2-6 (ニ章終)


 ばらばらに崩れかけの塔のふもと。視界の隅には「ゼロ」の赤いカウンターが点滅している。


「……お嬢、さま。マーリア、さま」


 傍らのシナルは、語りかける。もう居ない少女へ向けて。


「ありが、とう。また、お見舞いに、来てくれて」


 心も、髪も失って。何もかもが抜け落ちたようになって。彼女はようやく悪い夢からめたのだと、わたくしは思った。

 きっと、彼女が『ラプンツェル』だった頃のことも、記憶にもないのだろう。


「……体の中、滅茶苦茶にいじられてます。この人は、もう……」


 シナルの身体を見て、ベニーチカは小さくそう呟き、首を横に振る。

 やはり、彼女は誰かによって手を加えられていたのだろう。或いは、わたくしと、同じように。

 けれど、今そこには、昔のままのシナルがいた。


「マーリアさま……王子さまと、喧嘩、しないでね……」


 これは、全て終わってしまった物語。既に終わりを迎えたものが、まだまらずに動いているというだけの話。


「喧嘩なんかしたら、私が、とっちゃう、んだから……」


 ラプンツェル、否、シナルの身体は炎に包まれ。塔をもぎ取られた屋敷もまた、至る所から火を噴き出す。そして、その傍らには。傾き二つに割れた石塔の残骸が墓標のように突き刺さっている。


「……帰りましょう、ベニーチカ」 


 こうしてわたくしたちは、最初の戦いを終えて帰路についた。思うことも、話し合うべきことも、沢山あったけれど。まだ、何も口にする気になれなくて。

 帰り道の途中、ベニーチカはずっと、そっぽを向いたままだった。


  ◇


 どうにかこうにか、森の中の拠点に帰り着き。わたくしはまた、例の奇妙なベッドの上に横たわっていた。二人とも疲れ果てていたし、ボロボロだったから。一度休もう、ということになって、わたくしは暇を持て余していた(ちなみに、窓枠は最後の力できちんと直した)。

 そんな時、トントントントン、と扉を叩く音がする。

 どうぞ、と声をかけると。開いたドアの外には眼の下を腫らしたベニーチカの姿があった。


貴女あなたの家なのだから、ノックをすることも無いでしょうに」

「……もっと、落ち込んでるんじゃないかと思いました」

「ベニーチカ。貴女あなたが落ち込んでどうしますの」

「……だって、助けられなかったから。お友達、だったのに……わたし、戦うって言ったのに、結局、何もできなくて……」


 敵を倒すということに、必ずしも命を奪うことが含まれるとは限らない。けれど。そうしなければならない日は、戦い続ける限り、いつか必ず来るのだと。昔、お父様が言っていた気がする。

 それは多分、正しかったように思う。わたくしの命が奪われたように。それが物事のめぐりというものだ。


わたくしも、そしてたぶん彼女も、自分で決めた道を歩いた。それを勝手に『助けよう』とするのは、侮辱ではないかしら?」

「……そうかも、そうかも、しれませんけど」

「……でも。わたくしは、感謝しておりますのよ」


 そっと、また泣き出しそうなベニーチカを抱き寄せる。子供の頃、お母さまがこうしてくれたように。優しく。壊れないようにイメージをしながら。


「……冷たくて、ゴツゴツしてます。あと鉄のフリルが刺さります」


 それはそうだった。


「……王子様が黒幕だと『ラプンツェル』は言っていましたけど」

「ええ。でも……あの人も、操られているだけかもしれない」


 だから。確かめに行かないと。

 幾つもの死体を積み上げて。

 だってこれは、復讐なのだから。けれど、


「もし、よろしければ……改めて、わたくしと一緒に戦っていただけないかしら?」


 今まで。わたくしは全てを独りで片付けようとしていた。共に戦うことがあるとしても、それは同じ貴族……トーレの家のような者たちと手を組むことだと、そう思っていた。 

 一人ではできないことがある。わたくしに味方してくれた人がいる。言葉にすれば、簡単なこと。けれどわたくしは、独りで背負うのが当たり前だと思っていた。重荷を分かち合うことなど、想像もしなかった。それが貴族の務めなのだと、生まれた時から思ってきた。

 ……もう、貴族ではないのだと。侯爵令嬢のマーリアではないのだと口にしたのは、他ならぬ自分自身だというのに。


(……難儀なこと)


 たとえ一度死のうとも。この身に沁みついたものは、簡単には取れはしない。

 だからわたくしはじっと、彼女の答えを待つ。独りで全てを終わらせたい、と願ったのも。今この時、彼女に手助けをしてほしい、と思うのも。どちらもわたくしの我儘だから。

 沈黙の後。


「ええ、勿論。わたしも、一緒に戦います。お嬢様」


 躊躇ためらいがちに、彼女は続きを口にした。


「……今度こそ。自分のしたことから、逃げたくないんです」


 と。その言葉の真意をわたくしが知るのは、もう少し後のことだった。



◇ 第二章『とうの章』 完◇

◇ 次章 第三章『魔女の章』 ◇

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