4-2
と、そんな会話をしながら拠点を片付けたのが一週間ほど前の話。結局、
「……兵隊に囲まれてます」
小窓から外を覗いたベニーチカが
「……窮地ですわね」
思ったよりも早かった、というのが正直なところ。
「でも、一体どこからばれて……やっぱり、あのクソバカ勇者が……」
「言葉が汚いですわよ。そうですわね……例えば、この土地のような貴族の持っている狩り場には、管理人……ゲームキーパーがおりますの。異変があれば気付かれますわ」
「なんだかTRPGっぽい御職業ですね……えっ、ここ、狩りするところだったんですか?」
ベニーチカはまた妙なことを言っているけれど。ゲームキーパーにとって森は庭同然。もし、そういう人間が敵に
とはいえ、荒事となれば話はまた別だ。
森の周辺をうろついている兵士……というよりも騎士の装備は、
「……珍しい。アッシェフェルト侯爵家の兵ですわね」
「どこですそれ?」
「ヴァイスブルクと
「た、戦うんですか……?」
まさか……と、言いたいけれど、これはそうも行かなさそうだ。
勇者を敵に回した時点で、ある程度の覚悟はできていたけれど……それでもお国や有力貴族そのものが敵になる、という事態は、やはり可能な限り避けたい。童話怪人とやらはともかく、行く先々で普通の王国貴族の兵まで敵に回しては、流石に立ち行かないからだ。
「予定通り、逃げましょう」
だから最低限、追手を叩いてから逃げることにする。
「どこへ?」
ベニーチカは行く当てのない身。そして、
「……仕方ありませんわ。参りましょう。ヴァイスブルク侯爵領へ」
敵は、雑兵では
生身の人間なら、完全武装の騎士を打ち倒すのは難しい。けれど、今の
「皆殺しはダメですよー‼」
と、意気込んだところをベニーチカに
「……
国の民の命を不必要に奪うのは、貴族として忌むべきところ。権威のためには下々の人間の命を塵ほどにも思わない貴族も、無論居るけれど。そういう人間は、本質が見えていないのだ。
けれど、騎士達を逃がす気は無い。少なくとも、
窓を堂々と破り、
「ば、化け物だ……‼」
二、三人を叩きのめせば、後は総崩れ。逃げようとする騎士を鎖で縛り上げて、転がしておけば事足りる。
「お、お見事……」
ベニーチカが拍手してくれる。けれど、
「……この調子では、童話怪人相手とは比較にもなりませんわね……」
数十人ばかり集めて囲むとか、遠くから弓矢で集中攻撃するであるとか、そういうことをされれば危なかったのかもしれないけれど……流石に、そこまで数を集めるのは厳しかったのだろうか。
「あ、片付いたなら、お馬さんに餌とかあげてきても……」
ベニーチカはすっかり緊張が緩んでいるけれど、まだ後始末が残っている。
「馬を潰しますわ。ウルリケ!」
最近、やっと
「悪役令嬢……インフェルノ!」
そこを狙いすまし、なるべく加減して、上空へ向けて
……少し気の毒ですけれど、ここは王都からも近いし、ほとぼりが冷めれば主のもとへ戻るでしょう。
「あ、あの……馬、貰って行ったら良かったんじゃ……」
一通り片付いたところで、爆発に驚いたのか放心状態になっていたベニーチカが声をかけてくる。
「それでも構いませんけれど……乗れますの?」
「乗れませんけど……お嬢様なら……」
「この身体で乗れば、馬の方が潰れますわね……」
「それはそうですね……」
後始末が終わったところで、ベニーチカは引っ越し前の最後の仕上げとばかりに小屋の柱から何かの札らしきものを剥がしている。古びた
前に窓から飛び出した時、外へ出た瞬間に拠点の見た目ががらりと変わったことを思い出す。どうやらこれが、その
「……そういえば、その
「よくわかりません。拾い物なので……人間相手の認識阻害効果があるみたいなんですけど。おかげで気付かれずに王都まで出てこられました」
他人に怪しまれないように、見た目を変える魔道具……なのだろうか。
てっきり、彼女の自作だとばかり思っていたのだけれど。効果の強力さからして、血統魔法や
「大事なものですのね……」
札の絵柄をまじまじと眺める。魔法の道具、というより、何かの絵のような……魔法使いが、何かに魔法をかけているところ? どこかで、こんな
「でも、これがあれば、侯爵領まで気付かずに進めるかなと……」
◇
そうして実際、彼女の言う通り。拠点を捨ててからの旅路は、拍子抜けするほど順調と言えるものだった。さすがに
……ただ、道中。焼け落ちて廃墟になったトーレの屋敷を目にした時だけは、少し心が痛んだ。今のところ、童話怪人には出会っていないけれど。道中に幾度か、男爵領で見た異形の雑兵に遭遇した。どれも大した数や強さではなかった。
ただの残党なのか、それとも敵も
「そういえば、この
「男爵さんのところの生き残りかも……? 生き物なのは間違いなさそうですけど。いえ、生きてはいるっぽいですけど、生き物なんですかね……? 怪人と似てるような、そうでもないような……」
ベニーチカはツンツン、と棒のようなもので突いている。彼女にも正体がわからないのなら考えるだけ無駄、と頭を切り替える。
「この辺りからはヴァイスブルク領ですわね……」
「まだ森の中ですけど……わかるんですか?」
「……ええ。勝手知ったる我が家、のようなものですものですもの」
何か目印になるものが見える、というわけではまだないけれど。辺りの景色に、
「このまま、どこか森の中にアジトを探すんですか?」
「いいえ……領地の様子が知りたいですし、情報も必要ですわ。一度、おや……城下町まで
お
今は国の外へ留学中のお兄様、まだ幼い母違いの弟妹たち。そしてお父様、ヴァイスブルク侯。血の繋がった家族だけでなく、領地には家族同然の方達も沢山暮らしている。
疑いがあくまで
「あの……もしかして、ご家族のこととか考えてます?」
「……どうしてそう思いますの?」
「いえ、なんとなくですけど……少し、嬉しそうに見えたので……あっ、すみません」
ベニーチカに見透かされるなんて、よっぽどだ。だから、侯爵領に来るのは嫌だったのだ。どうしても感傷的になってしまうから。
前に進むたび、
そうして、ある日の夜明けの頃。進む道の先に、ひと際の懐かしさを覚える建物があった。まだ遠い丘の向こうに少しだけ現れた、尖塔の先。
「……つ、ついた……んですか?」
「……ええ、もうすぐですわ」
「お尻が痛い……」
「貴女、ずっと
「現代の日本人はそんなに歩けるようにできてないんです……っと、ここまで来ましたけど、あてはあるんですか……?」
ベニーチカは
「ええ。侯爵家が持っていて、今は誰も立ち入らない別荘がございますわ。そちらなら、ゆっくり
朝焼けの中。
「…………か……はっ」
一瞬のことだった。気がつくと、視界は真っ赤になっていて。頭を揺さぶられるような衝撃を受けたのだと気付いた。
すうすうと、妙な寒さを感じて見下ろすと。
どこからか、攻撃を受けている。咄嗟に、背後の森を見ようとする。どこから? 誰が? 狙われたのは
しかし、それ以上の思考は許されず。
『人は、死んだらお星様になるのよ。■■■』
前に一度、どこかで聞いた声。なら、とわたしは思う。
『なら、お星さまが死んだら、どうなるのかしら?』
と。
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