3-6 (三章終)

 勇者が倒れ、我に返れば、視界のあちこちが赤く染まっている。『ラプンツェル』の時のカウンターのような表示が、色んなところで警告を発している。


「ほ、本当に、倒しちゃったんですね……というか、まだ生きてます、これ?」


 ベニーチカが駆け寄ってくる。


「……多分、生きております、わ」


 壊れかけのわたくしの視界に出てくる情報を信じるなら、ですけれど。

 別に、手加減をしたつもりはない。単に、久々の魔法が不発だったのか。それとも無意識に手心を加えてしまったのか。あとは、勇者が単純に頑丈だとか。どれが理由なのかはわからない。


「それで、どうするんですの? かたきをとりますの?」


 ベニーチカにとっては、憎い相手だろう。けれど、だからこそ。彼女が赦されるなら。勇者もまた、赦されなければならないと、わたくしは思う。しかし、それを口にするのは野暮というものだろう。

 何故なら、彼女の沈黙と、震える手が。彼女の矛盾と葛藤を何よりも雄弁に物語っているのだから。黙する彼女と同じように。王都もまた静寂を取り戻し、静まり返っている。


 ……静まり返って、いる……? そのことに、わたくしは背筋が寒くなる。

 ここは王都だ。この国の中枢だ。幾ら腑抜けていようと、真夜中であろうと。これだけの激戦を繰り広げて。誰も、何も反応しない、というのは有り得ない。普通なら、衛兵ぐらいはやってくる。たとえ仮に、勇者が「邪魔をするな」と釘を刺していたとしても。


「……わたし、かたきをとっても、あの子たちは喜ばないと思うから……」

「……急ぎで撤退しますわ、ベニーチカ!」

「えっ、ど、どうしたんですか急に⁉」


 恐らく、この一角そのものに人払いが済まされている。つまり……この舞台は、敵によって仕組まれたものだったと考えるべきだ。

 最悪の可能性を考える。敵は、意図的にわたくしと勇者を潰し合わせた。もし、例えばこの戦いを童話怪人が邪魔していれば、わたくしと勇者が手を組んだかもしれないから。そうでなくとも誰かが割って入ってくれば、わたくしが逃げたかもしれないから。

 なら、次にすることは決まっている。多少なり傷ついた「勝った方」に、追手を差し向けること。そうなる前に、逃げるに限る。


「あっ、ま、待って! でも、せめてあの勇者の剣とか回収したい! あと一発殴りたい!」

「そんな時間はございませんことよ!」


 わたくしも、いつ動けなくなるかわからない。今この瞬間も、よくわからない液や部品が少し身をよじっただけでボロボロとこぼれ落ちていく。あの……これ、本当に大丈夫なのかしら……?


「貴重なのにいぃぃ!」


 ベニ―チカを肩に抱え、最後の力でわたくしは駆け出す。いつの間にか復活したウルリケが、わたくしの後からついてくる。……もしかして、実は途中から死んだふりだったのではないかしら、と少し疑いながら。わたくし達は夜の王都を逃げるように後にする。



  ◇ ◇ ◇


 勇者は、青年サキミ・アカリは、傷ついた身体を引き摺りながら暗い街路を歩む。身体の中に残された雷の力は、もう残り少ない。いまだ未来の明かりでんきによって照らされぬこの世界の夜の闇は、暗く、深い。


「弱きをいたわる心……か。綺麗ごとを言いやがって」


 身体を雷に変化させていなければ、即死だったのではないかと考えながら。敵だった者の言葉を思い返す。そして、嘗ての世界の日々を思い出す。

 どちらの世界も、決して良いことばかりではなかった。けれど、この世界に来る前は、自分が誰よりもそうされたいと。誰かに、手を差し伸べられたいと。そう願っていた筈なのに。いつの間にか、その「綺麗ごと」を忘れてしまっていた。それを思い出せたなら、認めたくはないことだが、この戦いの価値はあったのだろう。

 魔王が昔々の御伽噺フェアリーテイルの向こうに去った世界で、如何いかにして彼が勇者と呼ばれるまでに至ったか。

 その答えはひどく単純で、残酷だ。未来のため。世界のため。正義のため。明日の暮らしのため。自分と同じ召喚者を、その手にかけてきたから。

 皆、この世界からはみ出してしまっていた。魔女のように、与えられた力に振り回される者。ただ欲望のまま、世界を蹂躙する者。或いは、単に自暴自棄になって暴れる者。

 勇者なんて、きっと最低の商売だと彼は思う。そうでなければ、耐えられないから。だから、とうに彼は壊れてしまっていたのかもしれない。それでも。

わたくし、悪役には少々覚えがありますの』

 国のため、世界のために、理不尽に命を奪われた者。全てを呪ってもおかしくない存在。それが、あんなに気高く笑えるなんて。そして、


「しかし……魔女が、あんな風に笑うたぁな」


 同じ召喚者である筈の、彼女の笑みを思い出す。

 最初は使い魔の類だと思っていた、死んだ筈の侯爵令嬢。どうやら、彼女があの魔女の騎士のような役目をしているらしい。

 あの魔女の力は、危険だ。その意見は変わらない。けれど、突き詰めて考えれば。転生者の異能、貴種の魔法。どれも等しく、世界を揺るがす凶器になる。

 なら……大切なのは、それを如何いかに律するかなのだろう。己の力を律し、正しく使う彼女が魔女の傍に居る限り。目はある。


「どうか。あの人の嘆きが、報われますように……ってか」


 いつか、この国の王子が言っていたことを思い出す。

 国などどうでもいい。世界などどうでもいい。ただ、どうか。この世界が、この夢が。同じ異界から来た者たちにとって、少しでも善きものとして続きますように。




  ◇ ◇ ◇


 決戦の地よりほど近い王城。城のテラスで、三人の男女がその戦いの結末を見届けていた。一人は王子。一人は、その新しい婚約者。そして、もう一人は……


「……ヴァイスブルクのご令嬢は、魔女と一緒に退きましたわ」


 さる貴族の令嬢。豪奢ごうしゃなドレス姿の淑女は、遥か遠くの戦いを見てそう告げた。


「気付かれてしまったか。全く、邪魔するまいとしたことが、逆に邪魔になってしまうとは」


 王子は特に気にする風でもなく、肩をすくめる。


「だから、命じて下されば私が出ましたのに」

「君の出番はまだ先だよ、。それに、旅の疲れもあるだろう?」

「それはそう。けれど、それよりも……いいのかしら? とどめを刺さなくて」

「どちらに?」

「勿論、勇者様の方」

「別にいいさ。力を失った邪魔者なんて、放っておいても構わない。そうだろう?」


 そうして、王子の婚約者、人形のような少女も、その言葉にコクリと頷く。


「相変わらず、わからないものですのね、王子様のシュミ」


 令嬢は、そう言って端正な顔を微かに歪める。


「助けを求める人に手を差し伸べたい。誰かの嘆きに報いたい。求めるものは、それだけだよ」


 王子は、そう言って婚約者の髪を撫でる。


「彼は、まだ自分の意志で歩いている。だから、僕達の『手助け』は必要ないのさ」



  それは、誰もが願うこと。弱きものに手を差し伸べたいと。

  世界が、そう優しくあれば良いのにと。

  それは、彼等、彼女等であっても。例外ではない。

  ただ、きっと。その根底にある前提ものが、どうしようもなく違うだけ。



◇ 第三章『魔女の章』 完◇

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