4-2

 と、そんな会話をしながら拠点を片付けたのが一週間ほど前の話。結局、わたくしの身体は無事に治り、荷物の方も、決死の整理のおかげでなんとかウルリケが(がんばれば)運べるくらいの量には収まったのだけれど……


「……兵隊に囲まれてます」


 小窓から外を覗いたベニーチカがささやく。


「……窮地ですわね」


 思ったよりも早かった、というのが正直なところ。


「でも、一体どこからばれて……やっぱり、あのクソバカ勇者が……」

「言葉が汚いですわよ。そうですわね……例えば、この土地のような貴族の持っている狩り場には、管理人……ゲームキーパーがおりますの。異変があれば気付かれますわ」

「なんだかTRPGっぽい御職業ですね……えっ、ここ、狩りするところだったんですか?」


 ベニーチカはまた妙なことを言っているけれど。ゲームキーパーにとって森は庭同然。もし、そういう人間が敵にくみしているなら、今の今までわたくし達の存在に気付かれなかったことの方が奇跡に近いだろう。

 とはいえ、荒事となれば話はまた別だ。わたくしも窓の隅から、兵士の鎧や外套、盾を確認する。見るべきものは、紋章だ。

 わたくしが以前持ち出した髪留めのように、紋章は由緒ある家にとっての身分の証。そして貴族は、それぞれ領地を守る軍隊を持っている。侯爵クラス以上ともなればちょっとした規模になるし、勿論傭兵を使うこともある。兵士、と一口に言っても色々なのだ。

 森の周辺をうろついている兵士……というよりも騎士の装備は、わたくしにとっては見覚えのある紋章。鉄地に雪の結晶のような幾何学模様。あの図柄は……


「……珍しい。アッシェフェルト侯爵家の兵ですわね」

「どこですそれ?」

「ヴァイスブルクとする規模の侯爵家ですわ。けれど、領地は北の国境近く。王都まで兵を出すなんて……ご当主が此方こちらへいらしているのかしら?」

「た、戦うんですか……?」


 まさか……と、言いたいけれど、これはそうも行かなさそうだ。

 勇者を敵に回した時点で、ある程度の覚悟はできていたけれど……それでもお国や有力貴族そのものが敵になる、という事態は、やはり可能な限り避けたい。童話怪人とやらはともかく、行く先々で普通の王国貴族の兵まで敵に回しては、流石に立ち行かないからだ。


「予定通り、逃げましょう」


 だから最低限、追手を叩いてから逃げることにする。


「どこへ?」


 行先いきさきは、幾つか考えてはいた。もう少し猶予があれば、国外に出る算段もつけられたかもしれない。でも、今回は時間が足りなかった。今は、逃げる先を選べない。

 ベニーチカは行く当てのない身。そして、わたくしの土地勘が効くところといえば……


「……仕方ありませんわ。参りましょう。ヴァイスブルク侯爵領へ」


 わたくしの実家の領地。正体露見のリスクはあるけれど、もうここしか残っていなかった。しかし、それも今この場を切り抜けてからのこと。顔をヴェールで覆い、戦う準備をする。

 敵は、雑兵ではわたくしやウルリケの相手が難しいと踏んだのか、全身を板鎧プレートアーマーで固めた騎士が五、六人。手には戦棍メイスと盾。馬も連れて来ている。小屋の出口を封じられ、突破は力づくになる。

 生身の人間なら、完全武装の騎士を打ち倒すのは難しい。けれど、今のわたくしなら。


「皆殺しはダメですよー‼」


 と、意気込んだところをベニーチカにくじかれた。思わずつんのめりそうになる。


「……わたくしを何だと思っておりますの」


 国の民の命を不必要に奪うのは、貴族として忌むべきところ。権威のためには下々の人間の命を塵ほどにも思わない貴族も、無論居るけれど。そういう人間は、本質が見えていないのだ。

