4-9

 空へ打ち上げられた光点の方角を見て、わたくしは全てを察した。


「……どこまでふざけた敵ですの」


 別荘で見つけたお城の図面。あれは、「城の中で標的を暗殺をする」のではなく。「城の中に潜んで狙撃の機会を伺う」ための図面だった、ということだ。

 ……そういえば。わたくしが最初に撃たれたのも、「あの城が見えた時」だった、と思い出す。敵は、同じ場所に居る。

 お陰で、今のわたくしの体は、あちこちがぎ。包帯だらけの人形の体の上に、無理やり装甲を貼り付けている……とはいえ、あしについてだけは、軽い分、普段より早いかもしれないのが今は救いだった。

 意を決し、山の斜面を一気に駆け降りる。

 ベニーチカの派手な仕込みのせいで、山肌はガタガタになっている。そして当然と言うべきか、罠もまだ山のあちこちに張り巡らされたまま。けれど、それはあくまで獣や普通の人間を相手にしたもの。そんなものは、わたくしにはなんの意味もない。

 落とし穴を踏みつぶし、足けのワイヤーを無理やり千切り、トラップの爆発を堪えながら進む。問題は、森が切れた先。お城までの市街地は、どう足掻いても人目に触れる。


「…………っ! ごめんあそばせ!」


 けれどもう、気にしている余裕はない。細い路地を駆け、建物の屋根の上を跳び、そのまま城へと直線に突き進む。

 途中、何かに気付いて上を見上げたらしい街の住人と、一瞬目が合った。


「……あれ、もしかして、ご令嬢じゃないか……」

「は……⁉ いや、そんなまさか……そら飛んでる……」

「とうとう、俺達までボケが始まったのか……」

「俺、酒はしばらく控えるよ……」


 そんな会話が聞こえた気もするけれど、幸い、騒ぎになる様子はない。なんだか、また妙な噂話を増やしてしまった気もするけれど、今はそれどころでもない。

 白亜の城が近づいてくる。街と城の間には、高いへいとおほりがある。少し迷ったけれど、べる高さを増やすため、貼り付けた装甲をてる。

 力を溜めて、わたくしぶ。

 城の壁に、鎖を巻き付け杭を打ち刺し、死に物狂いで登り進む。

 一番高い尖塔に作られた小部屋。そこに、それはあった。

 もはや、「いる」というより「ある」という表現の方が近い、鎧に覆われた巨躯の男。身の丈は普通の人間の二倍を越え、左腕から肩までが、巨大な『銃』と一体化している。下半身に至っては、無秩序に並んだがらくたの山に完全に覆われている。

 わたくしの知る限り、あんなことができる血統魔法は存在しない。多分、召喚者の異能チートですら。


「……童話怪人……」

『嬢ちゃんや。繧「繝?す繧ァ繝輔ぉ繝ォ繝の森は怖いところだよ』


 雑音混じりの声。人の声だけれど、人間が発したものではないような不気味な旋律せんりつ


此処ここは、もう森ではございませんのよ……」


 言葉に力を込めようとしても、上手く行かない。あれは、なんだろう? シナルは少なくとも自我があった。同じ童話怪人? 何が違う?

 いや……そもそも、此処ここまで理性をくした童話怪人が、こんな敵地の只中に独りで潜伏するなんて出来ない筈。誰かが城の中まで手引きした? アッシェフェルトが絡んでいるにしても、一体誰が、どうやって?

 その不気味さに思わずひるんだわたくしを、銃口が捉える。


「まずっ……!」


 この土壇場で、気を抜いて過ちを犯した。この空間で、あの銃を向けられたら、避けられない。まして、今は装甲よろいの大半をてているのに……!



  ◇ ◇ ◇


 爆発音と共に、遠くに見える城から火の手が上がる。


「……やった……?」


 多分、侯爵様を狙っていた狙撃手は、やはりあそこに居たのだろう。けれど……今回は少し様子が違う。敵が自爆でもした……?

