子で夜も更けていった。

 ……やる気が出たのは本当に良いことなのだけれど。


  ◇


 深夜。


「……起きておりますの?」


 返事がないので、寝台に横たわったまま首を回すと、横にベニーチカの顔があった。どうやら修理の途中で力尽きたらしい。


「ふぁい……寝てます……」

「起きているなら、続きをしてもよろしいかしら?」

「なんだか、話を聞いているうちに頭がぐちゃぐちゃになってきたので。一回寝てリセットしようかなって……」

「そういうことなら、相談に乗りますわよ? 他人に話した方が、気分が晴れるのではなくて?」

「……いえ、その……うーん……色々お話を聞いて、お嬢様、本当に、顔見知りの人と戦っているんだなって、そう思って」


 トーレの家に、アッシェフェルト。あとは一応、あの勇者……サキミ・アカリも。顔見知り同士の騙し合い、殺し合い。こんな戦いは、彼女にとっては異質で野蛮なのかもしれない。


「わたしに、何ができるかはわからないけど。多分、大したことはできないけれど。わたしが頑張れば、そんなことが、少しでも防げればいいなって思って」


 そうか……それが、ベニーチカがどこか急いでいる理由だったのか、と昼間の様子に思い至る。貴女は十分頑張っている、と。そう言えれば良かったのだけれど。多分、彼女が欲しいのは、そんな慰めではなくて。


「そうね、ベニーチカ。こんなのは間違っている。けれど、本当に戦争が起きたり、村や街が焼かれたりするよりは、貴族一人が処断されて事が収まるほうがまだマシというもの。多分、あちらも半分くらいは同じことを考えているでしょう」


 だからこそ、貴族を怪人に仕立て上げ、家を乗っ取ろうとした。お父様を暗殺しようとした。過程で他人を巻き込むのをいとうかどうか、という違いはあるけれど。この異世界は良い悪い以前に、そういうルールで回っている。

 わたくしも、敵も、本質的には同じことをしているのかもしれない。


「正しい、間違ってる、じゃないんです。わたしが悲しい……いえ、わかんないんです。それって、ひとくうじゃないですか」


 出会った頃から、彼女は成長した。自分を出せるようになった。けれど、だからこそわたくしと彼女の物事の捉え方の違いが浮き彫りになる。きっとそれは、どうしようもない差なのだろう。


「わかってほしい、とは申しませんわ。けれど……わたくし達がそういう生き物であることは、どうか覚えておいて欲しいから」


 結局、わたくしがそう言えてしまうのも。多分、今のわたくしが一度終わった人間だから。わたくしは既に王子様の婚約者でもなければ、ヴァイスブルクの娘でもない曖昧な存在。だから、こうして一歩引いた見方ができる。

 ……曖昧なままでもいい。復讐を果たすため、この優しい娘を生かすため。今のわたくしは、戦い続けるだけの機械なのだろうだから。そして、だからこそ。彼女を尊重し、少なくとも同じ方向を向くことができるのだろうから。





  ◇ ◇ ◇


「こんばんは、。ご機嫌麗しく」


 侯爵令嬢……舞踏会の主催者、エルゼ・アッシェフェルトは、スカートをつまみ一礼する。


「うん。エルゼ嬢もアッシェフェルト侯爵の名代、ご苦労」

「王都での活動は、『勝手にやれ』とお父様にも言われておりますもの」


 そう言って、エルゼは王子のすぐかたわらに腰を下ろす。ここは、王城のとある一室。今、ここに居るのは王子とエルゼの二人きり。人払いが済まされ、先日のような婚約者じゃまものも居ない。


「それだけ信頼し、ゆだねられているのだ。精進すると良い」

「どうなのでしょう。ただの無関心なのではないかと思う時もございますけれど」

「確かに。アッシェフェルトが難しい領地なのは承知のこととはいえ、外のことを娘に任せきりなのは如何いかがなものか」

「王子様は、どうなのでしょう?」

「……はて、何のことだろう?」

「今は……どちらを見ておられるのかと」


 エルゼは、王子様に触れるように手を伸ばす。王子は、その手をやんわりと受け止め、おどけて甲に口づけのふりをする。エルゼはそんな態度にも、氷の淑女のかおを崩さない。


「こちらも今は、国の中のことだけで手一杯だ。しかし、うちといえば……そういえば、ヴァイスブルク領の方はどうなったのかな?」

「残念ながら、今一歩のところで。けれど、時間稼ぎは十分。言伝ことづても伝わったかと……あのは、食いついてくるかしら?」


 勿論、招待なんてしていないのだけれど。と、エルゼは思う。けれど同時に、確信もしている。あの娘マーリアはきっと来るだろう。来てしまうだろう。彼女の身体のどれだけが、機械におかされていようとも。今の彼女が何に成り果てていたとしても。


「ああ。きっと来てくれるだろう」


 それは、王子様も同じ意見のようだった。


「それはとても楽しみ……けれどやはり、舞踏会に国の外の方を呼ぶのはまだ早いのではなくて?  婚約者様の件も、内々のお披露目もまだですのに」

「エルゼ嬢の懸念ももっともだが……姫君の強い希望でね」

「……婚約者様の?」


 そこで初めて、エルゼは凛々りりとした眉をひそめる。

 その時、丁度、部屋の扉が開いた。開いた戸の隙間から、ひょっこりと小さな身体と無表情な顔が覗く。ホワイトとかいう名前の、王子様の新しい婚約者。


「失礼、王子様を長いこと借りてしまいましたわね」


 この人形のような婚約者が、何か主張するなんて想像もつかない。てっきり、王子様のおまけだとばかり思っていたのに。


「……けれど、珍しいこともあるものね。雪でも降らないといいのだけれど」

「…………」


 彼女ホワイトは一言も言葉を発さない。人形にでも話しかけているみたい、とエルゼは思う。それとも……彼女ホワイトの方が、人形か何かに話しかけられているとでも思っているのか。


「それではまたいずれ、灰地侯アッシェフェルトの御令嬢。舞踏会、肝心の僕が顔を見せられなくて済まないね」

「いいえ。その後の、この国の未来こそが私の何よりの喜びでございますから。そのための地固めは滞りなく……それでは、、王子様」


 エルゼは最初と同じように一礼し、去っていく。それが別れと知りながら。

 舞踏会の幕が、もう間もなく上がる。

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