第三賞 魔女の章

3-1

「……つまり、お嬢様の元婚約者、王子様とやらが黒幕? で……お友達だったシナル・トーレ男爵令嬢は改造され操られていた、と」

「そういうことになりますわね……」


 わたくしは鋼のベッドの上で身体を起こし、神妙な顔で頷く。

 トーレ男爵邸での戦いから数日。わたくしの調子もベニーチカの様子もひとまず落着き、ようやく今後のことを話せる段階になった。なったので、二人で手持ちの情報を整理していたのだが……状況はやはりかんばしくない。


「これから、どうするんですか?」

「決まっておりますわ。すぐに王子様に真意を問いただして……」


 トーレの家のように、国内の貴族は既に敵の手に落ちている可能性がある。どこまでが敵でどこまでが味方か情報が足りない。実家の侯爵家にも頼り難い。……なら、後は一か八か、核心に迫る他ないだろう。幸い、この身体を使いこなせさえすれば。隙をついて城へ突入するとか、王子様の移動中を狙うくらいならなんとか……


「……あ、言い忘れてましたけど、お嬢様の身体ボディですが、今日からしばらくメンテナンスします。バイタルサインも安定してきましたし……」

「え……?」

「何とぼけてるんですか……あんなになるまで戦うと思ってなかったですよ!! 駆動系の損傷が三十五箇所、フレームの亀裂十五箇所!! オーバーホールどころか三割くらい新造です……」


 凄まじい剣幕のベニーチカ。思い返してみれば、塔から落ちたり、塔ではたかれたり、色々と滅茶苦茶なことをしていたので、頷く他はないけれど。


わたくしはそれまで首だけの生活ですの?」

「……ふっつーの人並の身体を用意しました。本当は、こっちを使おうと思って用意してたんです。戦闘にはとても使えませんけど、普通に動き回るくらいなら……」


 つまり……


「戦力も、情報や手掛かりもない、手詰まり……ということですの?」


 一か八かの博打すら打てない、ということだ。


「手掛かりについては、せめて『ラプンツェル』の首から上だけでもあれば、情報を抜けたかもですけど、わたしには、どうしようもなくて……」


 なにやら物騒なことを口にして、悲しそうにうつむくベニーチカ。けれど、それはそれとして。どうにも気になる、というより。はっきりさせなければならないことが三つほどある。


「……貴方のそれ、結局は召喚者の異能チートなのでしょう? もう少し便利なものだと思っていたのだけど……違うのかしら?」


 この世界には、神秘がある。貴き血に紐付いた奇跡である『血統魔法』(例えば、わたくしもこの身体になる前は炎の魔法が使えた)、そして、本当にあるのかは怪しいけれど、そこより逸脱した外法たる『禁忌魔術』。

 しかし、最大の神秘こそが、女神の祝福を携えし異界からの客人まろうどたち。その力に比類はなく、全てがばらばら。けれど、桁外れであることだけが共通している。だからこそ、その異能は、ただ「いかさまチート」と呼ばれた。

 わたくしを蘇らせた彼女ベニーチカの異能も、それに連なるものであることは間違いない。ただ、どうにも謎が多い。鋼鉄魔狼……ウルリケを作り出したような生き物を弄る力、機能を強化する力と漠然と理解した気になっていたけれど……それだけもない気がする。少なくとも、例えば腕が飛ぶような生き物は、わたくしの知る限りでは居ない(ベニーチカの世界には居たのかもしれないけれど)。


「……あ、はい、すみません……あんまりお役に立てなくて……わたしの能力は、性質が厄介なんです。ちょっと説明もしづらいですし……」

「勘違いはなさらないで。貴女は、十分役に立っておりますわ。だから、もう少し自分に誇りをお持ちなさいな、ベニーチカ。けれど折角ですし、どんな力なのか聞かせてくださいまし。何かのヒントになるかもしれませんから」


