3-4
再びの、夜の広場。今回はもう、感傷が湧いたりはしなかった。
その中央で、勇者は一人、ぼうっと空を見上げていた。
それは、まるで、壊れた機械のようで。前回の殺気だった姿とはかけ離れていたけれど。
それでも。あれは、「勇者」なのだと。
「……勇者様」
「……ん? ああ、侯爵令嬢殿か」
「『変生』の魔女について。お伝えしたいことがあって参りました」
「ああ……この辺に居るとは思ってたが……接触でもあったか?」
「その件については、誤解がございますの。そもそも彼女は……魔女は、少なくとも世界に、この国に、人々に。危害を加えるような意志を持っていないのです」
ベニーチカは決して頷かないだろうが……もし上手く話を運べば、勇者が義の心を持っているのであれば。彼を味方につけられるかもしれない。そう考えたのだ。
「……そんな戯言を口にするために、此処へ来たのか?」
勇者の目つきが険しくなる。
「戯言ではございません。
それは、それだけは、嘘偽りのない言葉。
「……魔女が王子に利用されてる、とでも言うのか?」
「王子様のしていることはご存知ですの?」
「この国の政治には興味ねぇって言ってるだろ!! 知らねぇよ!」
その言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえて。心を閉じようとしているようにも聞こえて。だから、
「彼女は、あの子は、確かに一度道を間違えました。けれど今の
勇者は
「わかった、わかったよ」
「わかっていただけたのですか」
いや、これは「わかっていない」。
だから、せめて取り返すように。彼の前に、一歩足を踏み出す。次の瞬間、光の大剣が
「ぐっ……あああ……!」
雷が
そうか、この身体の内にも、痛みはあるのだ。生きているのだと。ひどく場違いなことを思う。
「このレベルの貴族すら、魔女の手先に
相手が貴族でないなら、まだ安全だと思っていた。敵でないなら、もしかしたら仲間になれるかもしれないと心を許していた。いや、それ以前の問題だ。力がないことを言い訳にして、
……
「使い魔がやられりゃ、主が顔を出すだろう。あの女が幾ら臆病でも、お気に入りを放っておけるほど図太くはねぇだろ。生きたまま餌になってもらおうか」
……彼女は、来るだろうか? 来ないでほしいけれど。できることなら、そのままどこかへ逃げて欲しいけれど。きっと、来てしまうのだろう。
視界が、ちかちかと星のように瞬く。意識が途切れそうになる。人は死んだら、どうなるのだったか。神様の国に行くのだと、教わった気もする。
『人は、死んだらお星様になるのよ。■■■』
誰かに、どこかでそんなことを言われた気もする。お母さまだっただろうか。でも、
「……不思議な女だ。お前は、オレ達と同じ匂いがする」
勇者の声が、遠くに感じる。慈しむような、憐れむような、そんな声。その時、
「ウルリケ!! やれ‼」
対照的な殺意に満ちた声とともに。鋼鉄魔狼が勇者へ飛び掛かる。
「不意打ちとは、舐められたもんだなァっ‼」
勇者が光の剣でウルリケを弾き飛ばす。それでも尚、狼は勇者に喰らい付こうとする。
「……まて。一度退いて」
それを、少女が制止する。
「思ったよりも、早かったですのね」
こうして彼女に助けられるのは、二度目……いや、三度目だろうか。どうにも、恰好がつかない。
「……来たか、魔女!」
すごく嫌なものを見るような視線で、ベニーチカは勇者を見ている。彼女と勇者の因縁を考えれば、無理もない。
「……わたしは、二度と会いたくはありませんでしたよ」
「久しぶりだな、犬っコロも。暫く見ない間に随分男を上げたじゃないか」
「この子、メスなんですけど……」
「鋼鉄魔狼。あんたの最高傑作だろう? 今度こそ、存分にやり合おうじゃn」
「ウルリケ、ビーム!!」
「ワオン!!」
勇者の台詞を遮り、ヒュパン、と光の筋が彼を目掛けて走る。
「うおっ、アブねぇ!」
「な……何か出ましたの⁉」
「ビームです」
ビームとは。
よく見れば、ウルリケの目から白い煙が立ち上っている。あそこから出たのかしら。
「ウルリケ、時間稼ぎをお願いします」
疑問を持つ間もなく。そう言い伝えたベニーチカが、
「……また、助けられましたわね」
「それはこっちのセリフです。わたしのこと、庇ったんでしょう……わたし、これでも少し怒ってるんですよ」
「また、
「いいえ。お嬢様が、またボディを壊してきたことです。折角直したのに!!」
「もう少し他に言うことはございませんの……⁉」
「冗談ですよ。ありがとうございます」
彼女は笑う。あんな強敵が近くにいるのに、もうそんなことはどうでもいいかのように。
「
「ふふ……首だけの人に怒られても、怖くないです」
そう言って、彼女は首だけの
「……ずっと、最初の時から、お嬢様が戻ってこないなら、それでもいいのかな、って思っていました。もしかしたら、わたしを売って、あのクソったれな勇者と一緒に戦うのかなって」
「言葉が汚いですわよ、ベニーチカ」
「すみません……」
とはいえ、勇者を仲間にできないか考えていたのは事実なのだけれど。だから、
「
そう言いかけた矢先、耳を
「別れの挨拶は終わったか?」
