第二章 塔姫(とうき)の章
2-1
「あー、あー……お嬢様。私の声、聞こえますか?」
「聞こえておりますわ、ベニーチカ」
彼女の声で、私は再び意識を取り戻した。
「またその呼び方ですか……別にいいんですけど……聴覚、言語、発声機能は問題なし……ちょっと起こしますねー」
そこへ、ベニーチカが全身の映る大きな
「
「眠って貰っていました。結構大仕事だったので……でも、やっと出来上がりましたよ」
そう言って彼女は、姿見を見るよう促してくる。
「これが、今の
確かに、鏡に映ったのは自分の顔。少しやつれてはいるけれど、
しかし、首から下は別物だ。
「……最大出力はだいたい人間の千倍くらい。装甲は耐熱・耐圧・耐爆。武器も内蔵してあります。これが多分、今のわたしの技術の限界です……」
「……武器」
「えっと、必要かな、と思って一通り……あとで説明しますけど」
多分だけれど。彼女の言う武器と言うのは、槍や剣のこと……ではなさそうだ。
ゆっくりと腕を上げ、手に力を込める。拳を握り、開く。何気ない動作でも、新しい身体に込められた力は格が違うと理解する。しかし、落胆することが一つ。
(……魔法は、やはり使えませんのね)
貴族の血筋にある者は、
けれど今は、これで十分。いいえ、彼女はベストを尽くしてくれた。なら、
「パーフェクトですわ、ベニーチカ」
「あ、でも、調整がまだ終わってなくて……」
「……あとどのくらいかかりますの?」
「ぶっ通しで数日くらいは……こういうの初めてなので……」
「……あまり無理なさらない程度にお願い致しますわ」
◇
夜。
長い間、意識を失っていたせいか。興奮で寝付けないのか。それとも、もはやこの身体には、
一方ベニーチカは、すぴょー、すぴょーと間抜けな寝息を立てながら寝入っている。
「……随分と遅くまで頑張っておりましたものね……」
夜の冷たい雰囲気は、鋼鉄の身体ではもう感じ取れないけれど。こんなにも落ち着いた時間は久しぶりかもしれない。婚約を破棄されて。冤罪で処刑されて。彼女に拾われて、こうして新しい身体を得て。
けれど、これ以上は彼女を巻き込んでしまう。ベニーチカは別の世界から来た人間。私の復讐に付き合わせる道理はない。
そう、これは復讐だ。
改めて。今まであった出来事は、素直に時代の流れ、と呼ぶにはやはり急に過ぎる。なら、そこにはやはり誰かのよからぬ企てがある。ならば誰かが、
……色々と考えたけれど。結局それ以外に、これからの生き方は思い浮かばなかった。
力には、高貴な在り方には、相応の責任が伴う。
だから結局、
眠るベニーチカにそっと毛布をかけて。そして……
「……ありがとう」
寝入る彼女の耳元に囁く。静かに窓を開け……ようとして、窓枠が
「……少し、力加減の練習が必要ですわね」
普通の人間の千倍、とベニーチカは言っていたか。自分で要求しておいてなんだけれど。ここまでの力、要るのかしら……?
窓の外に抜けると、景色ががらりと変わった。目に映るのは見慣れたこの国の都の景色。今の私には、ずっと遠くの建物の形まで手に取るようにわかる。
「……ここ、王都の近くでしたのね」
頭の中で地図を描く。ここは、たぶん王都の郊外の森の中。狩猟や乗馬のために、わざと残してあるところ。
彼女……ベニーチカの足でそう遠くまで逃げられる筈はない、と思っていたけれど。まさか、こんなにも処刑された場所の近くだなんて。
何かの道具で隠蔽されている、とそういえばベニーチカが言っていたような気もするけれど。どんな術を使っているのか、さっきまで居た部屋も、
森の奥から、
「……これから、何処へ参りましょう」
だから、このままでは何処にも行けない。
とはいえ、心当たりは……無いではない。
敵(ひとまず、そう呼ぶことにする)は
「……
頭の中に、おぼろげに知り合いの顔が浮かんでは消えていく。ついこの前まで笑いあっていたのに、ずっと昔のことのよう。どこか、現実感が抜けている。一度死んでしまったから? それとも……
「っ……」
微かに頭痛。まだ、どこか不調を抱えているのか。昔のことを思い出そうとすると、妙な感覚を覚える。
……まぁいい。貴族社会は広いようで狭い。噂が伝わりやすいのは、敵も味方も同じ。
敵がそこに通じている可能性がある以上、
今の
相手が貴族社会に食い込んでいるならば。探るなら、下級貴族から。それも、なるべく足取りを
「……あの家……トーレはどうかしら」
侯爵、伯爵ならいざ知らず。男爵ともなれば、貴族らしくない貴族も多い。領地が中央に近くとも、貴族同士の繋がりや社交界には
そして、トーレ男爵領を通る道は、婚約者……王子様と密会するためによく使っていたルートでもある。屋敷にも幾度か厄介になった。裏道もよく知っている。
「あそこなら、知り合いもおりますし……」
それに……あそこの娘、シナル・トーレとは顏馴染みだ。あの子なら、情報が他所に漏れるのも、逆に誰かに抱き込まれているのも考え辛い。
目的地が決まったので、夜の間に道を歩く。こんなにも長い距離を、馬車も使わず生身の足で歩くなんて、
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