2-5

「あら、戻っていらしたの」


 彼女シナルは、塔の下に変わらず独り佇んでいた。

失った髪の毛を補うように。頭から光の糸が噴き出し蠢いている。


「てっきり、ぺしゃんこになったとばかり思っていたけど」

「そちらこそ。胸に穴が空いても動くなんて、頑丈なこと」

此処ここへ戻ったということは。覚悟は済んだのかしら? マーリア」


 『ラプンツェル』は、死人のような笑みで微笑む。


「……ええ。済みましたわ」


 貴方を、葬り去る覚悟が。

 言葉を重ねる間にも、視界の端で数字が減っていく。これが、ベニーチカの言っていた活動限界までのカウントダウン。ゼロになれば……最悪、爆発するとかなんとか。一方、


「やっぱり、あんなのラプンツェルじゃないぃ……」


 などと、弱気をこぼすベニーチカ。


「思い入れがございますのね……」


 幼い頃に読んだ御伽噺。わたくしにもあるけれど……ラプンツェルなんてお話は、やはり


「いいえ、私は『ラプンツェル』。塔に閉じ込められた女の子。あの方が、そう呼んでくれたのだから」


 戦いの幕は、既に切って落とされた。

 『ラプンツェル』の髪が光の残像を残しながら、弧を描くように私を襲う。

 腕の回転で辛うじて攻撃を弾く。火花を散らし、距離を詰める。


「……っ!」


 気が付くと、髪を受けた腕の淵の装甲が溶けていた。けれど、本数自体は明らかに減っている。残された毛も、血にまみれている。多分、彼女も……『ラプンツェル』もまた、限界を超えている。

 カウント、残り五十。最後の一本の髪をさばききる。腕は、どうにか機能している。

 追い詰められた彼女は、彼女の世界を傾ける。巨大な塔が、視界を塞ぐ。

 その瞬間こそが、好機チャンスだ。

 同時に。鋼の膂力りょりょくが、人の重みを遥かに超えた鉄の身体を飛翔させる。


 わたくしは跳躍する。鳥よりは低く、けれど、人がするより遥かに高く。そして『ラプンツェル』が振り回す塔に飛び乗り、駆け上がる。


「なっ……!」

「えっ⁉」


 『ラプンツェル』とベニーチカの、驚いたような声。

 鉄の体躯からだなのだから、のろくて重いに違いないと思い込んでしまっていた。でも違う。この身体の限界は、そんなところにはない。思い描いた以上の動きを返してくれる。

 だから、わたくしを縛っていたのは、わたくし自身なのだと思う。心の在り様次第、とベニーチカが言っていたように。必要だったのは、この身体を信じてあげること。

 傾いた塔の上を走る。高く、少しでも高く。

 ラプンツェルが塔を振り回し、振り落とされそうになる。

 カウント、残り三十。一度振り落とされてしまえば、機会はもう来ない。

 けれど、ただ回る腕で殴るだけでは、届かない。ただ腕を飛ばすだけでは、きっとちからが足りない。


「なら……」


 両方を組み合わせる。

 塔の頂上。終着点。シナル……ラプンツェルが嘗て居た部屋。その中に一瞬、眼を留める。当然、彼女が居るはずがない。けれど。部屋に閉じこもった幼い少女の幻影が、窓の中に見えた気がした。

 その幻に祈るように腕を組む。理屈はよく解らないけれど、一度腕を飛ばした時のように、片方の腕に力を集める。腕が回転を始める。塔の頂上を蹴り砕きながら、わたくしは最後の飛翔をした。

 眼下には、塔と、その重荷に耐える「今」の少女シナルの姿。

 そして……


  ◇ ◇ ◇


  月を背負って、傷だらけの鋼乙女れいじょうが飛翔する。

  腕が、運命を巻き込む車輪のごとく、月の光を反射しながら回転する。



「悪役令嬢……スマッシャー!!」


 暴走する糸車の如く回転する腕が、身体から飛び立ち軌跡を描く。

 天から地への一撃が塔を真っ二つに砕きながら、その下の『ラプンツェル』へと迫る。

『ラプンツェル』……シナル・トーレもまた、その一瞬、空の上を見ていた。 

 鉄の腕が、ちてくる。見上げた空を飛ぶ鳥のように自由に。けれど、自分を目掛けて。


「……私は」


 少女は想う。夢を見る。

 外の世界は確かに綺麗だ。でも、私はそれが羨ましかったわけじゃなく。

 ただ誰かに、この場所へ手を差し伸べて欲しかったのだと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る