第15話 ラルポスカルパン1

カミラが新しい杖を手に入れた1日後、時刻は夜の18時。紙とインクの匂いでむせ返る図書室内。

小さな先生は、教える予定の教材を片っ端から復習し、時たまメモを取って授業のカリキュラムを組んでおり、そのそばで教え子は目についた本を適当に読み漁っていた。

部屋の中は広かったが、読書スペースは一つしか無い。したがって、ここに集まって本を読むしか無いのである。

二人は思い思いに行動して、何か伝えることがあれば少し雑談をし、自分の作業に戻るという1日を過ごしていた。


カミラはこういう時間が好きだった。誰かが居ても邪魔されない程度に会話があるというのは気分転換にもなったし、彼からオススメの読み物を教えてもらうのは楽しかった。今は「幻獣図鑑 稀少魔法生物の生態」という本を読んでいる。

このまま今日も何も無い平和な一日が終わるかと思われたが、机の上に置かれたジェイミーのスマートフォンが振動し、画面が光る。

それを見てジェイミーは「あれ、もうそんな日か……」と独り言を漏らした。


「今日の晩なんだけどね、業者が来るから。21時位に」

「業者?」

カミラはその言葉に本から顔をあげた。

「ラルポスカルパン……ウサギサボテンって妖精居たでしょう。覚えてる?」

「あの緑のサボテン」

カミラは緑のデフォルメされた絵のうさぎのような妖精を頭に思い出した。

「彼らを異界に移すの今日なんだ。すっかり忘れてたよ。少し庭のほうが騒がしくなると思う」

「別に構いませんが。どうして業者が来るのが夜なんですか?」


誰かが家を訪ねてくるには、非常識な時間だ。

それに、散歩がてらに庭を探索していると、緑のちんまい妖精たちがわちゃわちゃと集まって、落ち葉を運んでいる様子を最近よく見かける。昼のほうが活動的ではないのか? とカミラはジェイミーに問うた。

「昼だと元気すぎて全然集まってくれないから、夜にするんだよ。彼らの習性には、キラキラ光るものに集まるっていうのがあってね。それを利用するんだ」

「へえ……私も何かお手伝いした方がいいですか?」

「してくれるならありがたいけど、ミラーボールみたいにピカピカ光が出る魔法って使える?」

「そんなものがあるんです?」

「祭りの時期とか、花火の魔法と合わせて盛大に使うんだ。娯楽用だよ」

カミラはそういえば、寮の中がどんちゃん騒ぎになった時はどこからかミラーボールのような光が出ていたなと思い出す。

一通り生活に必要な魔法は習得したが、娯楽に関する魔法に関しては興味がないのでからきしだ。音楽もどこから鳴っているのか分からなかったが、あれも魔法だったのだろうなと理解する。

ジェイミーは席を立って「どこにやったかなあ……」とぼやきながら本の森の中に消えてしまった。彼が言う魔法が載っている本を探しに行ったのだろう。その後ろ姿を見送り、「まだまだ魔法については知らないことばかりだな」とカミラは思った。


ジェイミーがしばらくしてから戻ってくると、手には一冊の本が握られていた。

『パーティで大活躍!これで君もエンターテイナー』という題名の、比較的近年出版されたであろう薄い本だった。

「近場にあってよかった」

「先生本の場所よく覚えてますね」

「そりゃこの書庫の本の分類全部やったのぼくだもの。最近分厚い専門書の自炊し始めたから、余計に本探すこと多くなったし」

「電子化してるんですか」

やはりこのエルフは先進的だなとカミラは思った。

「母に郵送で本を送るのは面倒くさいからね……ああ、あった。このページだ」

ジェイミーが開いたページには、ミラーボールという名前がついた魔法の説明が書いてあった。

実際に地球のミラーボールから着想を得て開発された魔法らしい。

機械と魔法を組み合わせることは、魔法機械工匠の資格を取得しない限り推奨されていないが、魔法で似た現象を再現することは問題ない。

「使ってみても?」

「どうぞ」

「えいっ」

新しく手に入れた杖を一振すると、ミラーボールというよりは、サンキャッチャーのような物体が現れた。透明な水晶は自ら発光し、そこから色とりどりの光が放出されて、当たりを極彩色に照らす。

これだけ光量があれば、夜の中でも目立つことだろう。

「綺麗ですね」

「申し分ないよ。あと、きみは攻撃魔法を人に躊躇なく撃てるタイプだよね?」

「……どういう意味ですか?」

ジェイミーは忌々しいと言わんばかりに顔を顰めた。

「毎回引渡しの時期になると、密猟者が来るんだ」

「密猟者……」

「異界の害の無い妖精は、地球の金持ち連中に高く売れるんだよ。珍しいし契約を結ぶのは魔力なしでも出来る」

「でもそれって国際条約違反じゃ」

「そうだよ。異界の生き物をこの島から出してはいけない。密猟や密輸は重罪で最悪死刑だ。だから現行犯を見つけたら、特別に一般人でも攻撃魔法の行使が認められている。今年はしょっぴきたいんだけどなあ」