 嫌な予感と、嫌な汗。犯人が倒されたか、まだ戦っている途中なのか。そのどちらかなら問題はない。けれどもし、お嬢様が戦えない状態になってしまっていたら……?

 そして一つ、計算外の出来事があった。侯爵様の馬車馬と護衛の馬が、攻撃のショックとウルリケがうろついているストレスで混乱し怯えているのだ。すぐには動けない。

 煙幕スモークも薄れはじめている。自律防御も、同じ場所ではもう使えない。今、狙われれば避けられない。侯爵様だけ逃がそうにも、森はさっきの防御で地形がガタガタだし、トラップで一杯だ。

そしてわたしの心の中は、「逃げたい」「おうちに帰りたい」という気持ちで一杯で。ただ、もう「逃げられない」という事実だけが、冷たくそこに横たわっている。


「でも」


 でも……あの人は、あんなにボロボロになっても、諦めなかった。

 なら、わたしも、わたしに、できることを。今度はわたしがボロボロになる番だ。そう思って頭巾を解き、意を決して一歩足を踏み出す。ウルリケもわたしの後に続く。

 わたしが、囮になると。自分で志願したのだから。責任は、きちんと取らないと。


「……私を、殺しに来たのではないのかね?」


 ようやくショックから立ち直った侯爵様は、不思議そうに疑問を口にした。今度こそわたしは、本当の目的を告げる。


「いいえ、あなたを守りに」


 その言葉に侯爵様が護衛の人たちを制止し、わたしに尋ねた。


「君は、誰だね?」


 お嬢様が生きていることは知られてはならない。だから、わたしもなるべく正体を隠さなければいけない。それは理解わかっている。けれど、それでも。わたしは、誰のおかげで今此処ここに居るのか。それだけは、この人に伝えられたらと思った。

 防毒マスクを外し、顔を晒す。煙が肺に入り、少し咳き込む。時間がなかったので、ひとまず「煙が出ればいい」という調合にしたせいだ。

 そして、気を取り直し。侯爵様に向き合って、


「わたしは、紅 一叶。お嬢様……マーリア・ヴァイスブルク侯爵令嬢の、お友達です」


 わたしはそう、高らかに名乗りを上げた。



  ◇ ◇ ◇


 狩人は、目を見張った。改造により増強された視界の入力情報が脳を焼く。

 一度目の狙撃は、失敗した。何者かによって防がれた。それは事実。、狙撃の妨害者と関係があるのかもしれないが。それは彼にとってはどうでも良いことだ。

 今、重要なこと。まだらに煙に覆われた視界に映るのは、見紛いようのないその姿。鋼鉄魔狼。そして、変生の魔女。まだ、彼が「こう」なる以前、仕留め損なった標的。

 彼は、失敗の理由を理解した。


過去バックログ解析。標的更新。第一優先目標、召喚者『魔女ヘクセ』合致度80%。第二優先目標、『ヴォルフ』合致度68%を再発見……排除開始』


 それは、狩人としての執念か。まだ、彼が人だった頃の慚愧であるのか。

心を巡るのは、彼のお嬢様のこと。けれど、その忠誠を。一瞬、妄執と矜持とが上書きをする。

 嘗て幾度か、狩人はあの狼を仕留め損なった。一度仕留め損ねた時は、鋼鉄魔狼として蘇り、災いを降りまいた。最後に仕留め損ねた時、勇者の山狩りによって、彼は忠誠以外の何もかもを喪った。もう一度の機会はないと、諦めていた。けれど運命は、その奇貨を彼の前にもたらしてくれた。狩人は災厄の狼に狙いを合わせる。今度こそは、確実に。魔獣と魔女を葬り去るために。


