3-3


「あ、おかえりなさい。散歩、どうでし……その恰好、何があったんです⁉ わたしのなけなしのお洋服が⁉」


 ベニーチカは服を乱したわたくしを見て、驚きこそしたものの、明るく出迎えてくれた。


「別に、何も。少し服を引っ掛けただけですわ。こういう身体、久しぶりですもの」

「そ、それはそうかもしれません……けど……? そんな風になります……?」


 流石に、無理があったかもしれないけれど……今は、そんなことを気にしている場合ではない。


「ところで、ベニーチカ。いえ、くれない 一叶いちぃーか貴女あなた、魔女、という言葉に聞き覚えはあるかしら?」

「ま……じょ……?」


 わたくしも、確かに以前口にした。彼女の力は、まるで魔法使いみたいだと。

 鋼鉄魔狼の件は、彼女自身も認めていること。わたくしも、それを承知で彼女を利用した。だから、情報の食い違いこそあれど、今更問うには値しない。

 問題なのは、もう一つ。今まで、目を逸らし続けていたこと。私のお友達だった、シナル・トーレのこと。

 トーレの血統魔法は、石や建材なんかを操る地味なものだった筈だ。塔を持ち上げたのは、もしかするとそれだったのかもしれない。けれど、あの髪。そして彼女の変容へんようには、わたくしのように外からの力が関わっている。ついでに言うなら、あのカエルのような眷属も。

 童話怪人とやら。その元にされた少女に、異界の御伽噺の力を与えている誰かがいる。

 それがベニーチカという確証が、今のわたくしには必要だった。

 けれど、異能チートで似た能力が出てくる可能性は、とても低い。そして、もし万が一、だったとしたら。彼女が好き好んでやっていた、とは思わないけれど。けれど、もしも、彼女がそれに関わっているならば。

 彼女に貰った命も、身体も、受けた恩義も。彼女の意志も、わたくしの意志も関係なく。は、この少女を決して許しはしないだろう。

 ベニーチカは、話の要領を得ないまま、曖昧に微笑んでいる。何かを覆い隠すような、へつらうような笑み。社交の場で、あまりにも見飽きた表情。

 わたくしは、決定的な言葉を口にする。


「正直にお答えくださいな。貴女あなたが、貴女の能力が、童話怪人にも関わっているのではなくて?」

「えっ???? そっち⁉ えっ、あっ、ち、違いますよ⁉」


 彼女の頭の上に、大きな感嘆符と疑問符が見えた気がした。


「……『やっていないこと』の証明が酷なのは承知の上で伺いますけれど。何か証拠はございますの?」

「……ええと、そもそもわたし、王子様とも他の貴族の方とも面識がありませんし……それに、何より……」

「何より?」

「か、解釈が違うので……」

「解釈?」


 今度は、此方こちらが頭の上に疑問符を浮かべる番だった。


「……えーと、わたしがシナル・トーレさんをあんなふうに改造するの、できなくはありませんけど……あんな設計にはしないと思います。わたし、『ラプンツェル』のお話があんなふうに使われるの、嫌ですし。そもそも、あの改造、生き物を生き物ナマのまま作り替えてたじゃないですか。わたしが作ったら、メカ触手みたいな別物べつものになりますよ? お嬢様の身体みたいに」

「そうなんですの?」


 そう言われて、わたくしは自分の身体を見下ろす。確かに、この機械の塊、人形のような身体と、彼女シナルとでは。外見が色々と違った……気もする。

 彼女……ベニーチカのチートは、生き物と機械をより合わせるもの。確かに違う、のかもしれない。それでも。


「貴女の知らないうちに、能力を勝手に使われた、というようなことは? 身体の一部を盗られたりとか」


 例えば、首から下とか。という冗談を思いついたけれど、彼女がまたすごい顔をしそうなので口にするのはやめた。


「身体の一部だけだと、何も出来ないと思います……触媒はあくまで、わたしの力のとおりを良くする儀式みたいなものなので……」

「つまり、犯人は別の人間、ということですの?」

「そう言ってるじゃないですか!!」


 それはそれで、やっぱり似たような能力が二つもある、という意味になる。

 ベニーチカと似たようなことができる能力を持った誰か。王子様の周囲に居る、恐らくは召喚者。誰がそうなのか、何故その力を持っているのか。真相に近づけば、いずれわかることだ。