雷を受けたウルリケが、足を宙に向けたまま仰向けで痙攣している。勇者はまだ、そちらから目を離さない。あと、服のところどころが焦げている。どうやら、ウルリケは限界まで頑張ってくれたらしい。
「いえ。ここから始まるんですのよ」
そして、そのウルリケが抱えて(というより、引き摺って)きた
ベニーチカは、身体のあるべきところに
「……前回の反省で、ロケットパンチの回収機構を付けました。スカートの
「……ええ」
「それと……あの勇者の力。わたしは一度見ています。多分……」
その先を聞いて、
「……おいおい。なんだ、そりゃ……」
鋼鉄の身体を目にして、勇者が驚愕の声を上げる。
「カッコいいじゃねぇか……!」
「……
ジトっとした視線を向けたまま、ベニーチカは返す。
「お色直しを待って頂き、感謝致しますわ。意外と紳士ですのね」
「……その身体、見ただけでわかる。スゲぇモノ持ってるじゃねぇか。戦いたくてしょうがねぇ」
勇者サキミは、興奮している様子だった。ベニーチカの起こした騒動のような事件こそあれ、基本的に、この国は平和なのだ。強者との戦いを求める
「前言撤回。はしたないですわ」
勇者とは、この国の最高戦力を指す。
けれど、負ける気はしない。彼女の信頼が宿っている、この身体ならば。
「
「悪役令嬢……スティンガー!」
脚が展開し、膝から腕ほどの太さの杭が高速で射出される。
「おまけに全身武器だらけか……!」
「ぐうっ……!」
だが、浅かった。剣に攻撃を防がれ、カウンターで雷の魔術を叩き込まれる。跳ね飛ばされる
速さでは分が悪い。距離が詰めづらい。なら……
「悪役令嬢……ツインスマッシャー!」
遠距離からの攻撃。回転する両腕。『ラプンツェル』と戦った時の、とどめの技。しかも、今度は二発同時。しかし、
「
飛翔する腕の軌跡は。雷の膜のようなもので弾かれ、捻じ曲げられる。
「その鉄でできた身体は、オレの能力と相性が悪い。
「そのようですわね……!」
スカートの裾から鎖が飛翔し、明後日の方向に転がる
前回の『ラプンツェル』戦を参考に、ベニーチカが追加した新装備。スカートの裏側に付いた鎖の
だが、スマッシャーが決め手にならない。他の武器も、ないことはないが、射程や威力に不安が残る。かくなる上は……強引にでも、距離を詰めるしかない。
これが、勇者。これが、本物の召喚者。なんて
「……マジで何なんだ、その身体」
「彼女の傑作ですのよ。とくと御覧なさいな」
「貴族のお嬢様には過ぎた玩具だろ。召喚者と互角にやり合える武器なんざ」
「でも貴方、本調子ではないのでしょう?」
最初、
「ああ……そいつは勿論だ!
「もう加減はできねぇぞ! だから、大人しく魔女を渡せよ!!」
「お断りですわ‼」
……もし、何もなければ。
けれど、今となってはもう無理だ。
高速の斬撃が
「お前だって、わかってんだろ。その気になれば、あの女は……魔王になるかもしれねぇ器だぞ!」
魔王。それは、昔々の
人ならざる異形を傀儡とし、世界を蹂躙した
そういえば、ベニーチカの瞳。ほとんど黒だけれど、よく見ると暗い赤が混じっていた。何か関係があるのかしら。
けれどそんなことは関係ない。
「貴方が正義を掲げてくれるなら。これで、
彼はきっと、
彼が、強者と戦う、というような我欲だけでなく。まして、童話怪人を操る敵のような、得体の知れない
なら
「お互い大義があるのが正しき争いというもの。それに……」
だから、とびきりの笑顔を、
「
次の瞬間、勇者の身体に鎖が巻きつく。不意打ちは、どうやら成功したようだ。
「なっ、テメェ! 卑怯だぞ!」
「悪役令嬢……ウィンチハーケン!」
知らぬ間に、叫んでいた。スカートの先から、勇者の方へと幾本もの鎖が伸びている。本来は先程のように、悪役令嬢スマッシャー……ベニーチカ曰くのロケットパンチの回収に使うものだけれど。こういう使い方も、できる!
「空の上には行かせませんわ!」
「このまま引き
巻きついた鎖を引き摺りながら、雷霆勇者は飛翔する。
「重い……! なんて重さだ!」
「
鎖を、じわりじわりと手繰り寄せる。なんとしても、勇者の喉元に喰らい付く。
「淑女ってガラか!! なら! コイツを喰らえ!!!」
鉄の鎖を伝って、雷の痺れが流れ込んでくる。電撃で何かが焼けこげる嫌な感触がする。
でも、まだ動ける。動けるけれど、足は一瞬、
その一瞬の間に、鎖が緩む。勇者が縦に
「しまっ……!」
見えない速度の剣閃。本気の太刀筋。断ち切られた鎖がハラハラと落ちていく。拘束を解かれた。その勢いのまま、彼は
いや、見えなくてもいい。あの剣を、
刹那、走馬灯のように
「
集中。鎖の軌道をイメージし、再び射出する。
己に向かう鎖を、彼は再び剣で焼き切ろうとする。しかし、その直前で
そして、鎖は狙い
「迅雷剣が……っ!」
鎖に引き摺られ、大剣は光を放つまま、勇者の手を離れ空中でぐるぐると回転する。
「貴方ご自身の力ならば、どうかしら……っ!」
同じ、神秘の力であれば。
意趣返しのように、彼の胴を目掛けて刃を振るう。
雷の一瞬の激しさを集めた
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