『お嬢様のために』


 ……わかっている。そんなものは、言い訳だ。ただ、自分がそうしたいだけ。無い左腕が、「復讐しろ」と疼いているだけだ。

 ヴァイスブルクの侯爵を殺さねば、何が起きるのか。彼が暗殺を果たそうと果たせまいと、結末は変わらない。お嬢様の陰謀は成功を納めるだろう。

 ただ唯一、違うのは。自分のような下々の者にまで、良くしてくださったあの方が。どういう結末を迎えるのかが変わるのだ。

 ならば、これほど命をさねばならぬ仕事はあるまい。


『でもね、これだけは……』


 忠誠と矜持の間で揺れ動く心。魂というものが、まだ男にあるのならば。それはきっと、今この瞬間の形をしていただろう。それがひと時だけ、男に使命を忘れさせた。

 そう。つまるところ彼は、機械としてはとっくに壊れていた。


  ◇ ◇ ◇



 至近距離で爆発を浴びて、わたくしは尖塔の内壁へと叩きつけられていた。

 ……装甲を棄てたところに直撃を貰ったせいで、また例によって視界は警告アラート表示で埋め尽くされている。でも、まだ最悪ではない。わたくしはまだ、もう少しだけ動けるし。お城の壁がもう少し脆弱やわだったら、身体ごと外まで吹き飛ばされていただろう。お城を頑丈に作ってくれたご先祖様と、トーレの一族に感謝しなければ。

 狩人は既にわたくしに興味を失くし、狙撃位置に戻っている。

 そうだろう。彼は狩人、彼は道具。わたくしに倒されるまでに、弾を狙い通りに当てれば、彼の勝ち。自分の生死すら関係ない。これは、そういう単純シンプルな勝負だ。

 だのに、その時。その敵が、一瞬、動きを止めた。不可解な停止の後、彼はまた「何か」に狙いを付けている……ベニーチカが、間に合ったのだと。わたくしは根拠もなく確信をした。

 今しか、ない。


「悪役令嬢……ウィンチハーケン!」


 鎖が銃を絡め取り、締め上げる。狩人の腕と銃身は捻じ曲げられ、その銃から放たれる光条は天を翔け、雲を裂く。

 寸前で、どうにか間に合った。けれど息をつく暇はない。


「悪役令嬢……インフェルノ! グラップ!」


 巨大な銃を溶かし握りつぶし、その勢いのまま、赤熱した腕を巨体へ突き入れる。今や機械の塊に成り果てた狩人に対峙する。

 まだ、この相手は倒してはいけない。彼そのものは道具のような存在。わたくしの大切だったものを、幾つも奪ったのが誰なのか。それをはっきりさせなくては。


「……質問に答えて頂きますわ。どうして侯爵様を?」

『……命令以外、なにも、答えることはないのですがね』


 やはり、素直に答えるわけはない。最悪、首から上を持っていってベニーチカに何とかして貰うのも考えの内に入れる。むしろ、こんな状態になっても言葉を返せることに、素直な驚きを感じてしまう。まぁ、わたくしも他人の事を言えない有様なのだけれど。

 別荘に残されていたリストや、あからさまな証拠の数々といい。真贋は後で精査するにせよ、敵は「ばれてもいい」どころか、わたくし達に「情報を与え」ようとしている節がある。なら、犯人に問うべき「正しい質問」は……


「……貴方、どこのいえの人間ですの?」

『………………それこそ答えるには、及びませんが……我が忠誠は、アッシェフェルトの名と共に』


 その答えを返す時。もはや人のかおかも怪しい狩人の口元が、微かに笑みを浮かべた気がした。


『そういえば。前に、お嬢様にお守りを頂いたんですがね。大切な大切なものなんですが、どういうわけか、なくしちまいましてね。どこに行ったかご存知ありませんかね』


 童話怪人・狩人は、次第によくわからないことを喋り始めている。

 退き時かしら。多分、この騒動で城の衛兵も集まってきているだろう。あと、狩人の身体があちこち激しく明滅している。勘だけれど、これ以上は不味い気がする。

急いで、塔から身を投げる。なんだか、既視感のある光景。今回は鎖でぶら下がりながら、勢いを殺す。


『おさらばです、お嬢様』


 そんな呟きが聞こえた直後、城の尖塔一つが爆音と共に消し飛んでいた。


「……最後まで厄介な敵でしたわ……」


 わたくしは、塔の壁にぶら下がりながら呟く。さて、この後始末をどうしよう、なんてことを考えながら。

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