1-2 

「……生き、てる?」

「あ、起きた。よかったー……」


 目覚めたとき、己を覗き込んでいる、誰かが居た。

 年頃は十を過ぎた辺りだろうか。小柄な少女だった。

 艶のある黒い髪。まるで、陽の光に当たったことなどないように白く透き通る肌。

 けれど、その印象をすべて打ち消してしまうような、得体の知れない白い外套がいとう。そして、何もかもを吸い込むような、黒の瞳が私を見つめていた。

 処刑されたのに、生きている。

 確かに、ギロチンにかけられた筈なのに、命と身体が繋がっている。何故?

 混乱の中、最初に思い浮かんだのは、元婚約者の気遣いだった。処刑をされたことにして、逃がそうとした? 命だけでも助けようと?

 ……そんなことに、何の意味が?


「あ、身体からだは持ってこれなくて……首から下は、ぜんぶ作り物だから、気を付けて」


 身体がついている、というのはただの錯覚だった。

 見たこともない、おぞましい機械が周囲でうごめいている。身体の様子を見ようとしても、そもそも首が動かない。


「……どうして、わたくしを助けたのかしら?」

「その……えっと、侯爵令嬢を助ければ、侯爵家からがっぽりお礼が貰えるかな……って」

「あり得ませんわ」


 それは、有り得ない。何故なら、わたくしは死んでいるのだから。


「たとえ不当な罪状であろうとも、実際には生きているとしても。おおやけに処刑を宣告され、首をはねられた以上……侯爵令嬢としての私は死んだまま。だから、お家が私のために何かをする、などということはないでしょう」

「そんなぁ……がんばったのに……」


 へたっ、と膝をつく少女。奇妙なことに、彼女は本当にそう信じていたらしい。処刑された令嬢が生き返れば、家族は涙を流して喜ぶとでも?


貴女あなた、平民の出かしらないけれど、貴族の世界に無知が過ぎるのではなくて?」

「だって……あなた、悪く、ないのに」

「個人の善悪なんて、些細なものでしょう。いくさや政変で命を落とした人間が、全員悪人だったとでも言うつもりかしら?」

「それはわからないけど……けど。でも」


 この価値観と、奇態きたいな姿。未知の技術。間違いない。彼女はきっと……


「貴方は、どこの出ですの?」

「あー……えっとえっと、もともと、ここより北の山奥の村に隠れ潜んでたけど、ちょっと、その、村の周りがメカだらけの惑星Ziみたいになっちゃって出てきたんです……あっ、水平線ホライゾンでゼロがドーン! なやつでもいいんだけど……異世界の人にこんなこと言っても仕方ないか……その前は、あの、多分わからないと思うけど、地球、日本に……そこからここに送られ、て」

「……何を言っているのかはさっぱりわかりませんが。それはつまり、私と同じように改造した、というようなことかしら? 人を」


 彼女の言い分、後半は早口でくぐもっていたせいで聞き取り辛かったが。

 前半部分、どこか、頭の隅に引っ掛かりを覚える。今の己と同じように、機械に繋がれた動物。人であった何か。確か……


「……ううん、人間は使ってない……です。鹿さんとか狼さんとか、そういうのだけ……」

「……鋼鉄こうてつ魔狼まろう事件。貴女が犯人でしたのね……」


 覚えがあった。剣も槍も通じない、魔法ですらも死にづらい。そんな鉄の獣が、国の辺境に現れたという噂。

 結局は勇者に退治されたと聞くが、それはよもや……


「だって、罠にかかった狼さんが可愛そうだったから……」


 この世のことわりを理解せず、感情のままに力を使う、。彼女を野放しにすると、とても不味まずいことになる、と統治者きぞくとしての勘がささやいている。

 だが。同時に……その力は「使える」と、別の自分が囁いてもいる。それに……


(禁忌魔術……奇妙なこともあるものですわ)


 己を断頭台へ送った、最後の一押し。禁忌、と言う名でくくられた魔術は数多くあるが、わたくしにかけられた疑いは確か……「生物を作り変える魔術」と、「死者蘇生の魔術」の研究。

 妙に具体的だな、とは思っていた。まったくの捏造ねつぞうだと思っていたけれど、物証も幾らかは出てきた。貴族を追い落とすだけならば、例えば「悪魔を召喚した」というような大雑把な風評だけでいい。それで発言力を削ぐには十分だし、何より断頭台にまで送る必要は無い。

 ……成程、彼女が話の発端だったのか、とに落ちた。実在する「魔女」と「魔法」を隠すために、私に罪を押し付けたのかもしれない。


「……なら、貴女あなたわたくしにも、同じように戦う力をくださいな」

「……え?」

「気の毒に思ったから、助けたのでしょう? 哀れに思うから、力を与えたのでしょう?」


 それは、非常に単純な論理ロジックだ。生前、侯爵令嬢としての責を全うしたのならば。蘇ったことにもまた、意味がある筈だと。そう思ったから。


わたくしには、成すべきことがございますの。だから、それと戦うためには……力が必要ですのよ」


 一度死んで、己の生を俯瞰ふかんしてみれば。そもそも、不自然な点が多すぎる。

 婚約破棄と侯爵家の反乱疑惑には、誰かの意志が働いている。何者かが、この国をほしいままにしようとしている。

 なら、それを終わらせ、陰謀をくじかなければならない。それが務めだ。

 そのために使えるものは、何でも使う。人の善意でも、後ろめたさであろうとも。


「ど、どうかな……人間をここまでいじるの、初めてだから……」


 目の前の少女は、きっと巻き込まれただけなのだろう。

 成り行きで別の世界に現れ、流されるまま力を振るいつづけただけ。

 己の断頭台送りが彼女のせいだ、などと恨み言を口にするつもりはない。

 それでも、関わったからには、命を救ったからには。己と同じように、彼女にもきっと責はある。


「どんなリスクも構わない。今の私に、私の負うべき役目に相応しい、鋼鉄の身体を。貴方なら……出来るのではなくて?」


 顔を向け、ずいと見据える。黒い瞳の奥を、見透かすように。


「……わかりました」


 少女は、真っすぐ眼を合わせたまま頷いた。その眼の奥には、何かの決意があるように思えた。


「改めて。わたくしのことは、ご存知とは思うけれど……マーリア・ヴァイスブルクと申します。ヴァイスブルク家の……今となっては、侯爵令嬢を名乗るのも変ですけれど」

「えーと、なら、どうお呼びすれば……?」

「家の名前を名乗るわけにもまいりませんし……ただのマーリアで構いわせんわ」

「じゃあ、お嬢様で……」

「なんでですの⁉ ……まぁ、良いのですけれど」


 今は死んだも同然の身。自分が何と呼ばれるのが正しいのかなんて、自分自身ですらもわからない。それよりも……


「貴方のお名前は?」

くれない いち……」

「クレナイ、イチィカ……? 失礼ですけれど、異世界の文字には不案内で……。どう綴るのか教えて頂けるかしら」

「私の生まれたところだと、こういう名前なんです。くれないはベニとも読んで、いちは……」

「ベニ……イチカ。なら、貴方はベニーチカ。そう呼ぶことにいたしますわ」

「え、えぇ……」


 今更、わたくしを「お嬢様」などと勝手に呼ぶのだから。渾名あだなの一つくらい付けても、罰は当たらないでしょう?

 


 かくて、女は鋼鉄令嬢となる。

 己の人生を、取り戻すために?

 否、この世界に潜む闇を葬り去るために。


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