 わたくしの処刑された口実、禁忌魔術にも、彼女の能力はどうやら関係がありそうだし……そもそも、最大の問題として。わたくしのこの身体がが謎のままなのだ。これをはっきりさせないと、例えばベニーチカに何かあった途端、わたくしが完全に死んでしまう、なんて事故が起こりうる。は覚悟の上だけれど、弱点は知っておくに越したことはない。 


「あう……えーと……うーん……やっぱり説明が難しいなぁ……わたしの体を触媒にして、生き物と機械を混ぜ合わせる力、と言えば伝わりますか……?」

「……もう少し詳しくお願い致しますわ。何ができて、何ができないのか」


 ベニーチカは説明が長くなるから、と断って、他の部屋から大きな真っ白い板を抱えてくる。頭の先と手足だけが板から出ているさまは、少しかわいらしいかもしれない。


「ふぅ……わたしのチートですけど、生き物を強化改造したり、逆に機械に生物の性質を持たせたり。死にかけの生き物を機械と混ぜ合わせて復活させたり……そういうことができる力です。能力名は、女神様曰く『変生メタモルフォーゼ』というみたいです」


 白い板に『Power UP!!』という文字と、犬のような謎の生き物の絵を描くベニーチカ。

 ……犬? 狼? ウサギか猫かもしれませんわ。


「でも、わたしはあくまで『混ぜ合わせる』だけ。元の生き物が完全に死んでしまえば機能しません。そして、組み合わせる時、わたしの身体の一部を触媒として消費します」


 なるほど。御伽話のような傀儡くぐつを作る魔法まほうに近いもの……と考えればいいのかもしれない。対象の姿形を変え、思い通りに操る力。ただ、彼女の場合は対象が生きている必要がある、と。


「なので普通、組み合わせたものを修理する……作り直すには、融合させた後の構造が自然なものであれば大した力はいりません。でも、お嬢様の身体は、わたしの限界を超えた最高傑作です。『限界を超える』ために色々と無理をしているので、修理にも手間隙かかります」


 なんとなく、わかったようなわからないような、というところで続いて白い板に描かれるのは、辛うじて人型とわかる何か。首と胴体が離れていて……あれはもしや、わたくし……ですの……?

 絵が気になりすぎて説明があまり入ってこないけれど、此方こちらから聞きたがってわかりません、というのは頑張って説明してくれている彼女に対しあまりに失礼だ。なので、こちらも頑張って言葉に注意を向ける。


「その……混ぜ合わせる体の一部、というのは……」

「ちょびっとだけです。無理をすればたくさん要るみたいですけど……髪の毛とか爪とか体液とか、割となんでもいいみたいです。体から出る液は一通り全部調べましたけど、血液が一番効くみたいですね」


 しれっと、とんでもないことを言っている気がするのだけれど。二つ目に気になっていたことを、わたくしは尋ねる。


「この力、効果期間に制限はございますの?」


 それは、この身体の残り時間。わたくしが復讐を遂げるまでに、どれだけの猶予があるかの話。


「……融合させる、までがわたしの能力なので、『融合させた後』はわたしの管理を外れます。なので、構造に大きな破綻がなければ一つの生き物として生き続けるみたいです。最初に作ったウルリケがちゃんと動いているのが証拠。だから、制限時間はわかりません。ただ……」


 そこでベニーチカは、少し言いづらそうに視線を背ける。


「ただ?」


 わたくしは、彼女の目をじっと見つめる。ベニーチカの瞳。真っ黒だと思っていたけれど、少しだけあかい色が混じっているな、というどうでもいいことに気付いてしまった。


「……逆に、一度手を離れたものは、わたしにも大して制御ができませんし、その……元にも、戻せません……」

「あら、そんなことですの」

「お茶とミルクを混ぜ合わせるみたいに。そこに更にミルクや、お砂糖を足すことはできますけど、いくらミルクを足しても元のお茶には戻りません……って、え?」

「元々、わたくしから望んだことですもの。その程度のリスクは覚悟の上ですわ」


 わたくしは、結局のところ死んだ身だ。それは変わらない。だからただ、自分に残された時間がどれくらいなのか気になっただけ。むしろ、それが「ない」「わからない」と聞いて、拍子抜けしたくらいだ。


