4-6



 ベニーチカも、わたくしの解説を聞いてかなり困惑している。


「犯人って……その、例のアッシェフェルトの人じゃないんですか?」

「直接の証拠がございませんもの。それに……真っ当な方法で裁きにかけても、大貴族を追い落とすのは大事おおごとですのよ」

「被害者側だったお嬢様が言うと、説得力が違いますね……」


 逆に言えば、わたくしの時にはそれだけの陰謀があった、という証左に他ならない。

 けれど本当に、大貴族当主の暗殺を図るなんて余程のこと。何か、急がなければならない事情がある……? と、思い悩んでいると。


「あ、そ、そういえば……前に聞き込みしたとき、街の人が言ってたんですけど。なんか軍隊? のパレードがあるって」


 ベニーチカが、そんなことを言い出した。


「……パレード? 有り得ませんわ。お父様らしくもない……」


 そういうにならない行事はなさらないタイプだ。何か、事情があるのかもしれない。いえ……


「……もしや、それを隠れみのに、兵を動かそうとしている……?」

「そういえば、豊作なのに食べ物がやたらと高いって……」


 もしかして、侯爵家は既に事件を或る程度察して、兵糧を集めているのかもしれない。状況証拠は揃いつつある。けれどそんなことをしようとすれば、多分、流石に王家にも勘付かれる筈。しくもわたくしが処刑された時に被った謀反の疑いが、現実になろうとしているかのようだった。


「お嬢様を処刑された仕返しとかじゃ……?」

「それなら、わたくしが生きているうちに取り返そうとなさるのが筋でしょう。多分、状況を見た上でのことでしょうけれど……そんな、王家や大公家をさかでするようなこと……」


 ……いや、そもそも、逆なのか。王子様どころか、「王家も含めて怪しい」と割り切ってしまったから、覚悟の上で兵をおこそうとしている……?

 とりあえずの体裁を整えて、後は力づくで押し切る算段だとすれば……こちらも時間に余裕はない。確かに、敵が暗殺を焦るのも道理。


「……急ぎ、準備致しましょう。まずは、暗殺を阻止するところから……」

「あの……これ、もう侯爵家に報せた方がよくないですか……?」


 今までの話を、例の白板ホワイトボードに情報をまとめ終えたベニーチカがそう呟く。


「少なくとも、今回だけでも、こっそり協力したほうが……」


 確かに、おいえの力が使えさえすれば、人手不足の問題は片が付く。暗殺の危険性が具体的になれば、警護も固めやすくなり、お父様の命は護られる。暗殺計画と、犯人……アッシェフェルトへの対処については、なんとか交渉して、告発せずに黙っていて貰うとかそんなところだろうか。

 けれど……人海戦術に頼る、ということは、此方こちらの動きが読まれやすくなる、ということでもある。それに、


わたくし達の存在が知れれば、それだけで侯爵家にるいが及ぶのがまず一つ。王都の戦いでわたくしの活動が露見した以上、今の均衡は、わたくしが家と無関係に動いているからと見るべきでしょう。それに……今回は、またあの『童話怪人』とやらが出てくるやもしれませんわ」

「だ、だからなおさら……」

「……仮に、犯人が童話怪人だとして……侯爵家の兵力でどれくらい戦えるかしらね?」

「それは……」


 拠点を追われた時の戦闘を思い返す。今のわたくしの前では、完全武装の騎士も一蹴だった。そして、そのわたくしが苦戦するのが童話怪人の水準だ。


「……まぁ、雷霆勇者級の相手は無理でも、『ラプンツェル』くらいの相手なら、まともに兵力を揃えて数で押し潰せば、勝てないことはないかもしれませんわ。けれど」


 とはいえ、未熟な私でもどうにか倒せたのだ。本職の騎士や兵士なら、きちんと対策さえすれば殺す方法は見つかるだろう。それでも、問題は別のところにある。


「童話怪人の素体が貴族だとしたら……先手を打つのはまず無理でしょうね」

「あ……領主りょうしゅ悪口わるくちざい……」


 異世界の人間であるベニーチカにはピンと来ないのでは……と思いきや、何か思い当たるところがあったようで、またよくわからないことを言っている。

 けれどそう。たとえ主の命令があるにせよ、いきなり「貴族に弓を引け」と言われてそれが果たせるのか? それもシナルのように、直前まで普段通りの姿だったのが、突然豹変したとしたら?