 ……話しているうちに、いや、それよりも前から。彼女は違う、となんとなく思い始めていた。それでも信じきれなかった。あの勇者を前に、揺らいでしまった。

 心で解ってはいたのだ。わたくしの代わりに、あの子シナルの死に涙を流してくれたベニーチカが、犯人の筈はないのだと。「できる」と「やる」の間に、壁がない人間も居るけれど。少なくとも今の彼女は違う、と。だからこれは、みそぎのようなもの。わたくしの心の中の、最後の疑念を消すための。

 わたくしは、彼女の前にひざまずく。取り返しが付かないことでも、悔い改めることだけはできるから。


「……申し訳ございません。こんな、疑いの目を向けてしまって。そして、改めて、ありがとうございます。わたくしの代わりに、シナルの死をいたんでくれて」


 だから、できる限り、心をこめて。謝罪する。あとの赦す、赦さないは、彼女次第。


「……いえ、いいんです。そういう風に見られるのは、仕方のないことですから」


 彼女の答えは、多分どちらでもなく。「仕方のない」という言い方がかすかに気になったけれど。今の謝罪する側の立場のわたくしには、文句をつけられる話ではなかった。

 それよりも、今伝えるべきは。


「……貴女を追っている者にいました、ベニーチカ。雷霆らいていの力を使う勇者に」

「え……」


 彼女の表情が変わる。明らかに、あの勇者を恐れているようだった。


「けれど、大丈夫。ひとまずのところは、上手く誤魔化しておきましたから」

「……お嬢様、そんな器用なこと、できたんですね……」

他人ひとを何だと思っておりますの」


 あと、地味に失礼だった。


「でも、あの……わたし、わたしのこと、話したり、その、その」


 まるで、まだ出会ったばかりの頃のような怯えた様子に戻ってしまったベニーチカに、わたくしは溜息を吐く。


わたくし、これでも人を見る目は確かなつもりですのよ」


 人の上に立つのが、貴族たるものなのだから。人を人の上に立たせるものは、見識と覚悟だと思うから。わたくしは、今この瞬間、彼女を信じると決めたから。

 あの勇者の彼に揺さぶられてしまったけれど。わたくしを救い出した彼女。戦いの場に身を晒した彼女。この子にあんなことができるはずがない。「有り得ない」、とまでは言い切れないが、きっと、そこにはやむにやまれぬ事情があったと信じられる。


「……王子様が黒幕な件は」

「ぐっ……痛いところを突きますのね」


 淑女にあるまじき声が出てしまいましたけれど。まぁ、それはそれだ。


「……きちんと事情を飲み込むためにも。まずは、聞かせて頂けませんこと? 貴女に、何があったのか」

「……わかりました」


 そうして。ぽつり、ぽつりと。彼女は自分の生い立ちを語り始めた。 


「わたし、元の世界でも、あんまり人付き合いとか得意じゃなくて……家にこもって、ゲームとか機械いじりとか、好きなことばかりしてました」


 疎遠になった家族のこと、行かなくなった学校のこと、大好きな趣味のこと。

 例によって、趣味の話になると熱がこもりはじめるのを受け流しながら。彼女の話は、「今」へ向かってじりじりと進んでいく。

 そして、ある日。


「……そうして気が付くと、わたしが召喚されたのは、山奥の廃墟になった教会でした」


 召喚者は、女神の加護により術者が居なくても招かれると聞く。多分、何か理由があるのでしょうけれど……彼女は、この世界に来た時から、一人ぼっちだった。


「その後は、前にちょっとだけ話した通りです。人を避けて、成り行きで動物を助けて、仲間を増やしていくうちに……気が付くと、山は機械の獣だらけになっていました」


 だから、仲間を求めたのだろうか。人は怖い、けれど、孤独には耐えられない。彼女の語り口からは、そんな矛盾を感じた。


「わたしの力は、生き物を改造するところまで。だから、あの子たちを制御するのは、わたしには無理で。だんだん、暴走しはじめて。そして……最後には」


 彼女は、ただ求められるままに命を救い続けた。結果。世に地獄が生まれた。

 斬っても撃っても死なない機械の獣が闊歩し、人を襲う魔界。まるで御伽噺の魔王の領域。

 ベニーチカはうつむく。それが、鋼鉄魔狼事件として伝えられたもの。「変生の魔女」が起こした出来事。

 彼女の行いを身勝手だと断じることは、きっと容易い。けれど……人は過ちを犯すものだ。いきなり別の世界へ連れて来られて。人の身に過ぎた力を与えられて。誰にも教え導かれず。それで、「正しくあれ」というのは、如何いかにも酷というものだろう。