「……なんだか、お茶が飲みたくなりましたわね……」


 だいぶ頭を使ったのと、気掛かりが片付いたせいで、どっと疲れてしまった。話の途中でお茶のたとえもあったことだし、ティータイムには良い頃合いだろう。


「あ、わたし淹れますよ」


 わたくしも、なんだかんだで余裕がなかったのかもしれない。こんな良い子を疑うなんて。

 そういえば、この体になってから何かを喉に通すのは初めてだ。流石に、本家の使用人が淹れるようなものは望めないだろうけれど。彼女のお手並み拝見、と行こうかし……


「なんですのそれ⁉」


 ふと、目をやった調理場にあったのは、巨大なシリンダーと謎の回転装置、その他よくわからない部品がたくさんついた謎の機械。なんだかよくわからないそれを彼女は弄りはじめた。


「紅茶淹れるマシンですけど」


 紅茶って、温めたティーポットで淹れるものだったような気がするのだけれど。

 呆気あっけにとられるわたくし他所よそに、茶葉を投入された謎の機械が煙と轟音をあげている。

 あっという間にお茶が注がれ、カラン、とコップの中に何かの塊が転がり込む。


「アイスティーです」

「これ、氷を作る機械ですの……?」

「あ、冷蔵庫も兼ねてて……」


 氷をいれたお茶、どこぞの贅沢者の侯爵家の茶会で見た気もするけれど。

 茫然としたまま、受け取ったコップに口をつける。意外なことに、風味や味はまともだった。冷たい液体が喉を通り抜け、じんわりした茶葉の風味が後に残る。……そうか。わたくしは、まだ、何かを食べたり飲んだりできるのだと。そんな当たり前のことを思い出した。


「意外と美味しいですのね……夏にさそうですわ」


 それにしても、彼女の力。あの氷を作る機械といい、やっぱりどうにも、先程の「生物と機械を融合させる」だけでは説明がつかない部分がある気もするのだけど。一体、


「……どういう仕組みなんですの?」

「あ、こ、これですか? これは圧縮冷凍機といって、冷媒を圧縮して無理やり液化させたとき、状態変化で奪う熱を利用して物を冷やす機械なんですけど。ポンプやコンプレッサーの密閉パッキンに使える材料がなかったので、植物にチート能力を使って改造を……」

