第14話 友人

ユアンの店から出たあとの帰り道、カミラはジェイミーと揉めていた。


「先生、本当にお金のことは、ちゃんと話し合いましょう」

路地の中をまた迷いのない足取りで進む彼をカミラは追いかける。

「いいんだよ。先行投資というか、入学祝い? ……違うけど、そういう感じのやつだと思って」

「それにしては! 額が! 額なんですよ!」

「ユアンが適正価格つけてないのが悪いんだよ。正しい働きには正当な報酬を。君の授業料は学院から別途多すぎるくらいもらっている。還元して問題はない。それにぼくは、お金持ちだからこの程度の贈り物はどうってことない。何か異議があるかな?」


ユアンから帰り際じゃらじゃらと手のひらに直接押し付けられた指輪やらブレスレットやらのアクセサリーを、小さな手にはめながらジェイミーは飄々と返す。

先程述べた理由とは別に、値段の高いものを持たせておけば、流石にまた杖を壊すような魔法を使いはしないだろうという魂胆があった。彼女の金銭感覚は一般的な感覚っぽいし。


魔法がかかっているのか、ぶかぶかだった指輪はきゅっと痛くない程度にしまり、ジェイミーの指にピッタリと収まった。

彼は杖職人だが魔法具全般に制作に長けているのだ。大方試作品と言ったところだろう。


「…………出世払いしますからね」

「楽しみに待ってるよ。ああ、これあげる。ぼくが使うようなデザインじゃないし、きみ用だろう」

そう言ってジェイミーはリボンの付いている髪飾りをカミラに渡した。

「なんですか? これ」

「お土産だって。多分護身用。所有者が危機的状況下にある時、一番最適な魔法が自動で発動するんだ」

「これもお高いのでは?」

「おまけでくれたから良いんだよ。厚意は素直に受け取った方がいい」


ユアンから、これはジェイミーにと念を押されて渡された赤い石の指輪を空にかざす。

石の色と同じように、もうすっかり空は夕焼けに染まりつつあった。

ユアンがおまけでくれた指輪は、おまけと言うには価値が高すぎる。恐らくジェイミーが訪ねた際に、渡す機会をずっと伺っていたのだろう。どさくさに紛れて、彼はこういうことをする。

ジェイミーはじっくりと指輪を見て、解析をしはじめた。


使用者の魔力を吸い上げて貯蔵し魔力変換をする仕組みらしい。短時間に放てる回数は恐らく3回程度に限られている。杖から魔法を放つ時にしている魔力のチューニングとは、少々仕様が異なるようだ。


杖が使用者の魔力を最適な魔力値にチューニングする際、魔力の根本的な変換は行わない。一番波長の合いやすい周波数に微調整するとでもいえばいいだろうか。ラジオの周波数を合わせるのと同じだ。杖はチャンネルへ繋ぐダイヤルに過ぎない。