「その後、討伐隊が来て。その中には、その勇者、とやらも居ました。同じ召喚者だったのは、今知りましたけど……わたしは命からがら逃げ出しました。連れてこられたのはウルリケだけ。この子も重傷を負っていて、改造を繰り返すうちに生身のところはほとんどなくなってしまいました」


 ウルリケが窓辺で寂しそうな鳴き声を上げている。ベニーチカの目の端に、光るものがあった。

 同胞である召喚者の生み出す災いをしずめる。なるほど、如何いかにも正しく尊い行いだ。誤ったものが正された。これは、それだけの話。しかし、其処そこには人の心が欠けている。……今の鋼の身体のわたくしが言うのも、難だけれど。


「だから……わたしは、同じことを繰り返さないように、自分の力の性質について必死に調べました。そして、これ以上は使わないつもりでした。そうしないよう、人の間に隠れて生きることを選びました。けれど、」


 そこで、彼女はわたくしの顔を見て語るのを止めた。悔いるでもなく、責めるでもなく。彼女の表情を、向ける視線を、わたくしは読み解くことができなかった。

 この後のことを、わたくしはたぶん、誰よりもよく知っている。彼女の話は、たぶん完全ではない。なんとなくだが、どこか情報が抜けている気もする。

 ただ一つ、はっきりしていることは。彼女が禁を破ったのも、戦いに巻き込んでしまったのも、わたくしのせいだということ。


「……大まかなところは、わかりましたわ。貴女は過ちをおかし、災いをもたらした。けれど今はそれを悔いているし、繰り返さないように努力もしている」

「……はい。でも、もうおしまいです。あの勇者に、見つかったらもう……」


 彼女は罪を背負い、そして、諦めかけている。なら、わたくしも、私なりのやり方で責任を負うべきだろう。


「……なら、誤解を解くべきですわ。今回は、相手も義で動いておりますもの。言葉を交わす余地があるはずですわ」


 人は、過去で人を見るものだ。だから、あの勇者が正義のためにと魔女を追うのは。けれど、他人の言葉を全く聞き入れない正義は、何よりの悪だ。だから、このまま何もせず戦うよりは、まずはもう一度話してみよう。それが、わたくしの責任の取り方。


「え……で、でも」


 勿論、それで上手く行く、なんて保証はない。けれど、もし話し合うことができるのに。それをせずに逃げ続けたら、戦いになってしまったら。

 わたくしはともかく、彼女自身が後悔するだろう。そう思うから。


  ◇


「……その身体のままで、本当にいいんですか?」

「ええ。今回は、戦いに行くのではございませんもの」


 わたくしは、まだ例の「人並の身体」のまま。

 ある意味では、此方こちらが許しを請いに行くのだ。完全武装で出向いては、むしろ勇者を刺激してしまうかもしれない。


「……無論。万一の時の備えは、お願い致しますけれど」


 勇者は、まだ王都の近くをぶらついている……と思う。時々散歩に出ているウルリケが、彼が王都に戻るところを幾度か目撃しているらしいからだ(ベニーチカはウルリケが見てきたものがある程度わかるらしい。確か、カメラ……? とか何か言っていた気がするけれど)。

 わたくしの誤魔化しが効いているのか、彼女がこうして王都の近くにいることに気付いているのか。はたまた、王子様に接触を試みようとしているのか。ベニーチカと二人連れ、というのは、あの後、彼女の強い主張で決まったことだけれど、危険は大きい。


「それでは、先に行って参りますわ」

「……はい。わたしも、まだ『備え』の準備がありますから」


 まずは、わたくしが交渉。彼女には隠れて、備えていて貰う。それが妥協点だった。

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