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あれが、
そして、その正体は……侯爵令嬢、エルゼ・アッシェフェルト。多分、今回の事件の黒幕。お嬢様のスパルタ教育で真っ先に覚えた特徴は、忘れもしない。
淑女は氷の刃を
「皆様、お楽しみのところ失礼いたします。今宵は我が家の舞踏会にお集まり頂き、誠にありがとうございます。そして……大変申し訳ございません。私も痛嘆の極みではございますが……この国のために、死んで頂きます。せめてどうか、皆々様の最期の時間が、安らかなものでありますように」
その一連の言葉が、最後の
こんな惨劇になるとは思わなかったけれど。或る意味では、想像通りの姿。予想した光景。
アッシェフェルト侯爵家の令嬢は、ある意味では、お嬢様の
(……あれ?)
でも、それって、何かおかしくないか? そんなことが、一瞬だけ頭を
悲鳴を上げる貴族たち。それから、別の国の人。
童話怪人『シンデレラ』が、今まさに彼らを狙っている。
戦いの心得があるらしき貴族が、彼女を目掛けて色々な魔法を放っているけれど……正直、まるで効いていない。かわされるか、氷の剣や蹴りで弾き落とされている。あの氷が、彼女の血統魔法なのだろう。
「……シロさんは逃げてください?」
「シロさん?」
「あ、すみません。つい……」
うっかり本名? で呼んでしまったけれど……気が付くと、わたしの身体は半ば無意識に動いていた。
「お嬢様……お嬢様! 舞踏会が大変です! 童話怪人です‼」
通信でお嬢様に呼びかけながら、階段を駆け降りる。屋敷の中……惨劇の舞台へと舞い戻る。こんなことをしても、何にもならないかもしれないのに。
「えーと……ザイン子爵と御令嬢、ニヒト子爵、レゾン男爵。今すぐ逃げてください、なるべく遠くに!!」
お嬢様のスパルタでやったところだ! 特徴や装いで辛うじて誰が誰だかわかる。呼びかけられた貴族のひと達は名前を呼ばれて一瞬驚き、わたしを見る。そして、それは……彼女も。
「……あら。これは随分と珍しいお客様だこと」
獲物を見定めるように、彼女……シンデレラは
「……なんで、なっ、ななななんでこんなことを」
緊張のしすぎで、ラップみたいになっているけど、気にしない。
「そうね。しいて言うなら……復讐のため、あるいは恋のためかしら」
「なんで」という問いに、彼女は不思議なことを聞かれたかのように答える。
「恋……?」
「
だめだ、話が通じない!!
貴族は、わたし達とは違う、別の論理で動く生き物。それはお嬢様を見て解っていた筈なのに。ここまで話が通じないなんて……それとも、単にこの人がどこか変なだけなんだろうか?
「マーリアのための罠に、別の召喚者が掛かるとは本当は予想外……でも、貴女。お仲間よね? なら貴女をいたぶれば、
視界の端で、狙われた貴族達が、お礼を口にしながら慌てて逃げていくのを見送る。思わず、力が抜けてへたり込む。
お嬢様もウルリケもこの場には居ない。わたしが頼みとしたものは、何も。
目の前には無傷の童話怪人。明らかな選択ミス。でも、そうしなければ。わたしは、もっとわたしのことを嫌いになっていたと思うから。
……そう。わたしは、自分のことが嫌いだった。前の世界でも、この世界でも。いいことなんて少ししかなくて、報われた何倍も傷ついて、心がすり減っていく。
そんなわたしに与えられたのは、命をもてあそび、機械とよりあわせる忌まわしい力。ある意味では、自分が嫌いなわたしに相応しい力。だから、この力も嫌いだった。今よりもまだ未熟だったわたしは、たくさんの悲劇も起こした。けれど。
わたしは、あの光景を覚えている。断頭台を前にして、微笑む彼女を覚えている。そして、彼女の言葉を覚えている。
『
求められたのは、初めてだった。死の間際ですら、笑みを
だから助けた。それで、わたしも、何かになれるのかもしれないと思えたから。
だから、一度は踏み出せた。あの人の大切なものを護るために力を使えた。
だから、今度はわたしも戦わないといけない……いや、やっぱり、あんな相手と戦うのは無理だ。今はウルリケも居ない。ならせめて、諦めてはいけない。
生きるために。遥か先を独り歩くあの人に、恥じないように生きるために。
歯を食いしばる。拳を握って、虚勢を張る。そして、叫ぶ。
「ウルリケ!」
仲間が来る。そう思ってシンデレラが一瞬周囲を警戒したその隙に、わたしは起き上がり、一目散に駆けだした。やっぱり、彼女はウルリケのことも知っている。
「っ……!
靴が痛い。ドレスが邪魔。コルセットがきつい。髪も邪魔。でも、それでも、今は逃げないと。
走っているうちに靴が脱げる。それに躓いて転びそうになる。なんだかわたしの方が、時計に追われるシンデレラみたいだと。そんな場違いなことを思いながら。
◇ ◇ ◇
「幾らなんでも……多すぎですわ」
童話怪人『幸福の王子』と名乗っていた男が爆発する。多少は見知った顔、これで何人目か。
……これは、やはり明らかな罠だ。そんなことは最初から解っている。現に、ベニーチカは今まさにピンチに陥っている。けれど、
「
ごめんなさい、ベニーチカ。辿り着くのは少し遅くなりそう、と途切れた通信の代わりに心の中で謝罪する。
履いて捨てるほどの童話怪人。あと、蛙の姿をした
どうしてか総力で襲ってこないのがまだしも救いだけれど、
考える暇もなく、次の怪人たちが襲ってくる。
「悪役令嬢……ツインスマッシャー!」
両腕が怪人を握りつぶす。
「悪役令嬢ローリングウインチハーケン!」
スカートから伸びる鎖を振り回し、
「悪役令嬢……ツインスティンガー!」
膝蹴りの要領で、怪人を二体同時に射貫く。
時折、怪人たちの中に、どこかで見覚えのある人たちが現れる。そして、現れては、
そう、
靴を手に持った女の子の幻が、「それでいいの?」と
けれど
けれど、舞踏会には彼女が居る。私の助けを待っている。
舞踏会の会場が見える。
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