自分が魔法を使えないことと、ラルポスカルパンを捕獲する作業が手一杯で、母がいない年は密猟者を取り逃がしてしまうことが度々あった。

しかし今年は、ユアンがくれた魔法具が有り、カミラが居る。

彼女がユアンの店の前で見せた反射速度を見るに、役に立ってくれるのではないかとジェイミーは思っていた。

「合法的に、人を懲らしめていいということですね」

カミラがキラリと目を輝かせたのをすかさず捉え、ジェイミーは釘を刺す。

「くれぐれも大怪我をさせたり、死なせないようにね。捕まえるのが目的だからさ」

「了解です。あと、一つ疑問が」

「何かな?」

「この屋敷は、いつも誰かに狙われているってことですか?」

防犯対策はどうなっているのだろうと、カミラは訝しげな表情を浮かべた。

「いいや。3年周期のこの時期だけだよ。うちのラルポスカルパンは家主と契約関係にある。だからここ以外の居住が出来ないようになっているし、外に出ていったら衰弱して死んでしまうんだ。だけど異界に送り戻すときだけ、一定数契約を解消する。その個体を狙って密猟者がやってくるんだよ」

「なるほど……頑張って妖精が連れて行かれないようにします」

「ありがとう。期待してるよ。庭の地形は把握している?」

「概ねは分かりますが、ウサギサボテンの生息場所までは……」

「じゃあ案内しておこうか」

ジェイミーが庭までついてくるように促したので、カミラはそれについていく。


図書室をでて、長い廊下をぬけ、玄関ホールの重たい扉を押し開けると、あたりは既に暗くなっていて、カミラは杖に光を点した。

夜風がもうすっかり冷たく、着ていたジャケットの前ボタンをしめる。冬の気配が徐々に忍び寄ってきていた。


スプラウトヴァージュ邸の敷地は広い。屋敷を中心に東に立派な庭園と温室があり、西には畑と薬草園がある。北に行くにつれて森が広がっており、最奥にまでカミラは行ったことは無かった。

ジェイミーは東の方へ歩いていくので、ウサギサボテンの住処は東に偏っているのだろう。

季節の花々や薔薇の咲く区域を越えて、白い石作りの東屋を通り過ぎ、森の近くにまでやってくると、彼はそこで止まった。


「ミラーボールの魔法を使ってみてくれる?」

「はい」

カミラが魔法を使うと、杖の先から光が出て、図書室で出したのと同じサンキャッチャーのようなきらきらが空中に現れる。

それが暗闇で燦々ときらめくと、茂みのほうからカサコソと音がした。


「ミッ!」

「メム!」

「ムミャ〜!」

ウサギサボテンが鳴き声を上げながら、キラキラの下に集まりはじめた。3匹が7匹になり、20匹になり、数を増やしていくのを見て、カミラはこんなに数がいたのかと驚いた。

みどりのちんまい命たちは、キラキラの下でぴょんぴょんと跳ねて楽しそうにしている。さながらディスコだ。

「ね。集まってくるでしょう」

「どうして集まるんですか?」

「まだ詳しいことは解明されていないんだ。妖精って長らくそこにあるものとして扱われてきたから、生物として生態を解明している人が全然いなくて」

「へえ……」

「分かっていることは、昔はハビランム病の治療用魔法薬の材料にされていたこと。その過程で乱獲されて絶滅の危機に瀕していること、微小な魔力を大気に放ち植物の育成を促進させること、光に集まってくること、人間に友好的……くらいかなあ」

「こんなに可愛いのが薬の材料に……」

「乾燥させてすり潰した粉末を使うんだ。と言っても、後発の魔法薬では彼らを使用しない製法が確立されたから、今日日材料になることは稀だよ」

「なるほど」

そんな事を話していると、ガサガサと草むらから30cmくらいの大きさのウサギサボテンが現れた。

ジェイミーを見やると、ぺこりとお辞儀をする。礼儀の正しい妖精だった。

「おお……長老、久しぶり。また大きくなった?」

「こんなに大きいものが居るんですね……」

「この子は古株だからね。ここを取りまとめてるボスなんだよ」

「ヘムミ……」

大きなウサギサボテンはカミラを見ると、深々とお辞儀をした。それにつられて、カミラも頭を下げる。

ほかのウサギサボテンよりも、その鳴き声は低かった。

「今日は増えた群れの子を異界へもどすから、よろしくね」

ジェイミーがそう言うと、大きなうさぎサボテンは胸を拳で叩いた。任せろということだろう。

「茶色い鉢の子はうちの庭に残して、白と青の鉢の子は連れて行くから。みんなにお別れをするように、言っておいてね。業者がやってくるまであと3時間程度だから」

「ヘモ!」

大きなウサギサボテンは大きく頷くと、光の下で跳ねている子たちを招集し、何やらジェイミーが言った通りのことを伝えているらしかった。

「賢いんですね。妖精って」

「この子達は特に知能が高いからねえ……はあ、この寒さだと業者が来る頃はもっと冷えるな。コートを出した方がいいかも」

ジェイミーは腕をさすりながら、屋敷へと戻っていく。薄手のパーカーではたしかに寒いのだろう。

屋敷へと歩を進めたジェイミーの後を、ウサギサボテン達がわらわらついて行こうとしたが、それに彼は気づいていなかった。

ぺちぺちと足音を立てて駆け寄ろうとしているが、歩幅が違いすぎてウサギサボテンが追いつくことはない。

長老は列をなしていくちんまい者たちへ「ミ!」と鳴いて、追うなと言った。

走る足を止めたウサギサボテンたちは、なんだか寂しそうな顔をしている。仲間と離れ離れになるのも寂しいが、ジェイミーと別れるのも悲しいのだろう。

カミラはウサギサボテンたちをもう一度、まじまじとよく眺めてからその場を立ち去った。

――3年の間に小さな彼らは、ここでどんな暮らしをしてきたのだろう。妖精にも寂しいという気持ちがあるんだな。

今夜は、お別れの夜なんだとカミラは理解した。

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