それに対してこの指輪は、使用者の魔力を貯蔵するにあたり、一番平均的な魔力の値に上書きをする仕組みのようだった。


それが何を指しているかというと、亜人と総括して呼ばれる種族と地球の魔力の相性が悪いという問題を、根本的に解決出来るということだ。

ジェイミーが常人よりも遥かに魔力量の多いカミラを超えて、体内に魔力を貯蔵しているにも関わらず魔法の出力に失敗するのは、彼の魔力がかなり特殊だからだ。

規格外なのである。

表に出回っても、需要の幅が狭すぎる技術に、どれだけ時間をかけたのだろう。完全に特注品だ。


多めに代金を渡していてよかった。


クロードくんがまだ母のもとで弟子をしていた頃、彼の友人であるユアンは度々ジェイミーのことを気にかけて、趣味で作った魔法具を結構な頻度でくれていた。

「またいじめられたら、これでやり返せよ坊っちゃん」

おもちゃみたいな性能のいたずら用具をジェイミーの手に握らせて、白い歯を見せて笑う若い頃の彼をふっと思い出し、年月が経つのは早いなと改めて感じる。


まさかこんな物を作れるようになるまで、成長するとは。

「出世払いか……」

自分は彼に何か返せているだろうか。そりゃ、仕事の関係での付き合いはあるけど、何十年も友人の彼は、ジェイミーをずっと気にかけてくれている。

それだけの見返りになる何かが、自分自身にあるとは思えなかった。


ハーフエルフからしたら短い時間だが、人間の数十年は長い。


そして、これから自分なんかの弟子になってしまった少女に、たったの3年で何を教え、渡せる事ができるんだろうか。


「頑張らなきゃな……」

「? なにか言いましたか?」

秋風が木の葉を巻き上げながら吹いたので、ジェイミーの独り言は届かなかったようだった。

「なんでもないよ。フォリアリフトを待たせると悪い。先を急ごう」


街を出て田舎道を再度辿り、大樹の元へたどり着くと、あたりはすっかり真っ暗だった。大きな木はまるで怪物のように葉をざあざあと風に揺らしながら音を立てている。街灯もないので、随分と不気味だった。


しかし、ジェイミーが大樹の下に立つと、樹自体が、根本から徐々に黄金に淡く光りはじめる。

舞っている木の葉も光を帯び、そこだけがイルミネーションに照らされたように明るかった。

枝の一番上の先っぽまで光に包まれると、飛行機の模型がぽんと現れた。昼間ジェイミーが渡したものである。

「待たせてごめんね。連れて帰ってもらってもいいかな」

飛行機模型はジェイミーの周りをぐるぐる回る。機嫌がいいらしく大きく旋回すると、宙返りをした。

「カミラ、ぼくにつかまって」

差し出された手をカミラが握ると、また世界が早く回りはじめる。


大きな目眩と、一瞬の浮遊感。転移魔法が発動する。


大地に自分が立っている感覚を取り戻すと、スプラウトヴァージュ邸の森の中だった。

「ありがとう。フォリアリフト」

ジェイミーは黄金に光る木に向けて微笑むと、繋いでいない方の手でバイバイと手を振った。

それに応え、大樹が点滅するとそのまま光は消えてしまう。


あたりは真っ暗になってしまった。


カミラは新しい杖で足元を照らそうと思ったが、利き手がジェイミーの手で塞がってしまっている。

かまわず彼は森の方へと歩きはじめるので、カミラはどうしたものかと思った。


しかし、真っ暗な森の中でも何がどこにあるのか、ジェイミーは全てわかっているらしい。手を繋いだままなのは、はぐれないようにということだろう。カミラが明かりをつける間もなく、あっという間に木々の中を進んで庭へ帰ってきてしまった。


「……先生、手もう大丈夫です」

「ああ!ごめん!」

そういってジェイミーはぱっと手を離す。そのまま両手を肩の位置にあげて、他意はありませんよというポーズを取るので、カミラはふふと笑った。これだけ見ると本当に自分より少し年下の、ただの少年のようなのだ。

彼がバツの悪そうな顔をするので、話題をそらしてやる。


「今日の晩ごはんどうしますか」

「あちゃー、ついでに買ってくればよかったね。もう作るの面倒くさいや」

「じゃあ、出前取りましょう。確かギリギリピザ屋が配達圏内ですよ」

「よく知ってるね」

「ウーバーがここまで来るんだなって驚きました」


広い庭を歩きながら屋敷へと戻る。カミラは今回の外出で、ジェイミーの人となりが見えてきたなと感じていた。

多分この人は、身内として認めたものに対して甘く、警戒心が薄くて、思いやりが強い。

物凄く内向的で人を寄せ付けたくないのかと思っていたが、気を許せる友達が、彼にはちゃんといる。

――それが、少し羨ましい。


いい人の周りには、いい人が集まる。


でも、自分はいい人ではない。

これから、彼にとっての「いい人」に、自分はなれるだろうか。

横を歩く小さな少年の形をした長寿の生きものを盗み見ながら、そんな事をカミラは考えていた。

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