最終章 王子の章
6-1
……あの舞踏会の日から、国の中は滅茶苦茶だった。
貴族の長である三大公を初め、少なくない数の貴人達が姿を消して。周辺の国々から舞踏会に参加していた人々にも犠牲が出た。アッシェフェルト本家は『舞踏会に武装勢力の襲撃があったが鎮圧した』という旨の報告をして以降は表向き沈黙を守り、ヴァイスブルク侯爵家、そしてベニーチカのお陰で生き延びた貴族達はそれに反発している。けれど、舞踏会に直接参加していない有力貴族は、困惑に近い静観を決め込んでいる者も多いらしい。
その混乱の中、国王様まで行方不明になったという噂も流れている。もはや、今の王政に見切りをつけ、王子様が新しく王に即位することを望んでいる人も多い。けれど……
「……エルゼは、この状況を作ろうとしたのでしょうね」
新しい
「……お嬢様は、これからどうするんですか?」
ベニーチカが不安そうな顔で尋ねてくる。ベニーチカが王子様の新しい婚約者、ホワイト嬢から聞き出した情報……即位式の日取りが、ここから先の唯一の道標。
「即位式を止める。王子様が国王の座につく前に、何としても」
陰謀はまだ、終わっていない。エルゼ達は国を私物化しようと企み、貴族たちを洗脳・改造していた。そして、舞踏会で虐殺を行い、邪魔者を一掃した。後は、即位式という最後の仕上げが残るだけ。
……いくら混乱の
即位式の日取りは、これ以上早めようはないと思うけれど……止めるための猶予はもうあまり残されていない。
そして、そのためには……王子様を手にかけなければならないかもしれない。
「だから、お嬢様が背負うんですか。婚約者だったのに」
「何度も言っているでしょう。貴族の婚姻は、家同士のもの。個人の情は関係ありませんわ」
その言葉に偽りはない。嘗ての
「……なら」
言葉にされなくても、わかる。どうして、そんなに辛そうなんですか? と。彼女は問うている。ベニーチカは、そのことを悲しいと言ってくれたから。
「……それでも、行くんですか?」
「ええ。参りましょう、王城へ。王子様の
確かなのは、即位式までに全てを終わらせなければならないこと。
これは陰謀の話ばかりでもない。舞踏会の事件を受け、混乱を憂いたヴァイスブルク本家が本当に兵を
「なら、わたしも付いていきます‼」
「ベニーチカ……」
今まで、幾度となく彼女を戦場に連れ出してきたけれど。今度という今度は、流石に危険だ。それは、例えば
「……できることなら貴女には、ヴァイスブルクに保護を求めて頂きたいのだけれど」
それどころか、この国で召喚者として社交界にデビューを果たし、舞踏会で貴族達の命を救い、
何故、今更……
「救うためです」
「救う……?」
ベニーチカは、まっすぐに私を見て告げる。
救う。誰を、何を。もしかして……
「……王子様の、今の婚約者の方。シロさんって言うんですけど。舞踏会でお会いしました。わたしと同じ、召喚者です」
「……そう」
決して、意外なことではなかった。
「王子様が居なくなれば、あの人にも何が起こるかわからないなら…… 」
同郷の人間を放っておけない、と。言葉にすればその程度の話なのかもしれないけれど。その覚悟は重い。確かに、アッシェフェルトの目論みも瓦解した今、あの婚約者は王子様の後ろ盾のみで今の地位を得ているようなもの。その
「
「あの、それは、これから考えますけど……」
彼女は、本当に強くなった。最初に出会った時は、
それでも、彼女の
もしも彼女が
だから、
「ええ。では、考えるとしましょうか。今回も……一緒に」
と。
◇
即位式、二週間前。
「侵入は、即位式の前日。参列する貴族の警備が城内に入る直前を狙いますわ。ヴァイスブルクの挙兵の段取りを考えても、そこがタイムリミットでしょう」
王城の防御力はヴァイスブルクの城に勝るとも劣らない。少しばかり街との距離が空いているのが救いだけれど……その分、城内には近衛をはじめ警備が多く詰めているだろう。
王都への侵入だけなら兎も角、城の中まで正攻法で犠牲を出さずに入り込むのは不可能に近い。ヴァイスブルクに忍び込めたのは、
「問題は、どうやってお城へ攻め入るかですけど……お嬢様は、何かアイデアあります?」
なので色々、考えはした。近衛騎士に紛れるとか、参列の貴族に便乗するとか、城の非常用脱出路を使うとか。ベニーチカに即位式に出て貰い、手引きして貰う案も考えたけれど……王家に近い近衛の人間や高位貴族には、
だから、思いついたのは……あまりに
「そうね。
とはいえ、何も完全に荒唐無稽な話というわけではない。
ベニーチカもきっと、多分前々から似たようなことを考えていたのだとは思う。だから、シンデレラの舞踏会で使った機能のように、
案の定、
「わたしとお嬢様が考えて、同じ結論に至ったということは……今はこれが最善なんでしょうね」
覚悟を決めたように、そう言った。
「けれど、空を飛ぶ、と言ってもどうやって……?」
「詳しく説明します」
彼女が持ってきたホワイトボードに描かれたのは、
「前にもお伝えした通り、お嬢様の身体に組み込んだ飛行に関する機能。通称『悪役令嬢スカートフレア』と『悪役令嬢サイクロン』は未完成です。移動できるのはせいぜい数十メートルと思ってください」
「メートル?」
「……あー、王城に空から突入するには、百倍くらいの推力が必要、ってことです。新型推進機の製造は、理論上は可能ですが……」
「理論上、というのは? できるのかしら?」
「今日に限っては、『使える』って意味です」
そう言って、ベニーチカはホワイトボードに大きな四角を書き足す。
「外付け式の、使い捨て液体燃料ブースターを新造します。
「テンション高くありませんこと?」
「三徹めなので……」
「寝なさいな」
言われてみると、だいぶベニーチカの顔色も良くない気がする。
「それで結局、その……インなんとかは、どういうものなんですの?」
「まぁ、一言でいうと……『ロケット』です」
◇
そんなこんなで、即位式の五日前。
「これが、ロケット?」
ベニーチカが作ったのは、
いくら、今借りているのが郊外の別荘とはいえ、目立ちすぎではないかと思うのだけれど……
「悪役令嬢インパクト……もとい、ロケットパンチのロケットです。
ベニーチカが数字を数えてボタンを押すと、柱が下側から煙を噴き出し、地面からゆっくりと離昇する。
……
「……爆発しておりますけれど」
「……大丈夫、下に落とすわけには行かないので、自爆させてるだけですから」
「不安ですわ……」
なお、この件は、ベニーチカが侯爵家に手をまわして貰い、必死で誤魔化した。
◇
即位式二日前。作戦決行、前日。
「……できました」
「そこまで、
素晴らしい一張羅ですわ、と言おうとして、今更取り繕っても仕方ないと正直な感想を口にする。
「お嬢様も義体に徐々に慣れてきているので、
そう言われてみれば、見た目は変わらないけれど……今まで以上に馴染む、ような気がする。
「なら、
これが、
◇
……そして、作戦当日。
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