2-4

「……助かりましたわ」

 屋敷の地下。わたくし達は部屋の片隅にうずくまっていた。

「ウルリケ、えらい子です」


 ワォン、と狼が機嫌よさそうに吠える。


「どうしてこの屋敷が? いえ、その前に……何故追いかけて来たのかしら」


  こっそり静かに……窓は壊したけれど……抜け出してきたわたくしとしては、今の状況に首をかしげざるをえない。


「調整もまだなのに、勝手に居なくなっていたら普通に探しますよ!! あっ、ちなみにこの子が匂いを辿ってきました……」

「……その狼? もしかして……」


 彼女が『ウルリケ』と呼んだそれを改めて眺める。狼のような姿をした機械。動きで野生の獣のそれとわかるけれど、外見はほとんど生身の部分が残っていない。辛うじて片耳が毛で覆われている程度。


「ええ。人呼んで、鋼鉄こうてつ魔狼まろう。『ウルリケ』といいます。賢い子です」

「……そう。助かりましたわ、ウルリケ」


 ウルリケは興味がなさそうに唸り、どこかへと姿を消した。


「恥ずかしいんですよ」

「そういうものかしら……」


 鋼鉄魔狼。生きていたとは。生きて……いる、のだろうか? この狼も、自分と同じような境遇なのかもしれない。一度死んで、蘇って。それで……そんな考えごとの迷路に嵌りそうになったわたくしは、ベニーチカの言葉で引き戻された。


「それより、一度撤退しましょう。相手もかなり深手を負っています。いまのうちに、わたしのラボまで戻って……」


 彼女の言うことは、もっともだ。けれど、


「いいえ……」


 それは、駄目だ。


「きちんと修理して、また挑めばいいじゃありませんか!」


 わたくしは、首を横に振る。

 考えが甘かったのだ。旧知の友にまで、敵の手が及んでいるとは思いもしなかった。何より、敵の正体について、わたくしは考えないようにしていた。だから、足下をすくわれた。

