4-8

 もうすぐ、馬車とわたしは煙幕スモークの切れ目に差し掛かる。位置も、視界も、多分絶好のポイント。あの狩人なら、きっと来る。思い出したくもないけれど、ウルリケたちが撃たれた時のことを思い返す。あまりにも迷いのない、速くて精確な銃撃。背筋が寒くなる。

 あの狩人の武器は、彼等やお嬢様達にとっては別の世界のもの。空想に寄ったもの。本来は「無いもの」だ。だから、きっと今まで無敵だったに違いない。きっと、暗殺であることすら気付かせず、命を刈り取って来たに違いない。「無いもの」に備える人間はいない。だから、この暗殺は今の今まで続いてきたのだろう。


 けれど、わたしは違う。

 どうすればあの攻撃を防げるのか。お嬢様の体を見てから、ずっと考えていた。攻撃は爆発するような種類じゃない。そして……あのとき追撃がなかったことからして、連射は効かない。一発防げれば、ひとまず勝機はある。

 これを踏まえて、幾つも仕掛けをしたけれど。結局、一番頼みになるのは一つきりだった。

 わたしの異能ちから、生体の改造。無機物との融合。生命を冒涜する、忌まわしい力。今まで多くの罪を重ねてきた、生の在り方を変える力。

『あの女は……魔王になるかもしれねぇ器だぞ!』

 あの勇者やろうの言葉が、今でも思い浮かぶ。ムカつくけれど、それは正しいのだと。わたしは、「そういうもの」になり得る存在だと、その事実を呑み込む。

 馬車が指図通りに停まり、わたしは飛び降りた。煙幕が薄れ、遠くの景色が徐々に見えてくる。気のせいかもしれないけれど、遠くで、何かが微かに光ったような気がした。

 わたしは、また、罪を重ねてしまうのかもしれない……でも。今、この時だけは忘れよう。今だけは、わたしにもできることがある筈だから。迷いを振り払うように、深く息を吸って、わたしは叫ぶ。


変生メタモルフォーゼ・『がき』ぃぃ!」


 言葉に合わせるように、大地が脈動する。事前にわたしの血液とかその他諸々をたっぷり吸わせた、森の土と木々。それらがうねり、重なり合い、幅数メートルからなる巨大な腕を編み上げる。

 あの攻撃。お嬢様で無理なら、今用意できる装甲では防ぎきれない。だから、わたしはもっと単純に。質より量……ありものの物量ぶつりょうで対処をすることにした。弾を防げずとも、つまるところ、弾が「壁」を抜けるまでにエネルギーを使い切ってくれればいいのだ。


 材料は、森の地面。そこには木々の根が這い、沢山の生き物が住んでいる。なので、解釈次第では丸ごと「生き物」と言えなくもない。わたしの能力でそれを改造して神経を通し、地表をまるまる一種のゴーレム……外からの攻撃に対して自律防御が可能な生きた土嚢にした。ひどい環境破壊だった。

 生物としては無茶苦茶な構造にしたせいで、動かせるのは、わたしが傍に居てもわずかな時間だけ。その間に攻撃が来なければ、「次」に行くしかない。同じような仕掛けは、この先にも幾つか用意してある。けれど、一度手の内を晒してしまった以上、成功率はどんどん下がっていくだろう。

 そもそもそれ以前に、こんなものがきちんと本番で上手く動くのか? 動いたとしても、生け垣が耐えきれなかったら? 威力もタイミングも、計算をした。狩人の考えそうなことも、頑張ってトレースして布石を打った。触媒たいえきをありったけ用意して、能力の展開領域も限界まで厚く長くした。

 けれど、博打は博打。どれも「あっている」保証はない。間違いは、わたしと侯爵様たちの命で埋め合わせることになる。怖い。逃げたい。辛い。でも、逃げられない。


 そうして、一瞬一瞬が丸一日にも思えるくらいの待ち時間タイムラグの後。「腕」が、何かを掴み取るように動いた。

同時にパァン! と何かが破裂するような大音響と閃光が弾けて、腕? 壁?の此方こちら側に穴が開く。けれど、それだけ。他には何も傷ついていない。

 そして、その穴は。ぴたりと馬車の座席に座る……侯爵様の方を向いていた。


「ま……間に合った……」


 どっと汗が吹き出て、力が抜ける。間一髪。もう少しだけでも弾の貫通力に計算違いがあれば、わたしごとつらぬかれていたかもしれない。

 馬車はまだ動けそう。けれど、わたしの仕事はまだ終わっていない。

 この分厚い生きた城壁ゴーレムの目的は、「弾がどちらから飛んできて、どちらに抜けたのか」を調べること。それを使って逆算すれば……


「狙撃ポイント、特定できた……!」


 わたしは、お嬢様に伝えるため信号弾を撃ち上げる。

 ……道理で、山の中を探しても見つからなかったわけだ。

 視線を向けるのは、壁の穴の遥か向こう。ヴァイスブルクの家の由来たる、白亜の城。まさか、城の中あそこから狙撃されていたなんて。



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