3-6 (三章終)
勇者が倒れ、我に返れば、視界のあちこちが赤く染まっている。『ラプンツェル』の時のカウンターのような表示が、色んなところで警告を発している。
「ほ、本当に、倒しちゃったんですね……というか、まだ生きてます、これ?」
ベニーチカが駆け寄ってくる。
「……多分、生きております、わ」
壊れかけの
別に、手加減をしたつもりはない。単に、久々の魔法が不発だったのか。それとも無意識に手心を加えてしまったのか。あとは、勇者が単純に頑丈だとか。どれが理由なのかはわからない。
「それで、どうするんですの?
ベニーチカにとっては、憎い相手だろう。けれど、だからこそ。彼女が赦されるなら。勇者もまた、赦されなければならないと、
何故なら、彼女の沈黙と、震える手が。彼女の矛盾と葛藤を何よりも雄弁に物語っているのだから。黙する彼女と同じように。王都もまた静寂を取り戻し、静まり返っている。
……静まり返って、いる……? そのことに、
ここは王都だ。この国の中枢だ。幾ら腑抜けていようと、真夜中であろうと。これだけの激戦を繰り広げて。誰も、何も反応しない、というのは有り得ない。普通なら、衛兵ぐらいはやってくる。たとえ仮に、勇者が「邪魔をするな」と釘を刺していたとしても。
「……わたし、
「……急ぎで撤退しますわ、ベニーチカ!」
「えっ、ど、どうしたんですか急に⁉」
恐らく、この一角そのものに人払いが済まされている。つまり……この舞台は、敵によって仕組まれたものだったと考えるべきだ。
最悪の可能性を考える。敵は、意図的に
なら、次にすることは決まっている。多少なり傷ついた「勝った方」に、追手を差し向けること。そうなる前に、逃げるに限る。
「あっ、ま、待って! でも、せめてあの勇者の剣とか回収したい! あと一発殴りたい!」
「そんな時間はございませんことよ!」
「貴重なのにいぃぃ!」
ベニ―チカを肩に抱え、最後の力で
◇ ◇ ◇
勇者は、青年サキミ・アカリは、傷ついた身体を引き摺りながら暗い街路を歩む。身体の中に残された雷の力は、もう残り少ない。いまだ未来の
「弱きをいたわる心……か。綺麗ごとを言いやがって」
身体を雷に変化させていなければ、即死だったのではないかと考えながら。敵だった者の言葉を思い返す。そして、嘗ての世界の日々を思い出す。
どちらの世界も、決して良いことばかりではなかった。けれど、この世界に来る前は、自分が誰よりもそうされたいと。誰かに、手を差し伸べられたいと。そう願っていた筈なのに。いつの間にか、その「綺麗ごと」を忘れてしまっていた。それを思い出せたなら、認めたくはないことだが、この戦いの価値はあったのだろう。
魔王が昔々の
その答えはひどく単純で、残酷だ。未来のため。世界のため。正義のため。明日の暮らしのため。自分と同じ召喚者を、その手にかけてきたから。
皆、この世界からはみ出してしまっていた。魔女のように、与えられた力に振り回される者。ただ欲望のまま、世界を蹂躙する者。或いは、単に自暴自棄になって暴れる者。
勇者なんて、きっと最低の商売だと彼は思う。そうでなければ、耐えられないから。だから、とうに彼は壊れてしまっていたのかもしれない。それでも。
『
国のため、世界のために、理不尽に命を奪われた者。全てを呪ってもおかしくない存在。それが、あんなに気高く笑えるなんて。そして、
「しかし……魔女が、あんな風に笑うたぁな」
同じ召喚者である筈の、彼女の笑みを思い出す。
最初は使い魔の類だと思っていた、死んだ筈の侯爵令嬢。どうやら、彼女があの魔女の騎士のような役目をしているらしい。
あの魔女の力は、危険だ。その意見は変わらない。けれど、突き詰めて考えればこの世に危険でない力などない。転生者の異能、貴種の魔法。どれも等しく、世界を揺るがす凶器になる。
なら……大切なのは、それを
「どうか。あの人の嘆きが、報われますように……ってか」
いつか、この国の王子が言っていたことを思い出す。
国などどうでもいい。世界などどうでもいい。ただ、どうか。この世界が、この夢が。同じ異界から来た者たちにとって、少しでも善きものとして続きますように。
◇ ◇ ◇
決戦の地よりほど近い王城。城のテラスで、三人の男女がその戦いの結末を見届けていた。一人は王子。一人は、その新しい婚約者。そして、もう一人は……
「……ヴァイスブルクのご令嬢は、魔女と一緒に退きましたわ」
さる貴族の令嬢。
「気付かれてしまったか。全く、邪魔するまいとしたことが、逆に邪魔になってしまうとは」
王子は特に気にする風でもなく、肩をすくめる。
「だから、命じて下されば私が出ましたのに」
「君の出番はまだ先だよ、灰地侯の御令嬢。それに、旅の疲れもあるだろう?」
「それはそう。けれど、それよりも……いいのかしら? とどめを刺さなくて」
「どちらに?」
「勿論、勇者様の方」
「別にいいさ。力を失った邪魔者なんて、放っておいても構わない。そうだろう?」
そうして、王子の婚約者、人形のような少女も、その言葉にコクリと頷く。
「相変わらず、わからないものですのね、王子様のシュミ」
令嬢は、そう言って端正な顔を微かに歪める。
「助けを求める人に手を差し伸べたい。誰かの嘆きに報いたい。求めるものは、それだけだよ」
王子は、そう言って婚約者の髪を撫でる。
「彼は、まだ自分の意志で歩いている。だから、僕達の『手助け』は必要ないのさ」
それは、誰もが願うこと。弱きものに手を差し伸べたいと。
世界が、そう優しくあれば良いのにと。
それは、彼等、彼女等であっても。例外ではない。
ただ、きっと。その根底にある
◇ 第三章『魔女の章』 完◇
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