4-4

「あら、ベニーチカ……戻ったんですのね」

「が、頑丈……!」


 わたくしが目覚めてよほど安心したのか、ベニーチカは部屋に戻った瞬間、そう言って崩れ落ちた。


「……街は、どうでした?」


 はやる気持ちを抑えながら、わたくしは彼女に尋ねる。侯爵領が今どうなっているのか。何か、よからぬことが起きていないか。おいえは無事なのか。聞きたいことは山ほどある。けれど、慎重に、ベニーチカが萎縮いしゅくしないように問い掛けなければ。

 異邦人の彼女が、あの状況で意を決してわたくしを助け、外の様子まで見てきてくれたのだろうから。だから、わたくしにできることは。どんな答えが返ってきたとしても、感情をたかぶらせずにいることくらい。ベニーチカは口ごもり、そして、意を決して答える。


「人がいっぱいいました……」


 ……まぁ、こんなものですわよね……。


「…………なにか、変わった様子……は、わかりませんわよね……見聞きしたこと、噂話とか、違和感を覚えたこととか、何かございませんの」


 少し頭を抱えながら、なんとか言葉を絞り出す。意識が戻ったとはいえ、わたくしの身体には大穴が空いたまま。しばらくは、彼女の見聞きしたことが頼りになるのだろうから。


「……何も……侯爵令嬢の呪いで人が死んでる、なんて噂が流れてるくらいで」

「なんですのそれ」


 なんですのそれ。


「さあ……?」

「まぁ、よくある噂話でしょう。不吉なことがあると、なんでもそのせいにしたがるのは人のさがというものですわ」

「あの……本当に呪いなんです?」

「そんなわけは無いでしょう」


 少しムッとした様子で、わたくしは応える。無理ないこととはいえ、流石に領地の人死にの原因にされては、あまり気分の良いものではない。


「いえ、えーと……そういうことではなくて……ええと、確かに首無しの令嬢が徘徊しているとか、そんな噂まで流れてますけど」

わたくしの首から下が何をしていても、それは確かにわかりませんけれど」

「そうじゃなくて……本当に人が死んでるのに、呪いじゃなかったら……」


 ……彼女の言いたいことが、ようやくわかった。


「……そういうことですの。仮に、連続殺人犯が居るとして。わたくしを攻撃してきたのと同じものだとしたら……」


 こくこくと頷くベニーチカ。もしかすると、何らかの魔法の使い手や召喚者、童話怪人の仕業なのかもしない、と。彼女はそう言いたいのだろう。


「けれど、わたくしの知っている血統魔法に、あんなことができるようなものはございません。召喚者にしても……」


 王子様の婚約者だった立場上、国内の召喚者の異能力チートは、それなりにわたくしの頭に入っている。威力、隠密性、何より射程距離。こんな無法な攻撃ができる力があれば、噂か何かで確実に耳に入っているし、相応の使い方がなされてきた筈。

 知っていれば警戒していた。手掛かりすらないとすれば、逆に可能性は絞られる。


「あの……」


 何より、召喚者の隠匿は、国に対する謀反も同然。平民なら死罪、貴族でも一発で爵位と領地を奪われかねない。今まで誰にもろくに知られていなかったベニーチカは例外としても。誰の息もかかっていない召喚者が、そうそうはずはない。


「その、あの……」


 この力の異質さは……童話怪人かもしれない。


「えっと……いいですか? あの、お嬢様の身体を調べて、気付いたんですけど……」


 そこまで考えを進めて、ベニーチカに声を掛けられていることにようやく気がついた。


「……何かございますの?」

「その壊れ方、よく見たら、見覚えが……あって。わたしが森を追われた時、ウルリケが受けたのとそっくり……威力は、ぜんぜん違いますけど……」

「……鋼鉄魔狼事件の時と? なら、まさか勇者がまた……」

「勇者じゃないと思います……あの時、勇者と一緒に行動していたのが、もう一人いて……ウルリケはそっちにたれました。やっぱりここまでの威力じゃなかったですけど……」

たれた?」


 うなずくベニーチカ。


「多分、この壊れ方。銃っていう、わたしの世界の武器です。いえ、もうこの大きさだと砲のほうかもしれませんけど……あ、ダジャレじゃなくて……」


 銃。そういうものを扱う召喚者がいる、いた、というのはかすかに聞き覚えがある。高度な金属加工技術か何かが要るせいで、今の王国の技術では再現できない、かなり希少な武器だ。


