第四章 狩人の章

4-1

「なんかもう、お約束みたいになりかけてますけど……予備ボディも壊されたので、しばらくは安静ですからね?」


 拠点に戻ってくるなり、ベニーチカにそう釘を刺されてしまった。


「それで、今回はどれくらいで治りそうですの?」

「えーと……あちこちに高圧電流を流し込まれてるので、システムチェックに時間がかかるのと……あとは、あの雷霆らいてい剣? でしたっけ? の直撃を受けた胴体と、斬られたパーツの補充、損傷の激しいところの交換で一週間くらい……? 応急処置はしたので、部屋を動き回るのは構いませんけど、力加減がバカになってるので窓枠には近づかないでください……あ、わかりづらかったら、また図解で」

「気持ちは嬉しいのですけれど、遠慮いたしますわ。けれど、意外と軽傷ですのね」


 勇者の剣の名前、間違っている気がするけれど。


「普通に重症ですけど、部品のストックがあるので……でも、鎖を電気の誘導路アースに使うなんて、よく思いつきましたね」

「ええ……」


 思いついた? 本当に、思いついたのだろうか? 雷のことなんて、わたくしはろくに知らなかった筈なのに。それとも、戦っているうちに気付いたのかしら?


「……わたくし、戦いの才能でもあるのかしら?」

「……なに寝言言ってるんですか。そんなものがあるなら、もうちょっと身体を大事に扱ってください。スカートからのアースが取れてなかったら、真っ二つの上に内側から溶けてグチャグチャになってましたよ。そうなったら、直せないかもしれなかったんですから」


 ぞっとしない話だ。確かに、雷が流れたスカート部分は表面が溶けて歪んでしまっている。あれが身体の内側に起こったらと思うと……

 ……あとベニーチカ、最近はわたくしに遠慮がなくなってきている気がする。最初の頃を考えると、良い傾向なのかもしれないけれど。


「それはそうと、今回は無駄骨でしたね、お嬢様」

「無駄骨……?」

「だって、あの勇者……王子様の野望とは関係なかったのでは?」

「……そうでもございませんわ」


 察するに、雷霆勇者はあちらの側に組み込まれて。それが重要なヒントになる。あの勇者は、王国の最強戦力。仮にもし、王子様が敵の中枢に居るなら。比較的近くに居た彼を手駒にしなかったのは妙だ。

 そして、結果、潰し合いになってしまったけれど……あの時の敵の最善手は、弱ったところで私と勇者の両方、或いは片方側を倒すこと。今のところ、勇者が討たれたという話も聞かない。

 周辺の人払いを済ませる程の力がありながら、王城という国の中枢、お膝元でそれをしなかった、或いはできなかった、ということは……


「……敵の戦力は、わたくしたちの想像ほどには多くないのかもしれない」


 例えば、ある程度の権力は握っていても、国の貴族すべてを手中に納めるまでには至っていないとか。もしくは、実際に直接動かせる戦力は然程さほど多くはないだとか。

 向こうにも、隠れ潜むだけの理由があるのか。それとも、王子様が敵の中枢に居る、という前提が違っているのか。


「それでも、拠点を移す準備だけは、しておいた方が良いかもしれませんけれど」

「えっ……」

「王都の戦いで、わたくしの存在は多分明るみに出た。この拠点は王都に近すぎる……なら、時間をかけてしらみ潰しに探されれば、いずれ見つかりますわ」

「せっかく、予備パーツ作りが楽しくなってきたのに……」


 今のわたくし達の拠点は王都郊外の森の中。外から見る分には、ただの木組みの小屋に見える偽装がかかっているけれど……出入りがある以上、絶対安全とは言い切れない。

 しばらくは再起不能だろうけれど、果たして雷霆勇者があのまま大人しくしているのか、という問題もある。


「段取りだけでも進めませんと。何か移動や荷運びの手段はございませんの?」


 建物は見た目と内側で随分と様子は違うけれど、中にある荷物は結構な量のはず。


「移動は歩きか、ウルリケに掴まるしか……あとは、そりを引いて貰って……でも、これだと持っていける量が」


 まさかのいぬぞりならぬおおかみぞりだった。


「片付けながら考えるしかありませんわね。わたくしも手伝いますわ」


 そして、整理を始めてわかったこと。どうやら案の定というべきか、ベニーチカは物を捨てられないタイプらしい。

 部屋の中にあるのは、よくわからないガラクタや謎の機械が大半。わたくしには要不要の判断以前に、使い道のわからないものばかり。正直、全部ガラクタに見える、と言っても過言ではない。なので手伝うと言っても、見張り役程度しかできることはないと思っていたのだけれど……


「じゃあ、説明していくので、いる・いらないの判断をお願いします……捨てるかどうか決めるの、一番疲れるので……」

「それで片付けが捗るなら……」


 というわけで、ベニーチカが片付けたい物を、わたくしが査定していくことになった。なんだか、競売オークションみたいで楽しいかもしれない。


「服……」


 最初に彼女が持ってきたのは、お洋服が数着くらい。いつも彼女が羽織っている白衣(と呼ぶらしい)に質素な服。貴族の基準からすると、部屋着にすら事欠きそうなくらい。庶民にしても……少ないのではないかしら?


「あら、もう随分処分したんですのね。偉いですわ」

「も、元からこれしかないんです……」

「……後で買いに行きましょうね……」


 いきなり出鼻をくじかれた気がする。


「最悪、家の中なら裸でもいいかなって……」

「どうしてそういうところは思い切りがいいんですの⁉」


 どうやら彼女は、「物を捨てられない」に加えて「興味のないものは最低限しか揃えない」性質らしい。いや、前者の性質があるから必然そうなるのか。先が思いやられる。


「次、お嬢様の壊れたパーツ……」

「それ、何かに使えるんですの?」

「えへへ、どうして壊れたか調べて、性能を上げるのに使えるけど……それはもう終わったし、使える部品はだいたい抜いた後だから、ただの記念……」

「捨てましょう」

「お墓作りますね……」

わたくしはまだ生きてるんですのよ」


 そんな風に言われると、捨てろとも言い辛くなってきた。

 こんなこともありつつ、わたくしもやっているうちに少し楽しくなってきた。なんだかんだ整理整頓を通じて彼女の価値観や考えていることがわかってきた気もする。

 などと考えていたところで、ベニーチカが台所から「大物」を持ってきた。


「あと、この紅茶マシンは……」


 出ましたわね。例のタンクとパイプの塊。


「置いていきなさいな」

「うう……けっこう力作なのに……」

「また作れば良いのではなくて? そうすれば、次はもっと良いものができるでしょう?」

「うぅ、正論が痛い……」


 そう言いながらも、ベニーチカは渋々装置を片付け始めた。

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