 けれど、騎士達を逃がす気は無い。少なくとも、わたくし達が逃げ切るまで、釘付けになって貰う。

 窓を堂々と破り、わたくしは跳躍する。出入り口を固める騎士の背後を取って、鎧の端を、軽く腕に引っ掛ける。それだけで、重装備の騎士が面白いように転んでしまう。咄嗟に相手が構えた盾を、鋼の腕で叩き割る。金属の板がへし折れ、破片が飛び散る。


「ば、化け物だ……‼」


 二、三人を叩きのめせば、後は総崩れ。逃げようとする騎士を鎖で縛り上げて、転がしておけば事足りる。


「お、お見事……」


 ベニーチカが拍手してくれる。けれど、


「……この調子では、童話怪人相手とは比較にもなりませんわね……」


 数十人ばかり集めて囲むとか、遠くから弓矢で集中攻撃するであるとか、そういうことをされれば危なかったのかもしれないけれど……流石に、そこまで数を集めるのは厳しかったのだろうか。


「あ、片付いたなら、お馬さんに餌とかあげてきても……」


 ベニーチカはすっかり緊張が緩んでいるけれど、まだ後始末が残っている。


「馬を潰しますわ。ウルリケ!」


 最近、やっとわたくしの言うことを聞いてくれるようになったウルリケが、馬をつなぐロープを噛み切っていく。


「悪役令嬢……インフェルノ!」


 そこを狙いすまし、なるべく加減して、上空へ向けて火球ファイアボールを打ち上げる。爆発に驚いた馬が逃げ出す。駄目押しにウルリケが追いかけまわし、散り散りに駆けていく。

……少し気の毒ですけれど、ここは王都からも近いし、ほとぼりが冷めれば主のもとへ戻るでしょう。


「あ、あの……馬、貰って行ったら良かったんじゃ……」


 一通り片付いたところで、爆発に驚いたのか放心状態になっていたベニーチカが声をかけてくる。


「それでも構いませんけれど……乗れますの?」

「乗れませんけど……お嬢様なら……」


 わたくしの方は一応、乗馬などもたしなんだこともあるのだけれど。


「この身体で乗れば、馬の方が潰れますわね……」

「それはそうですね……」


 後始末が終わったところで、ベニーチカは引っ越し前の最後の仕上げとばかりに小屋の柱から何かの札らしきものを剥がしている。古びた丸太小屋ログハウスだった建物が、それを剥がし終わった途端、小ぶりな貴族の別荘に化けた。

 前に窓から飛び出した時、外へ出た瞬間に拠点の見た目ががらりと変わったことを思い出す。どうやらこれが、その理由タネということらしい。


「……そういえば、その偽装の護符マジックアイテム? かしら? 一体なんですの?」

「よくわかりません。拾い物なので……人間相手の認識阻害効果があるみたいなんですけど。おかげで気付かれずに王都まで出てこられました」


 他人に怪しまれないように、見た目を変える魔道具……なのだろうか。

 てっきり、彼女の自作だとばかり思っていたのだけれど。効果の強力さからして、血統魔法や異能チートの力がこもっているのは間違いない……のかしら?


「大事なものですのね……」


 札の絵柄をまじまじと眺める。魔法の道具、というより、何かの絵のような……魔法使いが、何かに魔法をかけているところ? どこかで、こんな異能チートのことを聞いたような……ただ、彼女は、どこでどうやってこれを手に入れたのだろう?


「でも、これがあれば、侯爵領まで気付かずに進めるかなと……」


  ◇


 そうして実際、彼女の言う通り。拠点を捨ててからの旅路は、拍子抜けするほど順調と言えるものだった。さすがに狼橇おおかみそりは目立つので、夜中に距離を稼ぐ。人は兎も角、普通なら野犬や狼に襲われそうなものだけれど、流石にウルリケを警戒して近寄ってこない。

 ……ただ、道中。焼け落ちて廃墟になったトーレの屋敷を目にした時だけは、少し心が痛んだ。今のところ、童話怪人には出会っていないけれど。道中に幾度か、男爵領で見た異形の雑兵に遭遇した。どれも大した数や強さではなかった。