「確かに、雷霆らいてい勇者はそういうものは使っておりませんでしたわね……」

「はい、あの勇者やろうがわたしと同じ国の出身なら、使えない可能性のほうが高いと思います……わたしも、構造はなんとなくわかるけど、使い方はよくわかりません……」


 異世界の武器を扱う狩人。いや……今は狩人の童話怪人、ということになるのだろうか。

 仮に召喚者でないなら、どこかの庇護を受けている? だとすれば、どこかの国か、かなりの大貴族。少しの引っ掛かりを切っ掛けにして、頭の中で欠片ピースが繋がっていく。


「……ベニーチカ。貴女の潜伏していた村……確か、もっと北の方……でしたわね?」


 前に、何かの折に聞いた情報を反芻する。


「はい……多分、そうだと思いますけど……行きは、この辺り通ってませんし……でも、それがなにか」


 そもそもの発端、鋼鉄魔狼事件の起こった場所。


「王都より北の国境近くは、アッシェフェルトの領地。わたくし達の拠点を襲撃したのも、アッシェフェルト侯爵の兵でしたわ」

「あ……」


 拠点を襲った、雪華の紋章の兵達。北方貴族の騎士が王都に居るのは如何にも不自然だった。しかも、まるでわたくしを相手にすることを前提にしたような装備と編成で。


「尻尾を出しましたわね」


 とうとう、「敵」が姿を見せた、のかもしれない。もしかすると、あの雷霆勇者の件もアッシェフェルトの差し金があったのかもしれない。


「あの……前も聞きましたけど、アッシェフェルトって、どういう貴族なんですか?」

「ヴァイスブルクと概ね同格の侯爵家ですのよ。ただ……」


 あの家とヴァイスブルクは、昔から色々と因縁もある。そして、ごくごく直近の因縁は……わたくしが王子様の婚約者になった件。

 あの家には、わたくしと歳の近い令嬢がいる。昔はよく遊んだりもしたのだけれど……どちらを婚約者にするか、という段になって、紆余曲折はあったけれどわたくしの方が選ばれた。


「ま……まままさか……今の陰謀って、痴情のもつれでこんなことに……?」


 経緯いきさつを聞いたベニーチカはわなわなと震えながら、そんな見当違いなことを口にした。はぁ、とわたくしは溜息をつく。


「いい? ベニーチカ。貴族の結婚は家と家のこと。もつれる痴情も何もございませんわ」


 あるとすれば、それは純然たる権力闘争だろう。

 もしも色恋だけで配偶者を選ぶ貴族・王族が居たとすれば、暗君のそしりはまぬがれまい。


「そもそも、それなら婚約者の後釜に座るのはアッシェフェルトの娘でなければおかしいでしょう」

「……違うんですか?」

「王子様が選んだのは、どこぞの馬の骨ですわ。婚約はわたくしの処刑が決まった後、なので細かい素性は存じておりませんの」


 断頭台の果て。人間だったわたくしが見た、最期の景色を思い出す。王子様と一緒に居た、新しい婚約者。社交の場では見覚えのない顔。少なくとも、この国の貴族ではない筈。隣国かどこかから押し付けられた、適当な後釜だろうか。

 だからわたくしは、アッシェフェルトを「犯人」から半ば除外していた。わたくしを処刑台送りにして直接的に得をする者が、今回の元凶だと考えていたからだ。でも、例えばもっと大きな野望があったとしたら……? わたくしは、たまたまその途中で巻き込まれただけだとしたら……? 王子様の新しい婚約者の件ですら、陰謀のごく一部に過ぎなかったら?

『この国がもうすぐくつがえる今』

 ラプンツェルシナルが口にしていた、不吉な予言が頭をよぎよぎる。


「……貴族のことは、わたしにはよくわかりませんけど……これからアッシェフェルトさんのおうちに行くんですか?」

「いいえ……いずれ、けりはつけねばなりません。けれど、今はまだ」


 本当に、少しばかり厄介になった、とわたくしは思う。


 アッシェフェルト侯爵家。通称、灰地はいちこう。その家の性格は、単なる侯爵フュルストというよりも、巨大に成長した辺境伯マルクグラーフという方が適切だろう。北方の守りを固め、戦争と開拓と外交と商談とを飽くことなく繰り返し、王国の領土を切り広げてきた家。

 陰謀の黒幕としては申し分ないだろう。婚約者の件で、わたくしや王子様に濡れ衣を着せる動機もある。無論、アッシェフェルト全てが敵と決まったわけではない。ただ、もしそうだとしたら……家ぐるみの謀略だとしたら……この陰謀は、処理を間違えれば亡国の内紛に繋がりかねない。迂闊うかつな手出しができない。ベニーチカが漏らしたように、本家にいきなり押しかけるなんて、問題外もいいところ。

 有力貴族同士が正面から衝突すれば、大きな被害が出る。国の外からの干渉も受けるかもしれない。もし仮にわたくしが、ヴァイスブルク侯爵家の兵力を完全に使えたとしても。そんないくさになった時点でおしまい。流石に、仮にも侯爵たる貴族の家が、そんな愚かなことをするなんて思いたくはないけれど。


「……なら、どうするんですか」


 状況を共有した後、ベニーチカはそう絞り出す。わたくし達の戦いは、もう、わたくし達だけで収まりのつくものではないのかもしれない。彼女もきっと、その重みを理解している。だからこそ、軽率には動けないことも。


「……やることそのものは変わりませんわ。わたくしを狙った犯人と、領内の殺人事件の調査。あの家がよく使っていた別荘が領内にございますの。もし、アシェフェルトが領内の暗殺に関与しているなら、何か証拠が残っているかもしれませんわ」


 そう。今のところ、決定的な証拠はない。領内の不穏な動きには大貴族が関与しているかもしれない。わたくしへの攻撃には、アッシェフェルトの陰がちらついている。その程度。

 ベニーチカの件は、勇者の派遣こそあれ、自領内の問題だから対処は当然の義務。アッシェフェルトが全ての元凶とは必ずしも言い切れない。

 そして、万一仮に「そう」だとしても、あの家の中で具体的に何を敵とするかは、慎重に選ばなければならないのだから。

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