4-3


「お嬢様!!」


 目の前には、鬼気迫る形相のベニーチカ。油まみれになりながら、何かの工具で懸命にわたくしの身体を弄っている。


「ああ……ベニーチカ。わたくし、どうなっておりますの……?」

「よ、よかった、すぐ意識が戻って……生体信号バイタルがとんでもないことになってます。義体が内側からけてる……」


 どうやら、意識を失っていたのは僅かな時間のようだ。でも、「次」の攻撃でベニーチカが狙われるかもしれない以上、じっとしては居られない。すぐにでも、敵を探して、やり返さないと。気持ちがはやる。

 でも、と。同時に、「もう限界だ」と言っているわたくしもいる。これ以上私わたくしの身体は動かない。なら、今ある力でできることをするべきだ、と。冷徹な別の誰かのように告げるわたくしが。


「はぁ……はぁ……万一のときは、侯爵家を頼ってくださいまし」


 一瞬の葛藤かっとうの後。勝ったのは、後者の合理的なわたくしだった。


「しっかりしてください!! わたしだけじゃ……!」

「……これを見せてわたくしの名前を出せば、悪いようにはされないと思いますわ」


 わたくしは、震える手で侯爵家の紋がついた髪飾りをベニーチカに手渡した。

 あなたは、賢くて、勇気も持っている。だから、あとはそれに自分で気付けさえすれば、きっと大丈夫だと。そう口にしようとしたところで、わたくしは意識を手放した。



  ◇ ◇ ◇



 お嬢様が意識を失った後。わたしは、途方に暮れていた。

 急に「あとは侯爵家を頼れ」なんて放り出されて、一介いっかいの元引きこもり異邦人にどうにかできる筈もなく。

 例の髪飾りと、拠点を守っていた認識阻害結界の御利益ごりやくフル稼働で、街の門を素通り同然に突破して。なけなしの軍資金で宿をとって、ウルリケと一緒に転がり込み、お嬢様の応急処置をするのが精一杯……その後、どうすればいいのかなんて……


 いや、こうして振り返ってみると、わたし滅茶苦茶頑張っているのでは……? 褒められていいのでは……?

 えらい、一叶、えらいぞ、と自分で自分を褒めて落ち着いたところで、状況を確認。

 お嬢様の容態は芳しくない。しばらく休眠スリープ状態が続いている。命に別状はないけれど、当面は動けない。たぶんこのぶんだと、意識も中々戻らないだろう。

 きちんとした拠点と部品の在庫があれば、すぐにでも直してあげられるのに。王都を追われたことが響いている。追い詰められているのを感じる。


「ふふ……これで、二度目」


 こんな逆境は、あのクソ勇者に山を追われた時以来。でも、紅 一叶はへこたれない。いや、やっぱり頻繁にへこたれはするけど、これで折れたりはしない。

 何をするにもまずは、街に出ないと。


「でも、街って、人がいっぱいいるんだよね……街だし……」


 勇気を出す。今のわたし達は逃亡者。お嬢様が動けない今、わたしだけでも、しっかりしないと。

 ……そうして外に行こう行こう、と考えているうちに、夕方になってしまった。でも、少し薄暗く肌寒くなって、人通りが目減りしたところで、どうにか外出には成功した。

 石畳の上を、おっかなびっくり歩く。ここは、侯爵領の中心地……だと思う。お城があるし。栄えている街の中特有の、居心地の悪さを感じる。朝のうちは人通りが少なくて気付かなかったけれど、この辺りは歓楽街なのか、宿屋とかお酒とか出してるっぽい店も結構あるし。むしろ、活気という点では、王都よりあるかもしれない……いや、やっぱり、日のあるうちに王都を歩き回ったこと、よく考えると殆どなかったから比べられなかった。でも、暗いのは落ち着く。

 あの便利結界はお嬢様とウルリケを隠すのに使っているので、目立たないよう、静かに進む。人の大きな話し声が聞こえて、一瞬びくっとする。店先でお酒を飲んでいる第一村人(街人?)と第二村人が、噂話をしていた。

 よかった、わたしに話しかけたわけじゃなかった……と思いつつ、聞き耳を立てる。


「だからさー、大きな声じゃ言えねぇが、このところお偉いさんが次々と亡くなってるんだってさ」

「……大きな声じゃ言えねぇが、いい気味だ。処刑されたご令嬢の無念が呪いでもかけてるんじゃないか?」


 ちなみに酔っ払いなので、けっこう大きな声で言っている。ので、わたしにもバッチリ聞こえている。この人たち、なんか後で領主りょうしゅ悪口わるくちざいとかで罰せられたりしないんだろうか……? この世界、基本的には暗黒中世テイストだし……。


「ひでぇ話だよ。食い物も値上がりしてるのにさ。今年は豊作って話じゃなかったのかよ」

「近々、パレードだの何だのをやるからなんだとか」

「変わっちまったなぁ、侯爵様も」

「まぁ、娘が処刑されれば、おかしくもなるか……あんなにかわいがって、銅像まで立ててたってのに」

「そういや墓参りに行った爺さんが、首のないご令嬢がうろついてるのを見た、とか言ってたなぁ……」

「それは流石にボケが始まってるだろ……大体なんで首が無いのに、ご令嬢だってわかるんだよ」

「そりゃそうか……」


 とまぁ、要らない部分を省いて要約すると、酔っ払いがこんな不穏な会話をしていた。

 処刑されたご令嬢、というのは、もしかしなくてもお嬢様のことだろう。というか、嫌な予感がしてふと通りを見ると、なんだかすごく見覚えのある顔をした銅像が立っていた。こっちの世界の文化はよく知らないけど、これって親バカっていうヤツなんじゃ……?

 そういえば、お嬢様の生身の首から下って、あんまり見たことなかったかもしれない。銅像とはいえ、何かの参考になるかも、と興味本位であちこちいろんな角度から覗き込んでいると……


「なんだい、娘っ子がこんな時間に」

「早くおうちに帰りな。近頃は物騒だからな」


 さっき盗み聞きしていた酔っ払いズに見つかった。しまった、銅像の方に気を取られていたせいで、注意が……!


「さ、さよなラーーッ!」

「あっ、おい!」


 なんだかそわそわして、落ち着かなくて、一刻も早く、お嬢様に聞いたことを報せないと。そう思って、宿へと全速力で戻った。

 ……別に、酔っ払いに話しかけるのが怖かったわけじゃない。でも、ここからわたしの活躍が……きっと始まる……!


 と、決意を新たに部屋に帰ると、お嬢様が意識を取り戻していた。

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