 ただの残党なのか、それとも敵もわたくし達を探しているところなのか。


「そういえば、この蛙頭かえるあたまも謎ですわね……」


 ラプンツェルシナルと戦った時はわたくしが残らず挽肉ミンチにしてしまったせいで、ろくに調べられなかったのだけれど……


「男爵さんのところの生き残りかも……? 生き物なのは間違いなさそうですけど。いえ、生きてはいるっぽいですけど、生き物なんですかね……? 怪人と似てるような、そうでもないような……」


 ベニーチカはツンツン、と棒のようなもので突いている。彼女にも正体がわからないのなら考えるだけ無駄、と頭を切り替える。


「この辺りからはヴァイスブルク領ですわね……」

「まだ森の中ですけど……わかるんですか?」

「……ええ。勝手知ったる我が家、のようなものですものですもの」


 何か目印になるものが見える、というわけではまだないけれど。辺りの景色に、かすかな懐かしさを覚える。


「このまま、どこか森の中にアジトを探すんですか?」

「いいえ……領地の様子が知りたいですし、情報も必要ですわ。一度、おや……城下町までじかおもむくと致しましょう」


 お屋敷やしき、と半ば無意識に言いかけて。わたくしは思いとどまった。家族の顔を見たい、という気持ちがないと言えば嘘になる。けれど、今のわたくしにその資格はない。

 今は国の外へ留学中のお兄様、まだ幼い母違いの弟妹たち。そしてお父様、ヴァイスブルク侯。血の繋がった家族だけでなく、領地には家族同然の方達も沢山暮らしている。

 疑いがあくまでわたくしとどまっていたおかげで、お家そのものは今のところ無事な筈。今は他になすべきことがあると、わたくしわたくしふるい立たせる。


「あの……もしかして、ご家族のこととか考えてます?」

「……どうしてそう思いますの?」

「いえ、なんとなくですけど……少し、嬉しそうに見えたので……あっ、すみません」


 ベニーチカに見透かされるなんて、よっぽどだ。だから、侯爵領に来るのは嫌だったのだ。どうしても感傷的になってしまうから。

 前に進むたび、わたくしは思い出に少しだけ近づいていく。

 そうして、ある日の夜明けの頃。進む道の先に、ひと際の懐かしさを覚える建物があった。まだ遠い丘の向こうに少しだけ現れた、尖塔の先。白い城塞ヴァイスブルクの家名の所以にもなった、白亜の城が見えてくる。


「……つ、ついた……んですか?」

「……ええ、もうすぐですわ」


 わたくしの胸の奥から、懐かしさがこみあげてくる。


「お尻が痛い……」

「貴女、ずっとそりに座っておりましたものね……」

「現代の日本人はそんなに歩けるようにできてないんです……っと、ここまで来ましたけど、あてはあるんですか……?」


 ベニーチカはそりから飛び降りて、伸びストレッチをしている。


「ええ。侯爵家が持っていて、今は誰も立ち入らない別荘がございますわ。そちらなら、ゆっくりくつろげ……」


 朝焼けの中。わたくしの視界の隅が、光った気がした。


「…………か……はっ」


 一瞬のことだった。気がつくと、視界は真っ赤になっていて。頭を揺さぶられるような衝撃を受けたのだと気付いた。

 すうすうと、妙な寒さを感じて見下ろすと。わたくしのお腹には、大穴が空いていて。背中からたくさんのわたくし欠片かけらが飛び散っている。

 どこからか、攻撃を受けている。咄嗟に、背後の森を見ようとする。どこから? 誰が? 狙われたのはわたくし? それともベニーチカ?

 しかし、それ以上の思考は許されず。水面みなもの底へと沈みこむように、わたくしの意識がじそうになる。その狭間はざまで、声が聞こえる。


『人は、死んだらお星様になるのよ。■■■』


 前に一度、どこかで聞いた声。なら、とわたしは思う。


『なら、お星さまが死んだら、どうなるのかしら?』


 と。

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