 迷いなく戦えるのは余程の忠義者か、あるいは自分の考えを持たない道具くらいだろう。最終的に童話怪人は討たれるにせよ、それは全てが済んだ後になるかもしれない。

 そして仮に、どこかの令嬢令息や当主を侯爵家直属の兵を使って殺してしまえば。その家との関係はこじれるどころでは済まない。国の中に大きな禍根かこんを残すことになる。

 結果、積み上がる犠牲者の数と遺恨を思えば、この手は使わないに越したことはない。たとえ……その代わりに、大切な誰かを喪おうとも。


「そういえば、街の人が侯爵様の悪口言ってたんですけど……これって罰せられたりは……」

「……? 程度にもよりますけれど。領民が安心して領主の悪口を言えるのは、信頼の証。見過ごすのも度量ですわよ?」

「そういうものですか……?」

「そういうものですのよ」


 ベニーチカは何故か、少しほっとした様子で胸をなでおろしていた。


「ええと、話が逸れましたけど、つまり、わたし達で暗殺を阻止して、犯人を捕まえて、誰の企んだことなのか調べ上げて証拠を揃える……」

「もしくは、阻止した上で犯人を密かに消して、計画を丸ごと闇に葬る……ですわね」


 わたくしの発言に、ベニーチカはやっぱりちょっと混乱しているようだったけれど、いずれにせよ「暗殺を阻止する」という要点は変わらない。

 ただ、計画を阻止するのに使える情報は、然程さほど多くはない。別荘で他に見つけた手掛かりは……


「ヴァイスブルクのお城の図面と、このあたりの森の地図……」


 わたくしは、呟きながら考える。城の図面は、多分正式なものではない。誰かが書き起こしたものだと思う。あとは、見つかったものと言えば、一冊の古びた絵本くらい。ミスリードという危険もあるけれど、今はこの手掛かりでまとを絞るより他にないだろう。


「狙うなら、お城と森のどちらか……?」

「いえ、森で決まりですわ」


 城の中で暗殺が行われるとしても、わたくし達が城に潜伏するわけには行かないからだ。

 けれど、それは敵も同じはず。今までのパターンから言っても、城の中で「犠牲者が出た」とか「人が消えた」という話は、調べた限りではなかった。敵の立場から言っても、失踪や事故に見せかけられる森のほうを優先するだろう。


「森……というか、ほとんど山ですよね……なら、そこに拠点を作って待ち伏せを……? いつ通るかわかりませんし……」


 ベニーチカの懸念は尤もだ。けれど、今回に限って……わたくしは、それを知っている。


「……三日後。お父様はその日に、必ずこの地図の辺りを通りますわ」


 わたくしは断言する。そして、どうして、と言いたげなベニーチカに先回りするように続ける。


「……わたくしのお母さまの、亡くなった日なんですのよ」

「あ……」


 お父様は今まで一年たりとも、亡くなったお母さまのお墓参りを欠かしたことはなかった。それは、後妻を迎えた後も変わっていない。「暗殺の危険がある」程度のことで変えるとも思えない。

 そしてそれは、敵も知っているのかもしれない。なら、その途上を狙う可能性は極めて高い……だから、馬車のルートや時刻は察しが付く。けれどそれでも尚、


「あとは……敵の射程が厄介ですわね……どこから狙えるのか絞り込めないかしら……今のままでは、一発撃たせて、そこを仕留めに行く他ありませんもの……」

「そういう、肉を切らせて骨を断つみたいな戦い方、好きですよね……」


 少し呆れたようにベニーチカは言うが。


窮余きゅうよの策ですわ」


 別に、好き好んでいるわけではない。単に、それしか思い浮かばないだけ。


「でも、お嬢様らしくていいんじゃないでしょうか……撃たれないほうがいいとは思いますけど……」


 勿論、それはそうだ。狙撃そのものをやめさせる……ベニーチカの案ではないけれど、侯爵家に狙われているという情報を流す、トラブルを起こしてお父様の経路を変えさせる、という手も考えたけれど……敵を仕留めきれなければ、護る側はむしろきゅうすることになる。何より……不確かだけれど、挙兵のリミットもある。この機会に確実に仕留めるのが、絶対の条件。


「でも、……一発撃たせて仕留めるのって……二手に別れるんですよね? お嬢様が飛び回ってどっちもこなせれば良かったんですけど……」

「ええ。何か敵を釣り出す手でもあればいいのですけれど……」


 そう。ベニーチカの察する通り、この策には「攻撃を防ぐ受ける」役と「敵を攻撃する」役が必要になる。

 敵と同じ射程の武器、さもなければ敵が次の攻撃を放つまでに確実に接近できる速さがあれば、一人で兼ねることもできるだろうけれど、それは無いものねだり。そして、ベニーチカやウルリケでは、童話怪人の相手は難しい。