 わたくしが生きていることが伝われば、侯爵家おいえに類が及ぶ。それに……

 ちらり、とベニーチカの方を見やる。彼女の顔を見られてしまった。敵……ラプンツェル曰くの王子様……の耳に入れば、ベニーチカにまで追手がかかる。

 彼女は、勇気を出してここまで来たのに。それが報われないのは間違っている。


「ここで、『ラプンツェル』を倒しますわ」


 そのためには。今、ここでシナルの口を封じるしかない。


「無茶ですよぅ!! 未調整で、こんなに壊れてて」

「なら、今すぐ調整と修理を。最低限で構いませんわ」


 ベニーチカはじぃ、っと此方こちらを睨んだ後。根負けしたように口を開いた。


「……嫌な予感がしたので、道具は持ってきましたけど!! 片腕がなかったらどうしようも……」


 そんな言い合いをしているところに、千切れた鋼の片腕を咥えてウルリケが戻ってきた。

 先程、「悪役令嬢インパクト」とやらで飛んでいったわたくしの片腕。


「……こほん、あるなら、いいんですけど。えらいですよ、ウルリケ」

「……ところで、この武器なんですの? 勝手に頭に名前が浮かびましたけれど」


 残った方の腕を、先ほど『ラプンツェル』の髪を巻き取った時のように回しながら尋ねる。最初は無我夢中で必死だったけれど、慣れてくると少し楽しい。


「ロケットパンチです」

「……なんですのそれ」 


 なんだか、わたくしの叫んだのと違う気もするけれど。


「腕がグルグル回ったり、どーん! って飛んだりするやつです」

「それは見ればわかりますわ。『ラプンツェル』とあいまみえた時は重宝いたしましたけれど……」


 もしかして、わたくしの身体に仕込まれているらしい武器、他のものもこんな感じなのだろうか。


「それより、『ラプンツェル』……あの敵は、そう言うんですか? なんだか、そういう感じ全然しないですけど……でも、塔に髪とかは……気になりますけど……うーん?」

「なんですの、その妙な食いつき……確かに、今の彼女はそう名乗っておりましたけれど」

「わたしの世界の童話なんです。髪の長い、綺麗なお姫様の……」

「あなた、機械の方が好きだとばかり思っていたけれど、そうでもないのね……」

「いえ、はい、御伽おとぎばなしとかも大好物です。節操のないオタクでごめんなさい……」


 ウルリケがぺい、と咥えてきた腕を吐き出し、退屈そうに吠える。


「はいはい、今取りに行きますから……」


 ベニーチカは腕を拾って、色々な方向から眺め回している。 


「……それ、そもそもくっつきますの?」

「元々取り外せるようにつくっているので……付けるだけなら。回収機構もやっぱりついてたほうがいいですね……」


 ベニーチカは何事かをぶつぶつと言いながら、自分の世界に入りつつあるけれど……まだわたくしには、彼女に言わなければならないことがある。


「あ……あの」


 勇気をふり絞る。今を逃してしまえば、いつ言えるかわからなくなるから。


「その……今更ですけれど。勝手に出て行って、ごめんなさい」

「そんなことですか。いいですよ、別に」


 ぽかんとあっけにとられたような顔で、ベニーチカは返す。


「そんなことって……その……謝るのは結構、勇気が要りましたのよ……?」

「わたしが勝手に助けたんですから、勝手に出て行かれても文句を言える筋合いじゃないと思いますけど。調整が済んでなかったのは問題ですけどね……」


 そう……なのだろうか? いや、彼女本人がそういうのなら……


「でも……」

「……むしろ、リハビリもなしでそこまで動かせるなんて思ってもみませんでした……骨格ほねや神経が残ってるわけでもないのに……」

「そういうものですの……?」

「人間は、自分と違う身体をいきなり動かせるようにはできていないんですよ。本当は訓練が必要で……っと、ちょっと腕上げてください」


 ガション、と腕が元の場所に嵌め込まれる。


「……んっ」


 少しビリっとするような痛みが走って、びっくりした。


「こうやって、腕を飛ばせたのも、ホントはなんかヘンなんですよね……」

「なんだか遠回しにおとしめられているような気がするのだけれど……」

「あ、そ、そういうのじゃないです! ただ、不思議だなーってだけで……普通は、急に違う自分をイメージできないものだから」


 やっぱりなんだかちょっと引っ掛かる言い方だけれど。つまり……


「身体と心に隙間ギャップがあると、きちんと働かない……ということからしら?」

「そういうことです。る意味では心次第、というか……想像が自分も縛ることもある、というか……だから」


 ベニーチカは妙な仮面を付けて、火花で装甲を塞いでいる。そうしながら、彼女は問い掛ける。


「……本当に、戦えるんですか?」

「今、戦えるようにしてくれているのでしょう?」

「……でも、少し、話が聞こえただけですけど。あの『ラプンツェル』さん、お友達、なんでしょう?」


 表情は見えないけれど。言いたいことは伝わる。彼女は、わたくしの「心」が戦えるのかどうかを案じてくれているのだと。


「……貴族の世界はそんなものですわよ」


 別に、強がりではない。何かの拍子に政敵へ嫁いで実家と骨肉の争い、なんて珍しくもない。

 ただ……それが悲しくないのかと言われれば、たぶん違うのだけど。

 わたくしは、それを上手く言葉にできなくて。彼女は、たぶん悲しそうで。そこから先は、二人とも無言だった。


「最低限、動けるようには調整しました。でもダメージが蓄積しているので、腕以外の内蔵武装は使えないと思ってください。それと、戦闘限界時間は三分。それを超えたら、どこに異常が出てもおかしくありません。最悪、爆発します」

「満身創痍ですのね……」


 爆発について詳しく激しく問い詰めたい気持ちもあるけれど、時間がない。


「それはそうです。全身のフレームがひしゃげてますから。うちの窓みたいに」

「……その節は申し訳ございませんでしたわ……」

「帰ったら、窓を直してオーバーホールですよ……」


 思えば、どうしてわたくしは窓から外に出てしまったのか。別に、こっそりドアから出ても良かったのではないかと思うのだけれど。

 けれど、「帰ったら」、という言葉には少しだけ胸が踊った。

 今からちょっとだけ未来の約束。これから昔馴染みと命のやり取りをしよう、というのに。何故か笑みがこぼれてしまう。


「では、行って参りますわ」

「あ、わ、わたしも手伝います!」


 制止しようかと少し悩み、わたくしは結論した。きっと、止めても意味はないだろうと。

 むしろ……『ラプンツェル』はベニーチカになにか驚いていたようだった。別れた後で彼女の方を狙われるよりは、固まって動いた方がいいかもしれない。

 あの狼……ウルリケがいれば、彼女を守るくらいはしてくれるでしょうし。


「……無茶はしないように」

「お嬢様に言われたくないですぅ……」

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