5-5

 あれが、童話怪人メルヒェン・ファントム・『シンデレラ』。

 そして、その正体は……侯爵令嬢、エルゼ・アッシェフェルト。多分、今回の事件の黒幕。お嬢様のスパルタ教育で真っ先に覚えた特徴は、忘れもしない。

 淑女は氷の刃をほどき、迎賓の礼をる。


「皆様、お楽しみのところ失礼いたします。今宵は我が家の舞踏会にお集まり頂き、誠にありがとうございます。そして……大変申し訳ございません。私も痛嘆の極みではございますが……この国のために、死んで頂きます。せめてどうか、皆々様の最期の時間が、安らかなものでありますように」


 その一連の言葉が、最後の引鉄ひきがね。阿鼻叫喚の始まりだった。


 ふるえながら、遠巻きに相手を観察する。

 こんな惨劇になるとは思わなかったけれど。或る意味では、想像通りの姿。予想した光景。

 アッシェフェルト侯爵家の令嬢は、ある意味では、お嬢様の好敵手ライバルだったであろう人。お嬢様曰く、一連の事件の黒幕。そして、今は童話怪人シンデレラ。

(……あれ?)

 でも、それって、何かおかしくないか? そんなことが、一瞬だけ頭をよぎったけど。眼の前の叫喚きょうかんにすぐに押し流される。

 悲鳴を上げる貴族たち。それから、別の国の人。

 童話怪人『シンデレラ』が、今まさに彼らを狙っている。

 戦いの心得があるらしき貴族が、彼女を目掛けて色々な魔法を放っているけれど……正直、まるで効いていない。かわされるか、氷の剣や蹴りで弾き落とされている。あの氷が、彼女の血統魔法なのだろう。


「……シロさんは逃げてください?」

「シロさん?」

「あ、すみません。つい……」


 うっかり本名? で呼んでしまったけれど……気が付くと、わたしの身体は半ば無意識に動いていた。


「お嬢様……お嬢様! 舞踏会が大変です! 童話怪人です‼」


 通信でお嬢様に呼びかけながら、階段を駆け降りる。屋敷の中……惨劇の舞台へと舞い戻る。こんなことをしても、何にもならないかもしれないのに。


「えーと……ザイン子爵と御令嬢、ニヒト子爵、レゾン男爵。今すぐ逃げてください、なるべく遠くに!!」


 お嬢様のスパルタでやったところだ! 特徴や装いで辛うじて誰が誰だかわかる。呼びかけられた貴族のひと達は名前を呼ばれて一瞬驚き、わたしを見る。そして、それは……彼女も。


「……あら。これは随分と珍しいお客様だこと」


 獲物を見定めるように、彼女……シンデレラはまなこを細める。猛禽もうきんのような力を感じる目つき。侯爵様にも感じた、貴族の眼差し。


「……なんで、なっ、ななななんでこんなことを」


 緊張のしすぎで、ラップみたいになっているけど、気にしない。


「そうね。しいて言うなら……復讐のため、あるいは恋のためかしら」


 「なんで」という問いに、彼女は不思議なことを聞かれたかのように答える。


「恋……?」

他人ひとの恋路を邪魔するなら、馬に蹴られましてよ」


 だめだ、話が通じない!!

 貴族は、わたし達とは違う、別の論理で動く生き物。それはお嬢様を見て解っていた筈なのに。ここまで話が通じないなんて……それとも、単にこの人がどこか変なだけなんだろうか?


「マーリアのための罠に、別の召喚者が掛かるとは本当は予想外……でも、貴女。お仲間よね? なら貴女をいたぶれば、あの娘マーリアのお話が聞けるのかしら?」


 視界の端で、狙われた貴族達が、お礼を口にしながら慌てて逃げていくのを見送る。思わず、力が抜けてへたり込む。

 お嬢様もウルリケもこの場には居ない。わたしが頼みとしたものは、何も。

 目の前には無傷の童話怪人。明らかな選択ミス。でも、そうしなければ。わたしは、もっとわたしのことを嫌いになっていたと思うから。


 ……そう。わたしは、自分のことが嫌いだった。前の世界でも、この世界でも。いいことなんて少ししかなくて、報われた何倍も傷ついて、心がすり減っていく。

 そんなわたしに与えられたのは、命をもてあそび、機械とよりあわせる忌まわしい力。ある意味では、自分が嫌いなわたしに相応しい力。だから、この力も嫌いだった。今よりもまだ未熟だったわたしは、たくさんの悲劇も起こした。けれど。