 攻撃を受ける役はわたくしがこなして、仕留めるのは別の手を考えるか。それとも、何か囮や狙撃を防ぐ手だてを用意して、わたくしが仕留める側に回るか……そもそも、わたくしが今の有様ありさまでは机上の空論。当日までに、どの程度回復するのやら……


「……なら、わたしが、囮役をやります」

「駄目ですわ。そんなことをするくらいなら、今からでも囮の馬車を作るとか……」


 何か、手はある筈。けれど、本来囮作戦をきちんと機能させるためには、侯爵……お父様の側の協力が必要になる。今回はそれは使えない。ただでさえ限られた手数を、更に「本物の馬車の足止め」にまで割く余裕もない。

 だから、「あの攻撃を防ぐ方法」か、「狩人が侯爵暗殺よりも優先するであろう目標」のどちらかを用意する他に無いのだけれど。そんなものがあれば、誰も苦労はしない。

 しない、のだけれど……


「……ウ、ウルリケを、使えば……」


 考えが袋小路に入っていたところで。ぼそり、と。ベニーチカがそう呟いた。


「ウルリケを? それはまた、どうして……」

「犯人が、あの狩人なら。ウルリケにこだわってました。なら……もしかしたら……」


 ウルリケ。あの機械の狼。わたくしのように、彼女の手によって改造されたもの。

 ベニーチカは「この子に自我はない」と言っていたけれど。彼女との間には、確かに信頼のようなものが見て取れた。ある意味では、この世界での彼女の唯一の家族と呼べるのかもしれない。

 それを、囮にすると彼女は言っている。他人の……わたくしのお父様を護るために。


「……それで、貴女は構いませんの?」


 わたくしは、その意味を問い直す。


「はい。今度は……わたしも、一緒に囮になりますから」


 ……彼女の決意は、あの銃の前に立つということ。当たれば、わたくしですらこの有様だというのに。既に、わたくし達は幾度も死線を潜ってきた。彼女が危険に身を晒すこともあった……けれど。それは、やむを得ない状況ならばこそ。


「鋼の鎧を、貴女は持っていないというのに」

「……鎧なら、ありますよ」


 そう言って、ベニーチカはわたくしに手を伸ばす。


「……わたくし?」

「お嬢様が、わたしの鎧です」

「…………は?」


 急にそんなことを言うものだから、びっくりして、思わず反応が遅れてしまった。


「あっ……すみません、調子にのりました……クサすぎてごめんなさい……?」

「いえ、あの、そうではなくて……今のわたくしはこの有様ありさまですけれど。それで、どうにかなりますの? お母様の命日に合わせるなら、もう日取りが……」


 今のわたくしは、戦うどころか立ち上がることすらもろくにできない。普段使いの身体も勇者に破壊されたまま。予備の部品も、王都を出る時に結構な量をててしまった。けれど、


「……それは、間に合わせます。ひとまず、追加機能の実装は諦めるしかありませんけど……」


 彼女は力強く請け負った。


「何か、手がございますの?」


 信じないわけではないけれど、何か魔法でも使わない限りはどうにもできないのではないかしら。


「仕方ないので、ニコイチで修理します」


 ベニーチカの答えは、勇者との戦いの時に破壊された体……人並の身体の部品を使って、戦うための身体アイアンボディを修理する、という提案だった。


「お嬢様の体は、ウルリケたちと違って、幾つもの部品を組み合わせてできているので……パーツ単位の交換が効くんです。独立連動ナントカとかムーバブルカントカみたいなやつで。それを使って、部品を使い回します」


 彼女の解説は、相変わらずよくわからなかったけれど……まさか、引っ越しの時に捨て損ねた部品が役に立つなんて……


「それで、どの程度戦えますの?」

「勿論、無理は効きません。強度も耐荷重も下がるので、装甲も武装も削ることになりますし……」

「構いませんわ」


 どうせ、今回の敵相手に生半可なまもりは意味がないと痛感している。撃たれたらその時点で負け。シンプルだ。


「あと、最悪、中身パンツが見えます」

「下着……下着……?」


 この身体の下着とは。わたくしの首から下は、基本的にはドレスのような鎧を纏った姿になっている。確かに、王都で使った身体は、普通の人間のような見た目だったけれど……


「えーと、今回は一応、鎧みたいに装甲板を貼り付けておきますけど……『貼り付けてる』だけなので、強度は下がります。いざとなったら分離パージしてください」

「それで丸出しになりますの?」

「場所によってはなります」

「…………を得ませんわね……」


 別に、必要とあらば今更羞恥があるわけでもないのだけれど。ベニーチカがあまりにも重要そうにそんなことを言うものだから、わたくしも勿体ぶって頷いた。

 かくして、戦いの準備は始まったのだった。

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