「いえ、あの、落ち着いてくださいまし。別のことですのよ……貴女の能力のことについて考えておりましたの」

「あ、なんだ、そっちですか……」


 凄まじい早口で意味のわからないことをまくしたてるベニーチカをなんとかいなしながら、即座にちょっと残念そうにいじけはじめた彼女にフォローを入れる。


「……なんでもできて。なんだか、魔法使いみたいだなって」


 嘘偽りのない感想のつもりだったけれど。なんだか、ベニーチカの表情は微妙だった。喜んでいるような、何かを後悔しているような、そんな複雑な顔。


「そ、それに、わたくしの知っている召喚者とは、やっぱり些か違うものですから……なので、その機械のことは、後でゆっくり聞かせて頂ければ……」

「えっ、わたしの他にも召喚者をご存知なんですか?」


 気まずい沈黙に慌てて言葉を継いだが、どうも彼女としては、別のところが引っ掛かったらしい。くるくると驚きで表情を変える彼女は、見ていて飽きない。

 まぁ、遠い異界の地で、同じ世界から来た人間が居る、と聞かされれば、興味をそそられるのも無理はないだろう。


「……わたくしとしては、貴族のことも、召喚者のことも、常識のたぐいなのですけれど。そもそも、貴女、この国のこと、どれくらいご存知なのかしら……?」


 それ以前の問題として。ベニーチカは、この国、この世界自体の知識が欠けていることが多い気がする。一度、機会を見つけてまとめて教えたほうが良い気もするのだが……。


「はい……すみません……基本、ソロ……というか一人ぼっちだったので……」


 まずは、一つずつ。地道に覚えて貰うしかないだろう。


「そうですわね。まずは召喚者の話から、ですかしらね……功績が著しい方は『勇者』と呼ばれることもあるのですけれど……」


 わたくしの気掛かりは、もう一つだけあるけれど。それは、また今度でもいいだろう。


  ◇



「ちょっと、外に出かけたいのですけれど」

「ええー……わざわざ出歩く必要あります……?」


 予備の身体への交換を済ませた後。わたくしが要望を告げると、ベニーチカは露骨に面倒そうな顔になった。

 敵と一戦交えた今、おいそれと出歩くわけには行かないのはわたくしもわかってはいる。とはいえ、このところ何もできず、先の見通しも立たない中で、考えが煮詰まり過ぎている気がする。

 あのシナルではないけれど、ずっと部屋にこもっていては気が滅入ってしまうかもしれない。なので、


「少し、頭を冷やしたいので。今のこの身体なら目立たないでしょうし、夜中に散歩くらいなら、構いませんわよね……?」

「……ええ……まぁ、それくらいなら、お嬢様がいいなら、うーん、いいですけど……」


 夜の間に外を歩く、ということで、どうにか折り合いをつけた。幸か不幸か、今の人並の身体なら、顔さえ隠せば悪目立ちはしないはず。


「それでは、行ってまいりますわ」


 今回はベニーチカにもきちんと挨拶して、扉に手をかける。

 夜の風が、心地いい。

 ただ、あの鋼鉄の身体……この身体もたぶん、鉄といえば鉄なのだけれど……に慣れた今。普通の身体は、どうしても不自由に感じてしまう。

 そして、わたくしは……外に出たからにはどうしても、見ておきたい場所があった。


  ◇


 わたくしは、王都の中へと歩みを進める。普通に入れば、衛兵に見つかってしまうものだけれど。そこはそれ、貴族ならではの裏道というものがある。子供のころは、同じ貴族のお友達と、よく勝手に抜け出しては怒られていたものだ。


 月明りに照らされた広場は、とは違い静寂に包まれている。

 ここは、わたくしを終わらせた、あの断頭台があった場所。

 もう、わたくしの身体も、命も、ここには何も残ってはいないけれど。わたくしは確かに、ここで一度死に。そして、侯爵令嬢ではなくなった。今までのなにもかもをくしてしまった。

 わたくしは、指でゆっくりと地面を撫でる。今はもう、過去のこと。全てが終わった後のこと。それは或る意味では、自由になった、とも言えるのかもしれない。シナルがあれほど望んでいた、自由に。

 それとも、やはり、今のわたくしはただ、ここで死んだ令嬢の妄執もうしゅうが走っているだけの存在なのかもしれない。自由というものの価値を、わからないままなのかもしれない。わたくしがあのシナルを殺した時のまま。


 ……どちらであるにせよ。もしくは、他のなにかであるにせよ。わたくしには、為すべきことがある。そして、わたくし達はまだ弱い。敵が『ラプンツェル』のような戦力……童話怪人を引き連れているなら、戦う力が必要になる。ベニーチカは優秀だけれど、ウルリケを加えても直接の戦力としてはまだ心許こころもとない。他にも、仲間が必要なのかもしれない。

 広場をぐるぐると歩き巡って、そんなことを考える。でも、星の輝く空を見上げれば、そんな悩みはひとまず首を引っ込める。

 今夜は、こんなにも月が明るくて……そして。何気なく見上げた先、空の上に、はいた。

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