 わたしは、あの光景を覚えている。断頭台を前にして、微笑む彼女を覚えている。そして、彼女の言葉を覚えている。


わたくしにも、同じように戦う力をくださいな』


 求められたのは、初めてだった。死の間際ですら、笑みをこぼし。死んですらも、正義を求める。あんな眩しい人に。

 だから助けた。それで、わたしも、何かになれるのかもしれないと思えたから。

 だから、一度は踏み出せた。あの人の大切なものを護るために力を使えた。

 だから、今度はわたしも戦わないといけない……いや、やっぱり、あんな相手と戦うのは無理だ。今はウルリケも居ない。ならせめて、諦めてはいけない。


 生きるために。遥か先を独り歩くあの人に、恥じないように生きるために。

 歯を食いしばる。拳を握って、虚勢を張る。そして、叫ぶ。


「ウルリケ!」


 仲間が来る。そう思ってシンデレラが一瞬周囲を警戒したその隙に、わたしは起き上がり、一目散に駆けだした。やっぱり、彼女はウルリケのことも知っている。


「っ……! 虚言ブラフですの……!」


 靴が痛い。ドレスが邪魔。コルセットがきつい。髪も邪魔。でも、それでも、今は逃げないと。

 走っているうちに靴が脱げる。それに躓いて転びそうになる。なんだかわたしの方が、時計に追われるシンデレラみたいだと。そんな場違いなことを思いながら。



  ◇ ◇ ◇


「幾らなんでも……多すぎですわ」


 童話怪人『幸福の王子』と名乗っていた男が爆発する。多少は見知った顔、これで何人目か。わたくしは顔をぬぐい、前を向く。

 ……これは、やはり明らかな罠だ。そんなことは最初から解っている。現に、ベニーチカは今まさにピンチに陥っている。けれど、


此方こちらも……どうやら想像以上の大歓迎のようですわね」


 わたくしの方にまで、これ程の「準備」をしているとは思わなかった。

ごめんなさい、ベニーチカ。辿り着くのは少し遅くなりそう、と途切れた通信の代わりに心の中で謝罪する。

 履いて捨てるほどの童話怪人。あと、蛙の姿をした雑兵ぞうひょう。前回、勇者と戦った時とはまるで違う。幾ら王都、幾ら舞踏会といえど、ここまでの戦力を用意しているなんて。

 どうしてか総力で襲ってこないのがまだしも救いだけれど、わたくしも、一緒に戦ってくれているウルリケも手一杯。余程準備に時間をかけたのか、それとも……

 考える暇もなく、次の怪人たちが襲ってくる。


「悪役令嬢……ツインスマッシャー!」


 両腕が怪人を握りつぶす。能力ちからそのものは厄介だが、人間味をあまり感じない。あの『狩人』のような、無機質な力。それでも、数が揃えば脅威になりる。


「悪役令嬢ローリングウインチハーケン!」


 スカートから伸びる鎖を振り回し、独楽こまのように回る。

 アンカーが童話怪人を切り裂き、鎖が足を絡め捕る。ウインチを巻き取り、そのまま引き摺る。


「悪役令嬢……ツインスティンガー!」


 膝蹴りの要領で、怪人を二体同時に射貫く。

 時折、怪人たちの中に、どこかで見覚えのある人たちが現れる。そして、現れては、わたくしに殺される。幻なのか、それとも現実なのか。次第にあやふやになっていく。

 そう、此処ここは悪夢の舞踏会。此処ここが今のわたくしに相応しい居場所。果てるまで踊り、殺戮を続ける。

 靴を手に持った女の子の幻が、「それでいいの?」とわたくしに問いかける。

 けれどわたくしは誰で、何なのか。もう、それすらも曖昧で。侯爵令嬢なのか。ただの死人しびとなのか。物語に潜む亡霊なのか。遠くの誰かの残滓なのか。それともこれは、はがねからだが見ている夢に過ぎないのだろうか?

 けれど、舞踏会には彼女が居る。私の助けを待っている。

 わたくしは血の河を越えて、屍の山を築いて、そして彼に、王子様に再び会いに行く。そう決めたから。それだけは、今と同じわたくしが決めた真実だから。


 舞踏会の会場が見える。十二時つぎのひが近づく。

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